疑惑

 虹玉模様――これからも頑張ってください。

 それとスマホカバー――書籍化アニメ化希望。

 トリトカゲ――おもんない。

 デイドリーム――いい話しすぎて泣いちゃました。

 カザミ――昔を思い出す小説だったよ。

 写真中毒者――聖地巡礼したい! どここれ!

 絶望ラムダ――次も読みます!

 顔面凶器――この主人公と俺との顔を交換したい。

 キリト――俺の方がかっこいい。

 デイドリーム――もっともっと素敵なお話を書いてください! お願いします!


    Θ    Θ    Θ


 授業が終わり放課後。

 僕は第二図書室で未来と待ち合わせ、赤色がたっぷり書き込まれた文芸誌を手に第一文芸部の部室へと向かう。未来なりにも気がついた誤字脱字も指摘してくれており、僕一人で見るより正確なものとなっていた。

 今回の文芸誌は全体的にレベルが高かったように思う。来月には文化祭の文芸誌が発行されるにも関わらず、今回入稿できるのはよほど余裕に書き進められる生徒だけだ。

 この赤入れは、本当は気が進まないのだが部長の大和から頼まれていることだ。最悪、気にくわなければ無視をすればいいだけなので、とりあえずは持っていくこととする。


「第一文芸部の部室ってどこにあるんですか?」


「四棟ある内の最後の棟、この実習棟の向こうの部室棟だよ。第二文芸部は第二図書室を間借りしているけど、向こうは部員数十名の部だからね。どこかの部屋を間借りするんじゃ狭いから、きちんとした部室をもらってる」


 部活動の内容に大きな部屋が必要というわけではないが、それでもやはり人数が人数なので文芸部は大きな部室をもらっている。


「僕もあまり来たことないけどね。いろいろ騒がれるし問題を起こしたくもないから」


 なにせ僕に散々噛みついてくる狂犬女子がいるのだ。そして他にも僕のことを快く思っていない人間もいる。


 部室の前まで来ると、なにやら部屋が騒がしかった。大きな声がいくつも聞こえる。その中には御崎さんの声も混じっているようだった。

 文芸部の活動は基本的に執筆やそれに付随する作業がメインだ。だから部活動は通常粛々と行われているのだが、今日はなにやら盛り上がっている様子である。

 未来と顔を見合わせるが、ただちょっと文芸誌を返して帰るだけ。入り口近くにいる人にでも渡して、あとから大和に連絡をすればそれで済むだけの話だった。

 扉をノック。しかし中が立て込んでいるのか返事がない。

 仕方なく扉を開ける。


「失礼します」


 断りながらゆっくり部屋に入る。

 すると、部屋の喧噪がぴたりと止み、部屋中の視線がこちらを向く。

 部屋はまさしく文芸部といった部屋だ。あちこちに本棚が置かれ、様々な書籍やファイルが詰め込まれ、文集のバックナンバーがずらりと並ぶ。

 机の上には執筆用と思われるノートパソコンが何台も置かれている、

 しかし現在、誰一人パソコンに向かっている生徒はおらず、全員が今行われている会合のようなものに注視しているようだった。

 右手には部長である大和や、副部長である女子の先輩がいて、大和がなにかばつの悪そうな顔をこちらに向けている。

 対しているのは、御崎さんを初めとした一年生の文芸部員たちだ。


 まずいタイミングでやってきてしまったということが、直感的にわかった。


「ちょうどいいところに来たじゃない。春木」


 御崎さんが僕の方を見て嫌な笑みを浮かべる。


「僕は君と問答をしにきたわけじゃないよ」


 御崎さんに絡まれるのはいつものことなので驚きはしない。

 しかし部員全てを巻き込んでの話し合いの最中に、都合がいいとはどういうことか。


「悪い、未来。第二図書室で待ってて」


 未来を部室には入れずに扉を閉めようとするが、僕の体を押しのけるようにして未来は部屋の中に入っていた。


「私のことならお気になさらずとも結構ですよ」


 その表情はどこか険しく見えた。それでも追いだした方がいいように感じたのだが、後ろで扉を閉められる。

 御崎さんがこちらにやってきたので仕方なく向き直る。


「それで、なにか用? 僕はこれをここの部長に返しに来ただけなんだけど」


 文芸誌を見せながら御崎さんにこともなげに告げる。しかし、文芸誌には目もくれない。

 御崎さんの目はいつもに増して鋭く、あざけるような視線を僕へと向けていた。


「どう? 新しい話は書けた?」


 投げられた質問に僕は首を傾げる。


「小説なら、今書いているところだよ。来月の文化祭に出せるように準備しているけど」


 本当にわずかだが、御崎さんの目が揺れたように見えた。

 これまで、僕は御崎さんからの小説に関する問いに一度としてまともに答えたことがない。

 けれど今初めて僕が新しい小説を書いていることを明言し、それが意外だったのだろう。

 御崎さんが笑った。


「どうして、今になって小説を書くようになったの?」


 なにを聞きたいのか、なにを言っているのか正直僕には心当たりがない。

 だが他の文芸部の部員も僕たちの会話に注視しているようで、全員の意識が向いている。

 大和はなにか言いたげな視線を投げているが、どう会話に入ろうか迷っているようだった。

 僕はため息を落としながら首を傾げる。


「今になってもなにも、僕はずっと小説をネットに上げてるでしょ? 昨日も更新されているはずだよ。たしかに今回はネットに上げる小説じゃなくて、書籍用に意識して書くつもり。内容はまだどうなるかわからないね」


 実際に文化祭に出す話をもらったのは昨日の話だ。同じ小説でもネット小説と書籍小説ではやはり細部は変更する必要が出る。


「ずっとネットに小説を上げてる? 本当にそうなの?」


「僕のアカウント見ればわかる話でしょ? QRコードがそこの紹介文にあるでしょ」


「そういうこと言ってるんじゃないわよ」


 こちらを睨み付け、再び嗤いながら御崎さんは口を開く。



「あの小説は、本当にあんたが書いた小説なのかどうかって聞いてんのよ」



 一瞬心臓が止まったように体が冷たくなった。胸が苦しくなり、視界が明滅する。


「……どういうことですか?」


 答えられずにいる僕の代わりに口を開いたのは、僕の後ろで話を聞いていた未来だ。


「あなたもこいつがネットに上げている小説を見たことがあるの? こいつの小説は、こいつが自分自身で書いた小説ではないんじゃないかって私たちは思ってるのよ」


「……」


「なんでそう思われてるのか、その様子だったら自覚があるんじゃないかしら?」


 得意げに言いながら、御崎さんは開いていたノートパソコンの画面をこちらに向けた。そこに表示されていたのは、今まさに口にされている、僕が小説を投稿しているアカウント。

 ハンドルネーム、ハルカナ。

 その名前の下に、ずらりと僕が今まで上げてきた小説のタイトルが並んでいる。


「少し前から疑問に思っていたのよ。あんたが投稿している小説、小説の内容やクオリティ、文章力、文法の使い方も小説によって違いすぎる。前作はよくできていたのに次回作は初めて書いた小説かと思うようなレベルだったり、信じられないくらい綺麗な小説だったりが滅茶苦茶に入り交じっている。同じ人間が書いているならこんなことありえないでしょ?」


「……」


 未来は答えない。

 僕の小説を全て読んだと言っていた未来。相当な読書家であることは最近の付き合いで知っている。きっと未来も、同じことを考えていたのだろう。


「それに私は、あんたが小説を書いているところを一度としてまともに見たことがない。あんたが家とか高校以外で書いている可能性もあるけれど、それにしてもあんたが投稿している小説の文章量は膨大。とても空き時間で書いただけの量とは思えない量よ。それに……」


 パソコンに表示された小説のタイトルをスクロールしながら御崎さんは続ける。


「普通、小説にはその作者特有の個性のようなものが現れる。一作二作しか書いてない人ならともかく、こんな数十も小説を投稿しているような人間の内容や文章力がまちまちなんて普通ありえない。そこから考えられる理由は一つ」


 御崎さんの目がちらりと、僕が手に持っている文芸誌に向けられる。

 第一文芸部が作った文芸誌に。


「あんたは、盗作をしている。私たちや、おそらくはもっと他にも読んだ小説から集めたアイデアで、継ぎ接ぎにしてそれっぽく小説にまとめているだけ。今になって小説をかけるようになったのも、私たちが書いた文芸誌からアイデアを盗んでるんじゃない?」


「そんな事実はない」


 話を遮ってそう言ったのは、文芸部部長の大和だ。


「春木が書いている小説はこいつ自身が書いているものだ。その文芸誌を渡した段階で、こいつは既に新しい小説を書いていた」


 二学年上の部長からの言葉であるにも関わらず、御崎さんは負けじとにらみ返す。


「今回の小説だけならもしからしたらそうかもしれませんね。でも部長はこいつにこれまでずっと文芸誌を見せていたっていうじゃないですか。そのアイデアが盗まれている可能性があるんじゃないですか?」


 御崎さんは目を細め、呆れたようにこちらを見やる。


「それに、昔の小説ならともかく、こいつの最近の小説は全てが滅茶苦茶です」


「……滅茶苦茶?」


 黙っていればよかったのに、僕は思わず尋ね返してしまった。


「そうよ。あんたの昔の小説は、少なくとも小説が好きだという気持ちが感じられた。でも今のあんたの小説は支離滅裂。ただ惰性で、自分は作家だということを自分に言い聞かせているような、そんなつまらない小説」 


 惰性、言い聞かせる、つまらない小説。

 それら言葉に、頭にすっと血が上っていくのを感じた。

 御崎さんの周囲にいた同級生たちも口を開く。


「お前みたいなやつに、俺たちの書いたものを読んでもらいたくねぇよ」


「私たちが必死に考えた時間を、取らないでほしい……」


「そんなことをして、楽しいの?」


 怒りと悲しみを交えたようなどす黒い感情が向けられる。

 そして、御崎さんが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「あんたみたいな小説を侮辱するような作家は、もう二度と小説を書かなくていいわ。私たちが経験している辛さも苦しみも、作家がみんなしている思いを盗むようなやつに、小説を書く資格なんてない。夢を見る資格なんてない。そんな才能もないやつは作家なんて止め――」



「うるさいよ」



 反射的に出た言葉は、自分でもぞっとするほど冷たいものだった。

 自然と口元に笑みが浮かび、対称的に御崎さんの表情から笑みが消える。


「君たちが経験している辛さ? 苦しみ? 自分の小説と大して向き合ってもない君たちが、一体どんな苦労をしているっていうの?」


 僕の問いに、文芸部の人たちの表情に戸惑いが広がっていく。


「なにを……」


 口を振るわせる御崎さんに、僕は手に持っている文芸誌を見せながら笑みを浮かべた。


「この文芸誌、僕がちょっと目を通しただけでどれだけの指摘が入っていると思ってるの?」


 ぱらぱらとめくるページには、ほとんど全てのページに赤色の誤字脱字や直すべきと考えられる注釈が入れられている。


「たしかに、自分ですぐに書いた創作物は、先入観があるから作品の間違いに気がつきにくい。でもこの量はいくらなんでも多い。君たちは自分で書いた物語ときちんと向き合っているの?」


「どういうことよ……」


「自分の書いた物語を後から読み直すのは、かなり勇気のいることだと僕は思っている。自分の小説のレベルも、文章の上手い下手も、自分が書いた小説の中には全て残っている。自分で書いた物語を読み直すのは、自分自身と向き合うことに他ならない」


 これから自分が目指したい場所がどこにあるかは、人それぞれだ。でも、たどり着きたい場所にたどり着くためには、どうしても自分が今立っている場所を知る必要がある。


「君たちは自分の小説をきちんと読んでいないだろう? 小説を書いた、書き上げたっていう、他の人がやらないことを自分たちにしかできないことだと勘違いして、優越感に浸って文芸誌という形で出しているだけじゃないか」


 小説は自分たちにしか書けないものだと勘違いしている人がいるが、それは違う。自分の小説は自分にしか書けないものだけど、小説を書くこと自体はその気になれば誰にでもできることだ。特別なことなんかではない。


「僕が君たちの小説を盗作している? だったら聞くけど、これまでこの半年間で君たちが発行してきた文芸誌の内容の、どれが僕の小説に使われてきたっていうのさ。一つもない。一つも見つかるわけがない」


 それは現実に、あり得ない。あり得るはずがない。


「そんなわけないでしょ……探せば……」


「あり得ないよ。だってここ一年くらい、僕が上げてきた小説は全部――」


 それでも食い下がろうとする御崎さんに、僕はかぶりを振る。

 言いそうになってしまった事実を、どうにか抑えこむ。


「大体、御崎さんが気にしなければいけないことは、僕なんかよりも自分自身のことだよ」


「私のこと……? 一体私がなにを気にしないといけないっていうのよ……」


 憮然とした態度で聞き返す御崎さんだが、言葉に先ほどまでの力はなかった。


「前から言ってるよね? 君は僕のことなんかよりも、自分のことを気にしないといけないって。その意味、わからないわけじゃないよね?」


「……」


 黙り込み唇を噛む御崎さんに、告げる。


「スランプに陥ってるでしょ?」


 戸惑いの声が、御崎さんではなく周囲から一斉に上がった。

 当の本人である御崎さんは、否定するでもなく肯定するでもなく、口を閉ざしている。


「君が文芸部の人たちに初めて持ち込んだ小説、たしかにすごいと思ったよ。ストーリーも文章力も、僕なんかよりもずっとすごいと思った。でも入学してから文芸誌に載せている小説のレベルは、月日が流れるごとに悪くなっている。なにを書けばいいか、どんな話を書けばいいかわからなくなってるんでしょ?」 


 反論しない御崎さんに、さらに苛立ちが沸き上がる。


「小説を書きもせずに僕をつけ回したり、人の小説の内容ばかりに気を取られたりしていること自体がおかしいんだよ。自分の小説から目を背けて、人の作品ばかりに文句をつけている君に、僕のことをとやかく言われたくないよ」


「……っ」


 御崎さんの目に、涙が浮かぶのが見えた。

 だけど、僕は止まることができなかった。しなかった。


「小説を止めるべきなのは君だ。こんなくだらない小説を書くくらいならね。才能なんてどうでもいい言葉で夢を語るような君こそ、小説を書くなんてバカな夢を捨てるべきだよ」

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