2章 2話 波が立つ前

-Sat/18/8/253

 日記を見返すと今の自分の状況が有り得ない程変わったのが伝わる。一週間前までニューヨーク、さらに一週間前は鎌倉。パスポートのスタンプだとか証拠が無いからか実感が湧かない。いや、完全に別世界だからそう言うのとは違うな。

 丁度一週間前から私はコロラド卿に引き取られ、彼の屋敷で住む事になった。これはミーシャがあの魔獣を傷付けてしまったせいで、お詫びとして沢山のお金が必要らしい。それで今は働いているからその間だけ住まわせて貰っているのだ。

 今日は市役所に戸籍の登録に行った。と言っても一人ではなくてコロラド卿の家来?のシルバーと言う男の人がついて来てくれた。役所はタワーブリッジが望める大きなビル。ここでは戸籍とは言わずに個人認識番号と言う番号が使われていて初めに名前や前の住所(アメリカ、ニューヨークにした)なんかをアンケート用紙みたいなのに書いた。後は顔写真を撮ってそれが載ったカードを貰って終わった。かなりスムースに片付いて役所を出たらすぐに高校に寄る。

 高校はロンドン塔がそのまま使われた校舎で正式名称は国立黄鐘大学附属高等学校。文字通り大学が敷地の大半を占めていて高校の部分は端に追いやられている。

 建物の外観はテレビとかで見たままのロンドン塔で古風で落ち着いた雰囲気の門を潜る時はタイムスリップしたかのように思った。でも残念な事に中身は近代的で前に行った大阪城みたいに歴史を壊している感じがする。白いタイルに黒いマットが敷かれ壁も真っ白。

 事務室で一旦止められてシルバーが受付で何か話した後、別の男の人がやってきて私だけを別室に案内した。

 学校だからと考えてはいたけど案の定、会議室の様な所でテストを受けさせられた。テストは親切に日本語にしてあって中学生の内容が殆ど。図形と証明問題ばっかりの数学、長文を読ませて置いて何故か文法問題ばかりだった国語(英語)はそこそこ出来たけど理科は難し過ぎて意味が分からない。元素周期なんて中学生に判るわけないよ。でもそれはまだいい方で社会が絶望的だった。大西洋地域の地理、公民で静神力削られて謎の歴史に潰された。

 テストが終わると採点するまで同じ部屋で待たされた。いきなりだったし難しかったし解けなかったしで部屋に一人になった瞬間テーブルに突っ伏した。

「お疲れさん……おっ」

 直ぐ人が来るとは思って無かったからシルバーが入って来て、びっくりしてテーブルに頭を打ちつけてから姿勢を正した。

「はい。何でしょふ」

「ああ〜。ここは難しいからね。気にするなよお」

 そう言われると何だか力が抜けて変な笑い声が出た。

「あ、ハハ……そう言ってくれると嬉しい」

「そういや俺の名前を知ってっか?ーーシルビア・B・D・オルフだ。略してシルバー。ここの警備員さ」

「え?コロラド卿の家来じゃないの?」

「彼は友達だよ。君がここを卒業するまで見守ってやって欲しいってさ。言ってなかったか?」

 静かに頷く。

「アイツは必要以上の事を喋らないからなあ。でも、ああ見えてやっぱり子持ちのパパなんだよ」

「ふーん」

 コロラド卿は良い人なのか悪い人なのかわからない。でもこの人は良い人だと思ってるみたいだ。

「結果が出ました。お越しください」

「今行く。んじゃ、多分ここに通うだろうから覚悟しておけよー」

 手招きしてきたのでついていくとまた事務室へ来てここの教師をしていると言う女の人からさっきのテストの結果と学校についての説明があった。

 テストは自信がなかったけど総合点数上は平均らしい。まあ例の馬鹿みたいに難しい理科と社会は勘で解いたなって判る点数になっていて、「学校が始まるまでに復習しておこうね」なんて言われてしまった。復習も何もどうしようもない気がする。

 テストは別に入試って訳じゃなくて、単にどれだけ出来るかを測っていただけでその後にこの学校に通う前提で話が進んだ。ここも役所と同じで淡々と話が進み教科書とか施設の簡単な案内を聞いて終わった。

 帰りに沢山の教科書と文房具を店を回りながら買ってきた。結構、量があるけど全部シルバーが持ってくれて助かった。悪い事をした気がして謝ったり少し持とうと言ったりしたけど「俺はこの為にいるから」って私の部屋まで運んで来てくれた。その頃にはすっかり陽は沈んでいた。


 今日一日の出来事を適当に書いてノートを閉じる。そして灯りを消そうとするとドアのノックが響いた。

「どうぞ」

「ごめんね。夜遅くに帰って来て。友達とお茶してたらこんな時間になっちゃった」

 赤毛の少女が入って来た。彼女の名前はバイオレット・ハンター。コロラド卿の一人娘で私と同じ新一年生になる。写真が趣味だそうで今も首から一眼レフをぶら下げていた。

「良い写真は撮れた?」

「まあまあだね。悪くは無いけど良くも無いって感じ。ちょっと借りるね」

 そう言ってカメラの映像をテレビの画面に映す。こう言う機械は全く見慣れないから毎回ジロジロ見てしまう。でも操作とか難しそうだから触りたくない。

「ほら、これ。来月から通う学校。歴史の厳かさの残る素敵な建物じゃない?」

「うん。見た目はね」

 初めて建物を見たときのあの失望感を思い出す。

「そそ、見た目は良いんだけど中身がねえー。私は…ま、大袈裟な言い方だけど絶望したわ。貴方も受けたと思うけど入学テストで見た外と中身の違い様。白い見た目のホールケーキから黒いチョコレートが出たら例えそれが美味しかったとしても違和感は拭えないでしょう?」

 白いケーキからチョコ。結構ありかも知れない。それを言葉にする。

「でも、独特の味があっていいと思う」

 途端にビオラは顔を急にこっちに向けた。最初は驚いた感じの顔だったけど直ぐに微笑んだ。

「あなた、案外詩的な事も言えるのね。お父様は勿論の事だけどパーティーで大人達に気に入られるわ」

 写真は何だか違和感があった。陽の光を上手に使ったテムズ川付近の建物が殆ど。中の写真は学校なら一般人が入れる図書館までの写真だけど部屋なら内装だったり通路ならそこを全体的に写している。芸術性が何だか少ない。まさか私の為に内装の写真を撮って来てくれたのかも。

 一通り見せて貰うと「寝る所だったんでしょ。ごめんね付き合わせちゃって」と言って部屋を出て行く。去り際に一言、「カギョウの加護があらんことを」と発してドアを閉める。

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