1章 4話 マンハッタン〜ニューヘブン

 この世界に来てからもう一週間が経った。一時期、これは夢だと自分に言い聞かせていたけど覚める気配が一向に無いからやめた。

 昨日はエリーの鶏舎で手伝いをさせて貰った。彼女は鶏を近くのビルの中で沢山育てているのだ。私は餌やりだったり掃除だったりを手伝った。でも流石に鶏を絞めるのは見ることも出来なかった。お父さんが昔聞かせてくれた「いただきます」の意味が分かった気がした。

 その後でミーシャと打ち合わせと言う名の食事会をした。私達二人は完全にお荷物でただついて行くだけと聞かされた。

 駅でミーシャと合流して列車に乗る事になっている。目玉焼きのサンドイッチを食べて急いで地下鉄のホームに行くと待っていた彼女は軽く自己紹介した。

「えー、改めて名乗らせて貰おう。アタシの名前はミハイル・エバンス。ミーシャと呼んでくれ。21歳。バウンティハンターをしている。見ての通り狐の獣人だ」

 オレンジのウインドブレーカーにデニムのズボン。どうやって固定されているのか分からない背中の斧。髪型はポニーテールになっている。

「狼じゃないかい?」

「狐な」

 トムのその声に対する反応は早かった。 


 9時発ボストン行きの貨物列車に乗せて貰った。荷物が少ない車両に3人で入って盗賊が襲ってきたらその都度対処する予定になっている。

 サキはこじんまりと重ねられた麻袋の上に座り、その隣の木箱にトムが股を広げて座る。私はずっと壁に寄り掛かりながらいた。

 腰のベルトに金具をつけて一応サトナに苦無を一本渡して置いた。私の能力、「アコースティックキティ」は指定した物を探知機にする。効果対象は一種だけでこの際は勿論苦無だ。探知機は周りの物体全てを知らせてくれる。その時頭の中には半径50メートル位の球状の範囲を線画で映し出してくれる。これがあればもしもの時は多分大丈夫だろう。

 はっきり言うとトムは嫌いだ。だから苦無を渡さなかった。コイツも魔法使いなのは確かだが無駄に隠そうとする。戦闘向きの能力は無さそうに思えるからなのか。それがあってもあの余裕ぶった態度が気に食わない。

 その分サキは良い。何も出来ない訳では無いが何でも一生懸命に取り組もうとするので……好きだ。あんな彼女が欲しい。

 小窓から外とサキを交互に眺めながら揺られているとトムが話し始めた。

 「実はボストンの空港に偶に宇宙ステーション行きのシャトルがとまっているという。それも見に行こうと思う」

 「ん、じゃあもし報酬が沢山貰えたら宇宙に行く分は払ってやるよ」

 気前良く言ってやったがトムは難しい顔をしていた。


 突然列車が止まる。もう目的地に着いたのかと思いきや違うようだ。

 「来たな」

 知らせて小窓を覗く。外には幾つかのトラックが止まっている。

 「よし、ここで待ってろ。どうせ運転席が襲われたんだから助けに行く。お前らはここでじっとしてろ。いいな」

 そう言うなり荷物を足場にして私は天井の戸から出て行った。

 屋根に登り、先頭車まで走って行く。途中で積荷を降ろしている奴らがいたので苦無を投げつけて邪魔した。直後に苦無が勝手に飛んできてポーチに入る。そうこの苦無も発掘した戦時兵器だ。宙に浮かして自由に飛ばしたりその場に止めたり出来る。名前は確か「ダイヤビット」だったかな。

 先頭の機関車のあと一歩の所で壁に背をつけた。そして苦無をポーチから幾らか取り出し聞き耳を立てた。

 「君もこんな事から足を洗わないか?もう後戻り出来ないぞ」

 「煩い。俺には必要な事なんだよ」

 どうやら運転手と見張りが会話しているみたいだ。声は一人ずつ。それにしても今の「俺には必要」の言葉。コイツは下っ端だろうが何やら野望がありそうだ。

 「この列車は連盟支部の保護下にある。君達がどうなっても知らんぞ」

 相手は武装しているだろうによく喋るなこのおっさん。あ、そうか。時間稼ぎだ。悪い事をした。

 「黙ってろよ。じゃねえとお前の生命も知らねえぞ」

 「ああ、そうだ。私も知らん」

 「え?」

 姿を確認しようと列車後部にやってきた所を手すりを掴んで頭を押し出すように蹴る。相手が細身だったお陰で列車から落ちた。

 すぐ運転席を見ると呆れたような顔で運転手がこちらを眺めている。

「遅かったじゃないか」

「すまん、手こずった。それより早く発進してくれ。積荷が奴らに盗られちまう」

 間も無く機関車は動きだした。その時顔は前を向いたまま、持っていた苦無を身体の横で浮かせて後ろに飛ばした。何かが落ちた音が聞こえたので振り返るとさっき落としたやつが手を押さえて唸る姿が後ろに流れて行った。

 安心したのは束の間。探知機に生物の反応がする。また屋根に登って後ろを見に行くと離れて行くトラックが見えた。

 二人の乗る列車に戻った時にはもう遅い。既にもぬけの殻だった。荷物は幾らかなくなっているようだが隠して置いたヴァルツァーは無事だ。

 不覚だ。この依頼は失敗した。やはり人数合わせとは言え連れて来ない方が良かった。最近の作戦が成功続きだったことに加え、他人と共に行動する事を全くしなかったからだろう。

 サキの安否は、不本意だがトムに頼るしか無い。歯を食いしばりトラックを眺めた。

 列車がニューヘブンの駅に着くと連盟支部の警備員が出迎えていて状況報告をした。その際、気掛かりだった盗賊の言葉を尋ねると興味深い話を聞けた。どうやら彼らはここで得た金を元手に天心連邦の貴族に成る気のようだ。天心は金さえ積めば権力者になれる名ばかりの国。私にはあれの言うことが全て偽善にしか見えない。

 とにかくサキを救う為警備の者から車を借りた。アコースティックキティで大体の位置は分かるので後は向かうだけだが信用されていないのか着いて行く者はいない。ただ、盗られた物品を回収すると追加報酬を出すとの事だ。

 報酬は連盟支部。つまり月に本部に本部を構える宇宙連盟が出す。あいつらはどちらかと言うと良心的であろう。金持ちからしか税金を取らないからだ。きっと追加報酬も20万位は言えば出してくれるだろう。

 警備の者に貨物列車を託し、不気味な程直ぐ貸してくれたジープに乗る。鍵を捻ると唸り声が聞こえる。バイオ油のエンジンだ。久しぶりに乗る感覚に心を躍らせ、街道を飛ばして行った。

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