エピローグ

「それで、なんでいるの?」


 パソコンの文字列から一息入れて顔を上げると、すぐ目の前でにこにこと笑いながらこちらを見ている未来の姿があった。


「いえ、お茶をしに寄ってみれば叶太さんがいたので、しばらく眺めていただけですよ?」


 絶対嘘だ。大方菜子にでも聞いたのだろう。


「小説書いてるやつ見ても楽しくないでしょ? どっか行ってくれてよろしくてよ?」


 暗にどこかに行ってほしいという意味を込めて言う。


「小説を書いている叶太さんは楽しげで嬉しげで、輝いて見えるので私としては大満足ですよ」


 嫌みを言われていることに気ついておらず、未来はにこにこしたまま答える。


 こちらは気が散るので止めて頂きたいんですけどね……。


 しかしそれを口にしたところで素直に聞いてくれる子でないことは、ここ数ヶ月の付き合いで嫌というほどわかっている。


「はい。お代わりのコーヒー店長から」


 がちゃがちゃと音を立てながら二つのカップが机の上に置かれる。

 今日のシフトで入っている天音はなぜか不機嫌そうだ。他にお客さんが近くにいないのをいいことに、雑な扱いで空になったカップを下げていく。


「あまりいちゃいちゃしないでもらっていい?」


 にっこりと笑みをたたえたまま告げる天音。


「この光景のどこをどう捉えたらいちゃついて見えるのか教えてもらっていい?」


「全部」


 憤慨とばかりに言い残して天音はバックヤードに引っ込んでいく。なんなんだ一体。

 深々とため息を落とし、運ばれてきたカップにゆっくりと口をつける。集中しっぱなしでどこかふわふわしていた思考に、熱いコーヒーが染み渡っていく。


「さて、そろそろ行こうかな」


 書きかけの小説を保存し、ノートパソコンを閉じる。


「あ、すいません。本当に邪魔でしたか?」


 やや心配そうに尋ねてくる未来に、僕は小さく笑う。


「違うよ。元々今日はある程度書いたら、気分転換もかねて取材に街をぶらぶらしてみようかと思ってたんだ。小説のネタ探しにね」


 小説執筆は僕の場合どう続けても長くても一度に四,五時間くらいしか集中力が持たない。それ以降は書けなくはないが明らかに内容の劣化を感じてしまう。

 そういうときは小説の参考になりそうな場所やネタ探しだ。街を探索したりご飯を食べたりと。


 数日書かないだけでも感覚が狂う。それだけ継続することは大切だ。

 御崎さんに焚き付けられて書き殴るように三日で書いた小説はそれなりの内容に仕上がっていた。だけどそれでも、改めて読むと文章力や内容が中学時代よりも劣っていることは否めない。

 でも、そうだとしても、情けない話だが先日までの小説を書かなかった時間も、きっと僕には必要だったんだとも思う。

 それを、この子が教えてくれた。


「暇なら未来も一緒にいく? 散歩するくらいだけど」


 申し訳なさそうに眉根を提げていた未来がぱあっと表情を明るくする。


「はいっ。是非ご一緒させてください」


 レジに立っていた店長に二人分のお金を払い、バッグヤードの入り口で睨みを利かせている天音に軽く手を振って店を出る。


 外は岡山らしい晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 秋も暮れのころ、徐々に空気に冬の寒さが混じり始めている。それでも今日は散歩するには丁度よい季候だ。


「今はどんなお話を書いているんですか?」


 隣を歩く僕にきっかけをくれた彼女は、興味ありげに尋ねてくる。


「一度夢を諦めようとしたやつが、もう一度夢を追い始める話」


 何気なく答えると、未来が少し驚いたように目を見開いた。


 僕にとって小説は、自分の心を動かされたものを書くこと。

 ノンフィクションを書くわけではない。ただ僕自身が経験したことを元に、自分が感じたこと、考えたこと、思ったことを誰かに伝えられたら。

 もしかしたら将来小説を書く理由は変わることになるかもしれないが、今僕が小説を書く理由はそれでいい。


 それがいい。


「そういえば、神奈川県の横須賀に、夢を叶える叶神社っていうのがあるらしんですよ」


「叶神社?」


 突然の話題に僕は首を傾げる。


「はい。東と西にそれぞれ二つ、東叶神社と西叶神社っていうのがあって、東にお守り袋、西に曲玉が売ってあって、その二つを持つと願い事とか夢が叶うっていう」


「へぇ……面白いね」


「よかったいつか行っていませんか? 縁結びでもあるみたいで、一緒に縁結びません?」


「縁結びには興味はないけど、夢が叶うっていうのは面白そうだから行きたいね」


「ええ!? そっちですか!? 縁を結びに行きましょうよ」


「僕に縁はいらないよ」


「ひ、ひどいですぅ」


 そう、僕にもう縁は、少なくとも今は必要ない。

 僕はこんなにもたくさんの、暖かい縁に包まれているのだから。


「また、次の小説も読ませてくれますか?」


 期待の眼差しを向けてくる未来に僕は笑う。


「またネットに投稿する予定だから、投稿したら真っ先に教えるよ」


「えへへへ、楽しみにしてますね」


 嬉しそうに笑いながら、未来は体をくるりと回しながら楽しげに体を踊らせる。


「そういう君はどう? 夢は見つかった?」


「全然です。まだまだ見つからないですよ」


 口ではそう言いながらも、相変わらず未来は楽しげだ。


「私はいろんなことを経験して頑張りますよ。もっともっとアクティブにアグレッシブに!」


「君は既に十分すぎるほどアクティブでアグレッシブだよ。時々ポンコツだけど」


「ポ、ポンコツ言わないでください」


 打って変わってしょんぼりする未来。

 だけどすぐにまた笑う。


「でもでも、絶対に私の夢を見つけますから。私に楽しいってことを教えてくれた叶太さんに負けないように、頑張りますよ」


「僕も負けないよ。もう二度と」


 未来のことだけではない。

 これから何度も挫折することになるかもしれない。心が折れることもあるかもしれない。

 それでも僕は夢を追い続ける。 

 その先にきっと、自分だけの夢を映し出すことができると信じている。


「僕も、前に進む。絶対に、夢を叶える」


 僕の言葉に、儚げに清らかに未来は微笑む。



「あなたの夢は、なんですか?」

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あなたの夢はなんですか? 楓馬知 @safira0423

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