現在執筆中につき

 カザミ――楽しい物語が好きな人は一読の価値あり。

 虹玉模様――綺麗な物語で爽やかな読了感でした。

 親父ですが?――こんな娘がほしい(独身)

 仏ちゃん――もう無理。

 偽勇者――雨の日はとりあえず外で青春わかります。

 デイドリーム――主人公格好いいです! ハルカナさんの小説最高です!

 手羽先コウ――怒濤のラッシュが最高。


    Θ    Θ    Θ


 歳が近い人の小説に目を通すのは僕にいいきっかけになった。プロの小説は自分の小説とはレベルがかけ離れ過ぎていて、どうしても参考に仕切れないところがある。

 同じ高校生の書いた小説は、自分が通ってきた道や現在の悩みが如実に現れている。


 まだまだ本調子ではないにしろ、それでも徐々に執筆速度が上がっていった。

 内容も悪くないものになっていると、今のところ思う。結局は書き上げたあとに、改めて全体を読み上げてみないことには最終的な善し悪しは判断しにくいところではあるが。

 このペースならタイムリミットまでに、長編小説をぎりぎり書き上げることができそうだ。


 昼休みは実習棟の屋上まで行く時間がもどかしく、中庭の小さなベンチが空いていたのでそこに陣取り手帳を広げる。買ってきたサンドイッチをかじりながらプロットに目を通し、最終的なストーリーを思い描いていく。


 人によっては、プロット段階でがっちり物語の細部まで決定して書いている人もいる。

 しかし僕の場合は、大まかに書きたいポイントだけを決めて、その間は登場人物たちがある程度動くのに任せている。


 物語の中で、登場人物は生きている。だから思い通りに動かすのではなく、その先の物語で登場人物たちがどうやって動くかを考えていく。


 不意に、僕のすぐ目の前の視界に赤い帯のスリッパが目に入った。

 小さな足、視界に入る小柄な体。それだけでも誰かわかった。

 気づかないふりをして、今思いついたばかりのアイデアを手帳の隅に書き込む。

 ホビットに絡まれる、っと。


「……あんた、こんなところでなにやってるのよ」


 怒っているような声が頭上から降ってきて、仕方なく顔を上げる。

 いつも眉根に深々と皺を刻み、今から将来が心配になる同級生、御崎詩織さんの姿がある。


「なにって、お昼ご飯?」


 サンドイッチ最後の一かけらを口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。

 ぶすっとした御崎さんは露骨に苛立ちを浮かべ、僕が書いている手帳に目を落とす。


「小説、書いてるの? いや、アイデア出してるのか。あんたでもアイデア出しとかやるのね」


 サンドイッチの包装を丸めて袋に押し込む。

 入学してから一度も、僕は小説絡みのことを高校内でやったことなどなかった。その様子が御崎さんには相当意外なものであったようだ。


「湯水のごとく自分の中から物語が湧き出してくる御崎さんとは違うんだ。文芸誌に毎月小説を載せるような人とはね」


 御崎さんの目が露骨に鋭くなる。


「もう今月の文芸誌も目を通してるんでしょ?」


「昨日もらって、昨日のうちには読み終えているよ」


 未来には今朝渡している。昼休みにこちらに突撃しないところを見ると、おそらくどこかで文芸誌を読みふけっているに違いない。


「……」


 御崎さんは一度口を開きかけるが、なにかを言う前に口を閉ざした。


「それでなにか用?」


 早く自分の世界に戻りたかったので、なにも言わない御崎さんに尋ねる。

 しかし御崎さんはじろりと僕の手帳に目を落とした。


「あんたが書いてる小説、今見せてくれない?」


 またそれか……。


「今って、小説はパソコンの中。これはあくまでアイデアだけを出している手帳だから」


「だったら放課後第二図書室に行くからそこで見せなさい」


「前から言っているけど、書きかけの小説なんて人には見せられない。あと数日中には書き上げて、それから直して問題がなければすぐにいつものサイトに上げるから、そっちで見てよ」


 書きかけの小説はとてつもない未完成だ。前後関係がおかしいなんてざらだし、文法も統一されてなければ誤字脱字なんて山のごとし。

 そもそも以前は見せられる書きかけの小説など存在しなかった。だが、今は一応曲がりなりにも書きかけの小説があるので見せようと思えば見せられる。


 しかしやはり、絶対に嫌である。


「見せられない理由でもあるんじゃないでしょうね?」


 ダメだ。話を聞いてもらえない。十分すぎるほど理由を説明しているのに。


「文芸部の文芸誌を読んだあとでもないと、小説が書けない理由でもあるんじゃないの?」


「……なんの話をしているの?」


 首を傾げながら尋ねると、御崎さんは暗い目で僕の方を見下ろしていた。


「あ、いたいた。叶太」


 校舎の方から手を上げながらこちらにやってくるクラスメイト。天音である。


「御崎さん? お取り込み中?」


 マイペースにやってきた天音は、御崎さんの姿に気がついて首を傾げる。


「……いや、別に大したことを話していたわけじゃないから。大丈夫よ」


 御崎さんは仏頂面ながらも天音に普通に返事をする。別に御崎さんは誰彼構わず噛みつき不遜な態度を取るわけではない。他の人にはやや無愛想ながらも普通に接している。

 なんなら御崎さんが滅茶苦茶な対応をしているのは僕しか知らない。


「放課後、第二図書室に行くから」


「悪いけど僕は今日バイトだから、部室には行かないよ」


 御崎さんから疑念の目が向けられる。

 その雰囲気を察してか、天音が苦笑しながら助け船を出してくれる。


「それは本当。今日は私もバイトだけど、きちんと叶太もバイト。そこは私が保証する」


「そうなの……」


「いい加減僕のことなんか気にせずに、君は自分の小説を見るべきだよ」


 鋭い視線が僕に向けられた。

 怒り。それだけの言葉では言い表せない感情が僕へと突きつけられる。


 しかし御崎さんはなにを言わずに、そのまま校舎の方へと帰っていった。


「お邪魔だった?」


 天音が少しからかうように尋ねてきた。

 僕はからからになった口を、パックのコーヒー牛乳で潤わせる。


「いや、助かったよ。もう御崎さんがなにを言いたいのか、僕にはてんでわからない」


 実際はわからないわけでもないが、それでも彼女に僕に構っている暇などないはずだ。


 天音は小さく笑いを零す。


「叶太、クラスメイトとか普通の友だちとかには人当たりがよさそうな態度なのに、御崎さんや未来ちゃんには結構な態度だよね。昔みたい」


「……そう?」


 しかし言われてみれば、たしかに御崎さんや未来には素で話している気がする。

 中学生まではそれが普通だったのだが、いつからかクラスメイトとかあまり関わりがない人に対しては当たり障りのない対応をしている。


「やっぱり小説絡みだから?」


「もしかしたらそうかもね」


 頭の片隅がいつも自分が思い描く小説の世界にある間、現実世界では取り繕うことができない。素の態度で接してしまう。


 今度から頭に紙でも貼っておこう。

 現在執筆中につき、ぞんざいな態度で接しますと。


「そういえば、天音はなにしに来たの?」


 尋ねると、天音は思い出したように手を打った。


「そうだそうだ。さっき赤磐先生が叶太のこと探してた」


「赤磐先生か。了解。ありがと」


 手帳をたたんで手に持ち、空になった紙パックを入れたゴミ袋を手に立ち上がる。


「ははっ」


 突然、天音が笑った。


「なに?」


「いや、叶太、最近本当に昔に戻ってきたなと思って」


「そんなに体が縮んでる? 僕は名探偵を張れるような頭脳は持ち合わせていないよ?」


 いつもはほとんど変わらないフラットな顔に、再び天音は楽しそうな笑みを浮かべる。


「今もずっと小説のこと考えてる。小説のことばっかり考えているときの叶太が、やっぱり私はしっくりくる」

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