噂の正体
デイドリーム――明るく楽しい物語で終始わくわくさせられっぱなしでした!
SDK――主人公青い炎で爆散してほしい。
裸の紳士――NHKの朝ドラみたい。
カザミ――ヒロインは可愛いと思うけど主人公の行動原理がわからない。
ジャパントラベラー――とりあえず車で走れば解決する。普通高校生は無理か。
トリトカゲ――で、いつ面白くなるの?
ジョンタイター――全部過去に戻れば解決するよね。
豆腐メンタル――俺なら中盤で鬱になってる。
Θ Θ Θ
週末にさしかかった金曜日、教室でパンをかじっていると、極楽コンビ先輩に叱責を受けていたバスケ部一年が一人、僕のところにやってきた。
話しにくそうな雰囲気を感じたので、昼食をすべて口に押し込んで、中庭の隅に移動する。
「この間は、悪かった」
ばつが悪そうにバスケ部員が頭を下げる。
「いや、謝らなくても……。話をややこしくしたみたいでこっちこそごめん」
正直、なにが正しいかなんてわからない。だけど、バスケ部一年が手痛い仕打ちを受けていて、正しいかどうかは賛否あるだろうが、僕らが不快に思ったのもまた事実。
指導において叱責はときに必要なもの。極楽コンビの指導が正しかったかどうかは、僕たちが判断すべきことではない。
未来と僕が介入して一応収まったらしいが、それもいびつでとても正しいとはいえない。
「あの先輩たちは、どうしてる?」
尋ねると曖昧な表情を浮かべて首を振った。
「二人とも、あの日から部活出てきてないんだよ。もう部活、やめるかもって……」
目を伏せながら頭に手をやる。
夢喰いの少女。これがその噂の正体だろう。
素人どころか特別才能があるようにも見えず、努力を積み重ねているわけもない未来。そんな人間が、自信たっぷりにふんぞり返っている熟練者を容赦なく一方的に蹂躙する。これまでやってきたことを容易く否定し、プライドはおろかそれまで費やしてきた時間そのものを破壊する。
夢を渇望し、それでも夢を見ることができない少女の、他人の夢を虐げることへの憤怒。
夢を抱いてきた人物の、全てを喰らう。
それがこの瀬戸高に伝わる夢喰いの少女、桜葉未来だ。
実際、言い方は悪いがこの程度で夢を諦めるようなことになるなんて、バカげていると思う。だがあのとき未来が相手にやってのけたことは、相手を叩きつぶすには十分すぎる狂気を感じさせた。味方としてコートに立っていた僕ですら、未来の存在感に飲まれるほどに。
敵としてコートに立った極楽コンビたちが感じたものは、本人たちにしかわからない。
あの存在と相対して感じたものは、おそらく、当人たちでしかわからない。
「君たちは、どうするの?」
「……俺たちも、もうバスケはやめとこうと思ってる」
「そう……なんだ……」
その一端を作ってしまった僕に、それ以上なにか言う資格などなかった。
なんともいえない空気が流れるなか、バスケ部員が口を開く。
「あのときの女の子にも謝っとこうと思うんだけど、クラス教えてもらっていいか?」
「悪いんだけど、今日は休みなんだ。ちょっと体調崩したみたいで、あの日から学校休んでる」
それを知ったのは今更な今朝のこと。
なにかと僕の前に現れていた少女は、関わらずぴたりと現れなくなった。さすがに気になり未来のクラスを聞いて訪れてみると、クラスの人からここ数日休んでいると教えられた。
「次に会ったら。僕から伝えとくよ」
「おう、ありがとな」
最後に寂しそうな笑いを残しながら、バスケ部員は帰っていった。
午後の授業も滞りなく終了し、荷物をまとめて席を立つ。
「叶太、今日はもう帰る?」
教室を出て行く僕を、天音が呼び止める。
「うん。今日は天気も悪いから、早めに帰ろうかなって」
空には分厚い灰色の雲が、一面を覆っていた。天気予報では夜から雨となっていたが、繰り上がって降り出す雰囲気が十分にある空だ。
「明日明後日はバイト出るから」
表情の変化が少ない天音は、やや浮かない顔をして首をすくめた。
「それは知ってる。けど未来ちゃん、今週ずっと休んでたんだってね」
「みたいだね。まあ一応大丈夫みたいだよ。返事はあったから」
今日まで高校を休んでいると聞いた段階で大丈夫かという旨を尋ねた。
すると、大丈夫というスタンプが一つ返ってきたのだ。
言いながらラインの画面を見せると、天音の眉がわずかに下がった。
「へぇ……ちゃんと心配してるんだ」
「そりゃあ何日も休んでたら心配するって」
バスケ部の一件直後の様子や、聞いたばかりの病気のこと。心配するなという方が無理な話だ。
天音と別れ、駐輪場から自転車を引っ張り出して帰路へと着く。
湿気の帯びた空気が鼻孔へと広がり、やや憂鬱な気分になる。
もっぱら自転車移動が多い僕にとって、雨とは厄介なものである。晴れの日が多い岡山といえど、雨が降らないわけもない。授業がある平日ならともかく、バイトや用事で外に出ることが多い休日に雨は勘弁して頂きたい。
「ああ、そういや牛乳切れてたんだっけ……」
少し道を外れて寄り道をする。行きつけの安いスーパーがある。業務用スーパーと銘打ってはいるが、一般客向けの食材類も多数取り扱っている人気のお店だ。
「あ、お兄ちゃん」
スーパーに入ろうとしたところで、こちらを見つけて声を上げる女子を発見。妹の菜子である。向こうも学校帰りで、僕が去年まで通っていた中学校の制服を着ている。
鞄は肩にかけ、両手に野菜やら牛乳やらが詰まった袋を抱えている。
「おーちょうどいいところに。もしかして私を出待ちしていたのでは?」
買い物袋を上げながら、菜子がこちらに駆け寄ってくる。
「僕も牛乳買おうと思ってきたんだけど、二人揃って買わなくてよかった」
菜子から買い物袋を受け取って自転車のかごに入れる。
菜子がぷくっと口を膨らませながら、お下げの髪を揺らす。
「そういうときは連絡入れてよもー。普段牛乳なんて買って帰ろうなんて思わないくせに」
自転車から降りて菜子とともに自宅までの道を歩きながら、小さく息を吐く。
「最近身の回りであれやこれや起きてるから、ちょっと気の迷いが……」
「いやなにもそこまでは言ってない」
菜子が快活に笑いながら僕の背中をぽんぽんと叩く。
「でもそういえば最近お兄ちゃん明るくなったかも。ぼーっとしてることも増えてるけど」
「あー」
菜子の言葉に間延びした返事をしながら、視線を灰色の空へと向ける。
「なんか僕、最近輝いているらしいんだけど」
「…………あーお母さん? お兄ちゃんが壊れたー」
速攻で母親に連絡入れる妹。この若さでこの報連相の速度。将来は母親に似てビジネスウーマンになること間違いなし。
「そうなんだよね。きっと壊れてるんだよね僕」
「ボケを普通に受け止めないでよ、こっちが恥ずかしいじゃん……」
スマホをポケットに戻しながら、菜子はじとりとこちらに目を向ける。
「本当になんか様子おかしいけど、大丈夫? 体調悪いのでは?」
「最近おかしな女の子につきまとわれて疲れてるだけ」
「お兄ちゃん一体なにしたの……」
「なにもした覚えはない」
少なくともこちらには。相手は僕のことを知っていたようだが、結局どうして僕のことを知っているのかは聞けずじまいだ。
自転車を押しながら、横目で菜子を見やる。
「菜子は夢とかってある?」
「……夢? あるけど急になに?」
「え……? 夢、あるの?」
「自分から聞いてくせになに驚いてるの。ちょっと失礼では?」
たしかにそうかもしれないが、実際菜子に夢があるというのが少し意外だった。
菜子は現在中学二年生。僕の勝手な思い込みかもしれないが、中学時代から明確な夢を持っている子は少数だと思う。将来なりたい職業はあったとしても、明確に夢だと言い切れるのは珍しいだろう。
「ちなみにそれって?」
「内緒! お兄ちゃんにはまだ早いよ」
楽しげに笑いながらも、やや不満げにびしっと僕の鼻っ面に指を立てる。
なにが早いのか全くもってわからない。しかし、早いというからにはいつか教えてくれるのだろう。深くは聞くまい。
「なに急にどうしたの? お兄ちゃん、本当に頭がぱーんってなったのでは?」
「ぱーんとはなってないと思うけど、その女子ってのが夢大好きというか気にしすぎているというか、夢中毒みたいなやつなんだ。それでその子が言うには、僕にも夢があるんだって」
未来は、夢を持っている人物を見分けることができると言った。
正直バカげていると言わざるを得ない。
未来については、まだわからないことが多いし、知り合ってからまだ一月とたってない。
だが、未来の目は嘘を言っている様子はなかった。
それに、バスケ部の一件。
言い方は悪いが、他者の夢を馬鹿にしている人を見た程度。それであそこまで激昂した未来が、夢というものに対してそんな嘘をつくとは思えなかった。
「そ、それは変わった人だね……」
菜子は苦笑いを浮かべながら、ずり落ちかけた鞄を肩に背負い直す。
変わっているを通り越して、もはや奇人である。
「でもどうなの? お兄ちゃんに、夢はあるの?」
わずかばかり、菜子の声のトーンが下がった気がした。
ちらりと菜子に視線を向けるが、その横顔からは感情の変化は読み取ることができない。
「ないと思ってた」
「昔はちゃんとあったのでは?」
素早く切り替えされ思わず口を閉じてしまう。
「私は好きだけどな。お兄ちゃんの小説」
恥ずかしげもなく、にししと菜子は笑う。
「勧めた人たちも面白いって言うよ。暗い気持ちのときに読むと明るくなるって」
「……前から言ってるけど、僕の小説勝手に広めるの止めてもらっていいです?」
菜子はあっけらかんとした様子で笑い僕の背中を叩いた。
「いいじゃん別に。私が描いたイラスト表紙にしてるんだから、私にも権利はあるでしょー」
ネット小説は表紙となる画像を設定することができる。
僕の小説のほとんどは、菜子に描いてもらったイラストを使っている。
こんなとぼけたキャラをしているくせに、菜子はとても繊細で綺麗なイラストを描く。
名前や素性こそおおっぴらにしているわけではないが、中学生イラストレーターとして結構な人気を誇っている。
菜子は突然ぶすっとした表情で口を尖らせると、じろりと横目でこちらを睨んだ。
「というか最近、私にイラスト描いてくれて言わないけど本当になんなのかな? もしかして浮気してるのでは?」
「浮気してたら他のイラスト載せてるよ。大体浮気ってなにさ」
「べっつにー。まあいいけど、私は私でどんどん先に進んでいくよ」
軽やかに体を踊らせて僕の前に進み出ると、曇った空に向けて手を伸ばす。
「絶対、私はプロになる。この私のイラストで世界を塗り替えてみせる」
大魔王みたいなことを言い放ちながらも、菜子の表情に迷いや戸惑いは欠片もない。
どこまでも本気のクリエイターの目だ。
こちらを振り返り、菜子は笑った。
「その足がかりにはまず、お兄ちゃんにも私と同じレベルの小説を書いてもらいたいんだけど。お兄ちゃんにも責任があるのでは?」
「知らないよ。そんな責任」
肩をすくめ、ため息を落としながら自転車を進める。
もう、とかぶりを振りながらも菜子はとことこと僕の後ろを着いてくる。
眠りの中で見ている夢も、夢の中では夢だと気がつかない。
将来を思う夢も同じ。夢の中にいるとき、人は気づかない。特別なものだと気がつかない。
自分がどれだけ途方もないことを考え、実行しようとしているかを菜子は知らないだろう。
昔、僕もこんな風に夢を見ていたのだろうか。
たかだか一年前のことなのに、僕はもうそのときの気持ちを、思い出すことさえできない。
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