第17話 薬莢に友情を込めて

「ははは! それは災難でしたね!」

「……閣下、あまり笑わないでください……」


 からからと楽しげに笑うウマル閣下を横目に、僕は「火元素を用いた応用魔術・第二集」のページを繰る。ウマル閣下は不満げな僕の様子を気にも留めず、まだ小さく笑い声を漏らしながら鉄製の細い筒を覗いた。


「いや、失礼失礼! 昔からマルジャーナ嬢は魔法のことになると、人一倍真面目でしたからね。前に本人も言っていたでしょう? あれでいて小さい頃から『清流の女神』としての修業には熱心だったのですよ。もしかしたら、セルジさんがまだ結果を出されていないことに、多少責任を感じているのかもしれませんね」


 ウマル閣下は机に転がる金属製の小さな容器を手に取った。細長い、試験管のような形をしたそれは、小指の第一関節より少し長い程度の大きさながら、中に物が詰められるようになっている。


 僕の隣に座るオスカルはというと、紅茶をすすりながらも興味津々に机に転がる細かな部品を見ている。


 どうやらオスカルはウマル閣下については無害であると判定しているらしかった。僕も彼と出会って三カ月が経ったが、どうにもウマル閣下からは、何かを企んでいるような気配を感じない。


 初めて会ったあの日、月あかりの下で覗かせた底知れぬ感情を見せることは極稀にあったが、それもどうやら僕に対する敵意ではなさそうだ。少なくとも、サルマーン閣下と思しき人物が僕に向けたような殺意を、ウマル閣下が僕に抱いていないのは確かだ。


「僕としても、ご指導いただいているのにほとんど改善しないことには申し訳ないと思っているのです。マルジャーナ嬢も国務で忙しいのに……」


「まあ、マルジャーナ嬢はそれほど気にしていないと思いますよ。国務とはいえ、水を出すことは彼女にとってさして手間暇のかかることではないですし。むしろセルジさんにどんな指導が向いているか、あれはあれで楽しんで考えているのでしょう」


 しかし、とウマル閣下はその小さな容器から目を離し、顔を上げて目の前の僕を見た。


「私としても、あなたが魔法を使うことで消耗を感じるのは正直想定外でした。すべて推測ですが、私のなかで魔法というのは〝その元素に特別愛された人物〟が使えるものと仮定していたのです。だから、魔法を使うことで魔力の消耗がほとんどないのではないかと。……でも、『渇き』というのは水の反対。あくまで『水をもたらす魔法』の片割れなのだとしたら、勝手も違うのかもしれません」


 ウマル閣下ははあ、と大きくため息を吐いた。


「まだまだ分からないことばかりだ!」


「申し訳ございません、閣下。僕のためにそこまで頭を悩ませてしまって」


「ですから」


 ウマル閣下は机に頬杖をつくと、じっとりとした目で僕を見てきた。


「その『閣下』はやめてくれと何度も言っているでしょう! 私はあなたを『セルジさん』とちゃんと呼んでいるではありませんか!」


「ぜ、善処します……」


 誤魔化すべく笑顔を浮かべ、僕は紅茶をすすった。


 ウマル閣下は僕とどうにか「友人」になりたいようだった。僕も初めて会った日に比べれば、彼の人と成りに好感を抱いているし、なれるものなら「友人」もいいだろう。


 ただ彼は大公家の子息だ。正直「友人」なんて気楽なものに簡単にはなれない。僕なりに言葉遣いなどは少なからず和らげたつもりだが、それでも閣下からしたら足りないようだ。


 逡巡する僕の様子を見て、隣でオスカルがくすりと小さく笑ったのを感じた。……しかし、閣下のこの人懐こさのおかげで、こうしてオスカルを隣に置いておきやすいのは助かっている。彼はオスカルとさえも「友人」になりたがっていて、僕に対してと同じくらい気軽にオスカルに接する。オスカルは僕以上に戸惑っているようだが、それでも彼自身、自分の職務を全うしやすいのには助かっているようだった。


 そして彼も軍人。今ウマル閣下がしている研究には、とても興味があるようだった。


「しかし閣下。本当にこのような筒で、武器ができるのですか?」


 オスカルは話をそらすように、しかし心の底から興味深げに机の上の小さな容器をつまんだ。自分の研究に興味を持たれたことが嬉しかったのか、じっとりと僕を見ていた目を爛々と輝かせてウマル閣下は答える。


「ええ! 試作品プロトタイプはもうできているのですが、もう少し改良できると思っているのですよ」


 ウマル閣下は先ほども覗いていた筒を改めて手に取った。そして籠に入れてあった鉄製のきわめて真球に近い小さな鉄球を手に取ると、それをその筒の口にあてがった。


火炎硝かえんしょうをつめたあとに、この鉄球をつめます」


 筒の直径よりわずかに小さい鉄球はゆっくりと沈むように筒の中に入っていく。


「あとは発火魔術を火炎硝にかければ、筒の中で爆発が起こってこの鉄球……弾丸が前に飛び出します」


 ウマル閣下は筒の後ろに棒を勢いよく押し込む。その棒に押し出されるように、筒の口から先ほどの鉄球が飛び出して来た。


「この『銃』は燐国で発明されたものですが、飛距離が短いのと、火炎硝や弾をつめるのに時間と技術が必要なのが難点でして。魔術が得意ではない人でも高威力で攻撃ができるのは良いのですが……。何とか改善できないかと思っているのです。正直火の魔術を用いた武器なんて、マルジャーナ嬢がいればさほど恐ろしくもないのですが、燐は砂漠を挟んだ隣国。最近の様子だとアズラカイムに攻め込むのも時間の問題でしょう。何とかアズラカイムなりに改善できればと思っているのですが」


「それで火薬と弾丸をひとつにしようと?」


 僕は魔術書から目を離さずに言った。


「ええ。これで火炎硝と弾をつめるのが一度にできて、攻撃スピードはより上がるでしょう。火炎硝のつめ方で威力にムラができていた点も改善されます。ただ飛距離の改善はまだ問題点があって。飛距離が上がればそれこそ汎用性のよりある武器になると思うのですが……どうです、セルジさん?」


「そうですね……ああ、あった。これとかどうでしょう?」


 僕はようやく目当てのページを見つけ、魔術書をウマル閣下の方に向けた。


「どれです?」


「ここです。『久遠焔煉くおんえんれんせきの錬成方法』。久遠焔煉石は火の元素を高純度で固めて石にした、いわば燃料のようなものです。錬成には高練度の火の魔術の使い手を数名用意しても数十年はかかるため、滅多に市井に出回りません。ただ極々小さなものは、瞬間的な爆発を用いれば作れないこともないんです」


 僕はページの中ほどを指さした。


「その爆発の熱量を効率的に使うため、久遠焔煉石の錬成に用いる鉄壺の構造は非常に独特です」


 ページに描かれた壺の側面をなぞる。それは下に向かうほど厚みを増していた。


「単純な爆発では、その威力は八方に散乱します。そこでこうして威力を集めたい方向……この場合は壺の上方ですね。それと反対方向に爆発の威力が向かわないように、この壺は下方が厚くできている。そうすると、後方への爆発の威力は行き場をなくし、上方に向かいます」


 壺の絵の中の矢印。そのうち下に向かっていたものは底に当たると反射するような軌跡を描き、壺の上方に向かっている。


「厚みが壺の上部に向かうほど薄くなるのは、うまく威力の反射を起こして一か所にその熱量を集めるためです。結果、爆発の威力が壺の上方に集まって……」


 僕は壺の上方に描かれた、小さな赤い点を指さした。


「極小粒ながら久遠焔煉石が錬成されるわけです」


「なるほど……!」


 ウマル閣下は合点がいったように目を見開いた。


「火炎硝をつめる部分の構造をここに応用すれば、前方に爆発の威力を集めることができるかもしれない!」


「閣下のおっしゃる通りです」


 僕は自然と笑顔がこぼれるのを感じた。……ウマル閣下の魔術学の教養は、一等魔術師の資格を持つ僕から見ても一目を置くものがあった。独学とは思えないほど知識は豊富だし、特に頭の回転は僕の同級生たちを圧倒的に凌ぐ。こんな人と本当に「友人」になれるものなら、どんなに面白いだろう。


「ただこの鉄壺だって作るのはそこそこ難しいですし、それだけ小さく量産できるかはまた別の問題ですけどね……」


「いえいえ、方向性がわかっただけでも大きな進歩です」


 ウマル閣下はメモを取りながら言った。


「アズラカイムも魔術が普及しているとはいえ、軍事力にはまだ全然役立てられなくて……。ガルシアのように魔術師の戦闘部隊があればこんな研究もいらないのでしょうが」


「そんなこともないですよ。ガルシアにだってオスカルのように魔術が使えない軍人もおりますから」


 じっと会話の行方を見ていたオスカルは、僕の言葉に「余計なことを言うな」と言いたげに睨みつけてきた。しかしそれでも、このいわゆる「銃」は気になっているらしく、ウマル閣下に恐る恐る声をかけた。


「……ウマル閣下。この筒があれば、私のように魔術に明るくない者でも火の魔術を使えるのですか?」


「ええ、理論上は。多少の魔術が使えればこの銃を使うことはできます」


 メモが終わったのか、ウマル閣下はペンを置くとオスカルの方を見た。


「オスカルさんのように、剣の腕が立つ人には無用の長物に思えるかもしれませんが」


「いえ。私も軍人ですから、飛び道具の力は知っています。弓なら扱えますし、避けることも薙ぎ落とすこともできますが、鉄の球ではそれもままなりませんね」


「あなたのような一流の武人にそう言っていただけると自信がつきます。誰にも扱えて、しかも威力は高度魔術と同程度。……こんなの、使わないで済むのが一番ですが。私自身、武術が苦手な割に魔力もそこまで高くありませんから、うちの兵士たちのためにもせめて研究くらいはね」


 ウマル閣下はそう言って笑うと、紅茶に角砂糖を五つ落とした。……アズラカイム人は、紅茶に砂糖を大量に入れる風習があるらしい。


「ああ、そう言えば」


 見るからに甘そうな紅茶をおいしそうに飲み込むと、思い出したかのようにウマル閣下は口を開いた。


「そろそろ『清明祭』ですが、お二人はご参加の予定は?」


「『清明祭』?」


 僕とオスカルは声をそろえて首を傾げた。

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