当たり障りのない人生
「いけ
見よう見まねのフォームで、遠くのリング目がけてバスケットボールを投げる。
ボールは青々とした空の下を滑らかな放物線を描き、ゴールに吸い込まれた。
チームメイトの二人とハイタッチを交わす。
「さっすが春木。いい動きするな」
「そんなことないよ。素人が混じって申し訳ないね」
「いやいや、人数宇不足で頼んだのだ俺たちだろ。入ってくれただけでも超サンキュー。なんなら相手より動けるとか大助かり!」
「誰のこと言ってんだゴラァ!」
しっかりと会話を聞いていた相手チームから文句が飛んでくる。
「負けた方がジュースおごりだからな! 寄せ集めチームなんかに負けられるか」
「今日無得点がよく言うぜ」
「うるせぇ俺が一番へこんでんだ!」
お互い賑やかに言い合いながら、プレイが再開される。
僕自身に罰ゲームはないが、やるからにはチームメイトのために全力プレイだ。
高校一年生の二学期が始まって間もない、とある秋の昼休み。
教室で一人菓子パンをかじりながら本を読んでいると、クラスメイトが何人か僕の机のところにやってきた。なんでも、いつも昼休みに仲間内で三対三のバスケをしてるのだが、一人欠員が出たので助っ人に入ってくれないかと。
何事も楽しく経験をモットーにしている僕は快諾。残暑厳しい九月のバスケットコートでクラスメイトと共に汗を流しながら、ボールを追いかける。手を伸ばす。投げる。
「よぉーし圧勝!」
チームメイトが汗だくの顔に笑顔で手を振り上げる。
タイムリミットである予鈴が鳴り響くと同時に、相手チームが全員地面に崩れ落ちた。
寄せ集めチームに関わらず、僕たちは相手チームの倍の得点で勝利を収めていた。
「ほら、今回の戦利品だ。好きなもんを選ばせてやる」
「ありがと。じゃあお言葉に甘えて」
相手チームに買わせた飲み物の中からコーラのペットボトルを受け取る。
「いやほんと助かったよ。不戦敗は男の恥だからな」
「でも春木って運動部じゃなかったよな? あれだけ動けるのにもったいない」
僕は受け取ったコーラで乾きに乾いた体を潤わし、肩をすくめる。
「たまたまだよ。運がよかっただけだよ」
実際、バスケは体育の授業で何度かやったことがある程度だ。何本かシュートは決まったがそれも偶然である。自分でも驚いているほどだ。
クラスメイトがスポーツドリンクを飲みながら笑う。
「でもまあ、春木は本当に人生楽しそうに生きてるよな」
「それ思う。さっきバスケしているときもそうだし、いつもなんでも楽しそうだ。夢にあふれてそうで羨ましいよ」
「いやいや、全然そんなことないから。僕は人生絶賛迷走中の、うら若き男子高校生ですよ」
僕の言葉に二人のクラスメイトは楽しげに笑っていた。
生徒棟の最上階、四階にある自分の教室に戻ると、もうじき始まる授業の準備にクラスメイトたちがのそのそと体を動かしていた。ある者は談笑を止めて席に戻り、ある者は昼寝を止めて体を起こし、ある者はいつもと変わらず窓の外を眺めている。
高校生活がある程度落ちついた二学期の今日、クラスの光景は見慣れたものとなっている。
タオルで乾き始めた汗を拭い取り、窓際一番後ろの席に腰を下ろす。
バスケは楽しかったが今から体がぎしぎしいっている。明日は間違いなく筋肉痛だ。
今後の苦労を想像し嘆息を漏らしていると、とことこと一人の女子生徒が近づいてきた。
「お疲れ、
「勝ったよ。これ戦利品」
机の上に置いたコーラのペットボトルを指で弾く。
「おお、さすが」
言葉少なげに腕を組みながらうんうんと頷く女子生徒。
「なんでもできる叶太、本当に羨ましい」
「
「そんなことない。ただちょっと運動全般が苦手なだけ」
ふてくされたように口をとがらせて不満を露わにするのは、クラスメイトであり中学校時代からの友人である
栗色のショートボブに小柄な体型の天音は、いつものほほんとふわふわと完全マイペースを貫く生き物だ。クラスでもマスコット的な人気を集めている。
それより、と天音が机に手を突きこちらに顔を寄せる。
「明後日、シフトに入ってなかったよね? もう店長には連絡入れてるけど、私明後日用事が入っちゃって、できたら代わってほしい」
「明後日ね。それなら暇人岡山代表の僕に任せなさい。その大役引き受けてしんぜよう」
僕と天音は同じ喫茶店でアルバイトをしている。そのため、お互いに用事が入ったときはシフトの交代をして融通しているのだ。
二言三言で了承する僕に、天音はやや気落ちしたように眉根を下げた。
「ごめん。やらないといけないこともあると思うんだけど……」
なにを心配しているのかは、わからないでもない。ただ去年ならまだしも、ここ最近は時間や作業に追われるような生活をしていない。
「いや暇だから大丈夫。もし本当にやらないといけないことがあったら、僕もシフトの代わってもらうよ。天音のシフトが入っていても影分身して対応してもらう」
「わかった。そのときに影分身使えるように練習しとく」
一体どんな練習をするつもりなのやら、天音は両手をぎゅっと握りしめて強い意志を露わにする。諦めないのが天音の忍道であることを祈ろう。古いなこれ。
しばらくすると、授業を開始するチャイムが鳴り響いた。
担当の先生が前方の扉を開けて教室に入ってくる。
天音はぱたぱたと自分の席に戻り、僕は授業の教科書や筆記用具を机の上に並べる。
「静かにしろ。授業を始めるぞ」
未だにざわざわしていた生徒たちを先生がなだめ、またいつも通り授業が始まる。
僕は頬杖を突いて教室の外に広がる、岡山らしい青々とした空を眺める。
以前、時間が過ぎていくのがもどかしいほど、切羽詰まった生活をしていた時期もたしかにある。やりたいことが多すぎて時間が全然足りない。一日十時間もパソコンに向かう日も珍しくなかった。
ただ今は、熱情も将来の展望もない。かつて、ふわふわとだが明確に持っていた夢を考える時間も少なくなってきた。
「春木、なに窓の外に視線を投げて主人公風に黄昏れている。モブの先生は腹が立ったので次のページを読みなさい」
「はーい。主人公いっきまーす」
クラスメイトから小さな笑いをかいながら、教科書を手に立ち上がる。
ただただ何気ない日々が流れていく高校生活。もしかしたら、自分は他の人とは違うのかな、壊れているのかな。そんな風に思っていた時期は遙か以前のことのように感じられる。
僕自身、他の人と同じ、当たり障りのない人生を送るようになっていくのだろう。
それも、いいのかもしれない。
心の中に、思ってもない言葉がぽとりと落ちた。
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