第29話

「アリステラ殿」


 王宮に来ているはずのアルサメナを探していると、私の偽名を呼ぶ声がした。


 振り向くと、そこにはルヴィが居た。


「ルヴィ……?」


「……貴女はどうするつもりなのですか?」


 俯きがちに聞いてくる。


「私は、まだ諦めない。アルサメナ様をもう一度説得して、再起させる」


「もう無理ですよ、無茶なことはやめて、早く逃げた方がいいです。……なにより貴女の身が危ない、そんなことはわかっているでしょう?」


「……わかってても黙って見てはいられないの」


「どうしても聞けないというのなら──力尽くでも貴女を止めます!」


 ルヴィは、何処からか取り出したのか、二振りのナイフを取り出す。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「こんな事をしてる場合じゃないのに……っ!」


 風を切り、頬を掠める白い刃。


「私は──いえ、僕は本気ですよ。これ以上誰かが傷付くような事はさせませんっ!」


「じゃあ!貴方がしていることは何なのよ!?私はいいわけ!?」


 次々に繰り出される鋭い一撃を、やっとのことで引き抜いた剣で受け続ける。


「……あ!」


 ほんの一瞬とぼけたような顔をした。


「──でも大丈夫です!"痛くないように"するのは慣れてるんです……よっ!」


 その顔に騙されて、隙を許してしまう。


「なっ──」


 同時に振るわれた両手のナイフが剣を弾く。


 剣は私の手から離れ、後方に転がった。


「いくら多少力が強くても、僕の腕には──」


 流石に本職は戦闘力が違うか、でも私だって伊達に鍛えたわけじゃない……っ!


「ふっ!」


 二の太刀で首を狙いにくるその刃。


「どこが痛くないように……よっ!」


 それを大きく仰け反って避ける。


「こっ……の!」


 その大勢のまま後ろに体重を乗せてしゃがみながら、跳ぶ。


 私の体は宙を一回転し、蹴り上げた足で、ナイフの持ち手と顎を狙う。


「うわっ!」


 予想外の反撃だったのか、ルヴィは手元の蹴りへ反応できず、片方のナイフを私の足に弾かれる。


「──は!」


 虚を突かれて一瞬の隙が生まれているルヴィに、弾いたナイフをつかんで、突きつける。


「くぅ──!」


 しかし、ルヴィもギリギリで反応し、私の首へナイフを突きつけていた。


「はぁ、はぁ」


「ふぅ……はぁ」


 私たちは刃を突きつけあって膠着する形になった。


「……何なんですか、今の動きは」


「ちょっとした……曲芸……よ」


 ほんの一瞬で物凄い疲労を感じた。


 これだけでも分かる──彼は、今まで手合わせしてきた誰よりも強い。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「ただのメイドか従者にしては、あり得ないほどの腕前ね」


「……守る為には、これくらいは必要なので」


 私たちは睨み合ったまま、動けないでいた。


「……もし……貴方がアルサメナ様を守りたいなら……するべきことは私を蹴散らすことじゃないでしょう?」


「貴女は二人を上手く行かせないと、死が待っているかもしれない、ですが、アルサメナ様は王族に戻れた、名誉を取り戻せた。恋人なんて生きてさえいれば、いずれまた見つかるでしょう、それがアトランタ様であっても構わないはずです!」


「……本当にそう?アルサメナ様は本当それを望んでいると思うの?」


「私は……僕は、あの人がこれ以上傷付くのは見ていられない……お願いです……あなたの命も保証します……だから……!」


「……っ」


 必死にアルサメナを守ろうと、傷つけまいとするルヴィの姿が何故か、鏡を見ているような気分になった。


 いつかの自分を見ているようだった。


 それを見てわかった。


 多分、挫折したナローシュを庇っていた私もきっと……同じだったんだ。


 でも、多分それじゃダメなんだ。


 ……ダメだったのに、私は今の今まで、気が付きもしなかった。


 彼を助けるなら、優しくするだけじゃダメだったんだ。


「……もし、本当に大事に思っているなら、障害を全て取り除いてあげることが、辛い思いをしないように、何もかもしてあげることが、正しいわけじゃないわ、そうされた結果が、今のナローシュなの……アルサメナ様を同じような人間にしてしまうつもり?」


 そして今思い知った事を、そのまま伝える。


 ナローシュがああなった責任の一部は、私にもある、あの人が自ら克己しなかったのも悪いけれど、私はそれを促さなかったし、そうしようと思わないような、楽な環境を整えてしまった。


「それとも、そうまでして──必要とされたいの?」


 それも、私自身への言葉だった。


「っ──!」


 ルヴィは言葉をなくしていた。


「……否定はしないわ、でも先に待っているのは碌な結末じゃない」


「……僕の思いは決して実らないモノです。どうやら知らずのうちに、僕の心は悍ましい形へ変わってしまっていたようです」


 冷静になったのか、顔を青くしたルヴィはナイフを下げる。


 私は、自分のしたことの悍ましさを、見せつけられている気分だった。


「それほどの思いなら、さっきと同じ事を言われて、あなたはそれを諦められるの?いずれ見つかると言って」


「アルサメナ様の他に、私のご主人様はいません……家族は追放され父すら失った私を拾って、救って下さったのは、彼を置いて他にはいません!」


「なら、同じじゃない。アルサメナ様が簡単に諦められると思う?」


「……僕は……でも……いえ……そうですね。認めます……僕は間違って──」


「間違っているわけじゃないわ、方法が違うだけよ。全てしてあげなくても、彼を立たせることはできるはずだわ」


「……本当ですか?」


「大丈夫、あなたの思いは間違ってなんか、いない。間違ってなんか……いない」


 後悔と、得体の知れない焦燥感に折れてしまいそうな自分自身の感情へ、言い聞かせる。

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