過去の浪費

 それとスマホカバ――まあまあ面白かった。

 カザミ――また期待してる。

 ジョンタイター――とりあえず最初から読んでくる。

 手羽先コウ――綺麗なエンディングが最高だった。

 デイドリーム――次の話も書かないと本当に許さないですから!

 虹玉模様――次回作も待ってます。

 仏ちゃん――結局最後まで読んでしまった。つ、次は待ってないんだからね!


    Θ    Θ    Θ



 十一月になった。


 つい数日前に、小説の最終更新が終わっている。その小説は僕が最後に書いていた小説で、ちょうど一年前に書き上がった小説ということになる。完成度も最後に上げた小説というだけあって、それなりにいいものになっていたという自覚もある。


 スマホのアプリに、いくつも通知が入る。

 見ずとも内容はわかっている。これまでも何度かコメントやダイレクトメッセージは入ってきたが、小説が完結した際には一際多くの通知がやってくる。

 これまでたまに見ていた程度だが、そしてこれからはもう二度と見る必要がなくなる。

 常にマナーモードにして、ポケットに突っ込んでいる。


 月も変わり、文化祭の準備が本格的に開始されている。

 このクラスでも出し物をやる予定になっている。一部の男子が張り切って女装メイドカフェをやるとかバカなことを言い出した。ある程度勝手に話が進んでおり、別段僕が手伝う必要はない様子だ。ノリのよい女子たちも面白がってその案を推している。当日手が空きやすいことを喜んでいる子もいたようだが、まあ男子たちがいいならそれでいいだろう。

 もしかしたら女装させられてメイドとしてかり出されるかもしれない。しかし、準備にあまり参加しなかった代わりに手伝うということで仕方がないと諦める。

 

「はぁ……」 


 ため息を落としながら、静かで落ち着く第二図書室でなにもすることなく物思いにふける。

 窓の外に広がる空はすっかり暗くなっているが、文化祭の準備に熱を燃やしている生徒たちが多く残っている。まだまだ瀬戸高の一日は終わらない。


 あの文芸部の一件以来、周囲が少し騒がしい。

 顧問である赤磐先生は、本当に文芸誌を出さないのかと再三やってくる。中旬にある文化祭まで二週間ほどしかなく、書きかけの小説を削除してしまい手元にはなにも残っていない。印刷所に頼むにしても入稿は遅くとも一週間前にしなければいけないだろうし、あと一週間弱で小説を書き上げることなど、今の状態では不可能だ。


 あれから大和も第二図書室に何度かやってきた。

 御崎さんたちともめた一件についての謝罪や、文芸誌の発行については本当に止めるつもりなのかと、これまで以上に僕のところにやってくる。御崎さんたちがやったことを相当責任に感じているようだ。既に向こうは文芸誌の見本誌ができあがっているようだが、さすがにそれを僕に持ってくるようなことはしなかった。


 当の問題を起こしてしまった御崎さんは、時々僕のところにやってきてなにか声をかけようとしているのだが、僕は努めて無視をした。あんなことを言われたあとで、御崎さんからなにかを言われても困る。

 僕としてもあそこまで言ってしまったので、御崎さんと顔を合わせづらい。


 ただ御崎さんは、あれから目に見えて落ち込んでいるらしい。別に御崎さんに悪意があったわけではないのはわかっている。スランプに陥っていた際の矛先を、魔が差して僕に向けてしまっただけ。今更そのことに無意味な怒りを持ったりもしない。


 あのとき御崎さんと一緒に僕をやり玉に挙げた他の部員は、あれっきりまともに小説をかけなくなっているようだ。大勝負であった文化祭の文芸誌も間に合わないらしい。唯一御崎さんは小説を書けているものの、以前の小説にも増して質が落ちてしまっているそうだ。どちらにしても、僕がどうこうできる問題ではないのだけれど。


 天音だけは、特に変わりなく僕に接してくれるのがありがたいところである。怜治やちとせのことがあっても、天音だけは僕にも二人にも変わらず接してくれた。向こうは向こうで文化祭の手伝いに結構かり出されているので忙しそうで、なにやらいつもばたばたしている。


 家では家で菜子が一向に機嫌を直してくれない。ここ一週間ほどまともに口すら聞いてもらえない。視界にすら入ってくれない始末。ほとんど部屋から出てこない。怒りをぶつけるようにイラストを書き殴っているに違いない。そのうちけろっとすると信じて放置している。


 そういえば、夢喰いと呼ばれているあの子は、ここ一週間ほど僕の前に姿を見せていない。時々校内で姿を見かけるのだが、僕の姿を見つけるとなぜか逃げていく。

 これまで頻繁に僕のところにやってきていたのがそもそもおかしかったのだ。

 しかし、あれだけいつも入り浸っていたあの子がいないだけで、以前より周りがずっと静かに感じる。


 誰かの夢を喰らうという少女。未来のことをそう噂する人がいるようだが、実際は僕も似たようなものだ。

 僕が小説を書かなければ、怜治とちとせが小説を書くことを止めることなんてなかった。僕が御崎さんたちの小説についてなにも言わなければ、御崎さんや文芸部の部員たちは今も小説を書いていただろう。


 僕が小説を書いていたことで、夢を見たところで、誰かが喜ばれたことなんてありはしない。


 最終下校を知らせる予鈴がなった。

 文化祭の準備で許可を出していればまだ残ることができるのだが、僕はそんな仕事も与えられていないので早々に帰宅しなければならない。


 明日の金曜日は文化の日、土日と含めて三連休に入る。残ることができる生徒は今日の内にできる限り準備をしておきたいところだろう。

 荷物を担ぎ席を立ち、窓の外へと視線を逃がす。

 耳を澄ますと、晩秋の空気に乗って息づく文化祭の脈動が聞こえてくる。

 この高校は、夢に溢れていると未来は言った。

 いろんな将来を思い描く、夢に溢れていると。


「もし僕にもまだ夢があったら、今頃必死に小説を書いていたりしたのかな……」


 意味のない呟き。

 僕は既に小説を書くことを止め、ただ毎日の時間を浪費する日々。

 過去の浪費は既に終わっている。もう僕の中は空っぽ。なにもない。

 そもそも僕に夢なんてものは、きっと最初からなかったのだ。


 できたことをしていただけ。


 小説を書いていたのは、結局のところ怜治とちとせに勧められて書き始めただけ。

 たまたま読書が趣味だっただけで、僕が小説を書く理由なんて、偶然だったんだ。


 第二図書室の鍵を閉めて、人気のない廊下をゆっくりと歩いて行く。

 まだ活気で息づく校舎を通り抜け、自転車を引っ張り出して走り出す。

 今日はカフェ緑山のシフトが入っておらず、明日からの三連休にたっぷり働く予定だ。

 しかし真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、かといってカフェ緑山に寄って帰る気分でもない。そもそも行ったところで今はやることもない。


 自転車を家とは違う方向に走らせる。暗い夜道を抜けていき、やがて中学の頃によく通っていた道へと移っていく。中学生のころまでは、週に何度もこの道に自転車を走らせていた。


 高校から二十分くらい自転車を走らせていくと、大きな建物が見えてきた。

 たどり着いた場所は、岡山県立図書館。

 もうじき閉館時間だが、金曜日の夕方ということでそれなりに利用者が出入りしている。

 路上の邪魔にならない場所に自転車を停める。

 薄い星空の下で図書館を見上げて小さく息を吐く。

 いろんな感情が溢れて身動きがとれなくなり、図書館の脇にある噴水の塀に腰を下ろす。


 全てはここから始まった。

 図書館でただ毎日楽しくて本を読み続け、そして怜治とちとせに出会って、小説を書く世界にのめり込んだ。


 この世界に存在する物語を読むのではなく、この世界のどこにも存在していない自分だけの物語を紡ぐ。

 きっと多くの人にとっては大したことではなかったのだと思う。

 だが、僕にとっては物語を紡ぐことは、すごく、すごく特別なものに感じられた。

 気がつけば目標が生まれ、ふと思い至るとそれが夢になっていた。


 小説を書く。書いて、書いて、書き続けたい。

 そんな夢を持っていたことも、確かにあった。


 あの少女は僕に言った。

 僕は夢を持っているのだと。


 だと事実は違う。

 夢を、持っていたのだ。


 やっぱり、僕は思い返しても思い返しても、今は夢を持っていない。

 小説のことを考えても考えても、苦しく、辛く、泣き出しそうになってしまう。



 どれくらいの時間、そうしていただろうか。

 我に返ると、体がすっかり冷たくなっていた。

 図書館は閉館して周囲から一切の人気がなくなっている。

 スマホを取り出すと、小説投稿サイトからの通知が何件か来ていた。通知は見ずに消してマナーモードを解除する。

 時間もついで確認すると、もうじき午後九時になるというくらい時間がたっていた。


「なにをやっているんだか……」


 ため息と共に悪態を一つ落とし、固くなってしまった体をゆっくりと起こす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る