第34話

「ダリオン将軍っ!……?これは…….?」


 営舎の一室を訪ねると、何故か絨毯が敷き詰められ、その上に食器が並べられていた。


「ここに王族の者が来ると聞いていたのだが……まさか、アリステラ、いえ、アリステラ様、貴方様は王族なのでしょうか?」


 せっせと準備をしていたダリオン将軍は、私を見るなり神妙な面持ちで問いかけてきた。


「……確かにそうです。私は隣国の王族です、あとは言わなくても分かりますね」


「それは……!これは……大変無礼を働いたようで」


 むしろ、なんで今まで誰も私に気がつかなかったのか、教えて欲しいくらいなんだけれど。


「あの!お父様!私は!」


「ああ、知っているぞ。ナローシュ様本人が先程伝えに来てくださったのだ」


「じゃ、じゃあ!」


「ああ、ナローシュ様からの言伝だ、今すぐに結婚の準備をしないとならん」


「そんな!私はナローシュ様と結婚したくありません!」


「何を言ってるんだ?大丈夫だ、ナローシュ様はお前の本当の気持ちを知っていたらしい」


「どういうことですか?」


「王は命じたのだ、私の所へ王族を寄越し、やってきたその者と、娘を結婚させろと。私はアルサメナ様かと思っていたが、まあアリステラ様も王族のようだから、間違いではないだろう」


「……はい?」


 何がどうなってるの!?


「……え?私が?騎士様と……?」


 私達は言葉を失った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「そうです、アリステラ様。私の娘を貴方様の花嫁にします」


「本当にナローシュが?」


「はい、まさしく」


「……どういうことでしょうか」


「あなたは彼女を、妻に娶るために此処へ来られたのでは?」


 え、いや、それは困るんだけど。


 というか、結局私がアイリスだって気が付いてないんですが。


 あぁ、今ここにいるのがアルサメナだったら完璧だったのに。


「いや、その、私は……」


 ベルミダの顔を見る。


 アルサメナの方が良いと言ってくれれば、何とかなる、ここに連れて来れば良いだけなんだから!


「……構いません。彼は私を何度も守ってくれましたもの。何もしてくれなかったアルサメナ様より、よっぽど私の主人として相応しいですわ」


「え」


 何で??


「貴方に命を差し上げたではありませんか、よろしいでしょう?」


 いや、確かに貴女を殺す時が自分が死ぬ時って言ったけどさ、そういう意味じゃなくない?


 万に一つも死なせないって意味だったのだけれど、流石にその解釈はないでしょう。


「何だ、ベルミダ。そんな事まで言っていたのか。なら話は早い。略式ではあるが、王の命令だ。すぐに人を集めて式を挙げるとしよう……」


 話を進めようとするダリオンの目に涙が。


「お父様?」


「ああ、ついにこの時が来たのかと思ってな。感極まって……しかも不本意な形ではなく、お前が望む形になるとはな……こんなに嬉しいことはないだろう……」


「……ありがとうございます、お父様」


 抱き合う二人。


 どうしよう、この状況で断れと?


 父親が涙を流しているこの風景を茶番にしろと?


 ……流石にそこまで私は鬼じゃないけれど、このままにしても……あ、でも逆に考えたら、ナローシュの結婚は阻止できてるし……細かいことは後からどうにかすれば……仕方ない……


「わかりました、それが王命ならば」


 アルサメナには後でフォローを入れるとして……



◇◇◇◇◇◇◇◇



 絨毯の上に並べられた、色とりどりの食事を囲んで座る人々は、思い思いに手を伸ばし、賑やかに歓談へ耽り、私達二人はその円の頂点に座っていた。


 式はあっさりと進んでいた。


 真っ白なヴェールと、煌びやかな装飾を施された鮮やかな赤色のドレスに、すらっとしたその身を包んだベルミダは、この状況に、何の疑問も無さそうな顔をしている。


 略式だからなのか、王がそう命じたのかはわからないけれど、それはもう簡潔なもので。


 連れて来られた楽士の演奏が始まると、殆ど普通の宴会と変わらない風景になった。


 ダリオン将軍が集めて来た人達は、たまたま近くにいただけの人々らしく、最初はよく分からない顔をしていたけれど、いつのまにか自然と盛り上がり、私達を祝い始めた。


 私だけがこの場で偽物で、本当は祝い事でも何でもないから、胸は申し訳なさで一杯になった。


 とにかく、私が何かこの件に関して策を弄する暇も隙もまるでなかった。


 ダリオン将軍が、戸口に立ち祝辞を述べようとしていた。


 もはや、流れに任せるしかないように思えたその時。


「ダリオン将軍!ここにいるか!」


「うおっ」


 扉を勢いよく開け放たれ、弾かれたダリオン将軍は尻餅をついた。


「な、なんだ、なんだ?アルサメナ様ではありませんか!如何なされましたか?」


 入ってきたのはアルサメナだった。


「どうしたもこうしたもあるか、ベルミダは──!」


 衝撃に、賑やかな部屋が一気に静まり返る。


 血の抜けたような青い顔とはまるで違って、今の彼は力と自身に満ちた顔をしていた。


「アルサメナ……様」


 ベルミダは目を見開いていた。


 私はアルサメナとは逆に、頭からサーっと血が引いていくのを感じた。


 これは不味い。何が不味いってアルサメナが凄い形相で私を睨んでる。


 何かの確信を持っているように感じる。


 暗号を渡す相手を間違えたことがバレたんだと、ほんの一瞬で理解した。


 いや、そうじゃなかったら彼が私をそんな目で見るはずがない。


「これは一体……いや、アリステラ……!お前は一体何が目的で僕の暗号をアトランタへ渡したんだっ!」


「それは……その」


「暗号……?もしかして栞に書かれたものでしょうか?」


「そうだ!僕は君宛の暗号を、そこの騎士に運ばせたはずだったのに、受け取っていたのはアトランタだった!」


「あれは……アルサメナ様の……?じゃあ、どうして……?騎士様?どうしてですか?」


 ベルミダからも責められるような目を向けられる。


「それに、この状況!どう言うことなのか、説明してもらおう!」


 正直な話、私にもよく分からないのだけれど、彼が王族として復帰している今、下手な事をすれば碌な未来は待っていない。


「……言葉で説明するには、あまりにも煩雑。どうでしょうか、私と決闘をしませんか?貴方が勝てば婿の立場はお譲りいたします」


「……そうか、やはり君はそう言う奴だったんだな……!良いだろう決闘だ……!」


 そう言う奴って、どう言う奴よ……まあいい、適当にやって負ければ万事解決──


「お待ちください!アルサメナ様!奴は凄腕の剣士、私ですら叶わない相手に……!」


 アルサメナの背後にいたルヴィが止めようとする。


「……例え、叶わないと分かっていたとしても、男には引けない時というものがある……わかってくれ。愛する者の為に命を捨てなければならない時が来た、──ここで逃げる事は出来ない!さあ!アリステラ!剣を取れ!」


「アルサメナ……様……」


 ベルミダは目を震わせている。


 ……ルヴィが見てる以上、手を抜いたらバレるか……しかもタダじゃ済まない雰囲気。


「そこまで言われては、手を抜くこともできませんね!さ、存分に剣で語ると致しましょう!」


──仕方ない、命懸けで"お稽古"と行きますか……!

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