第35話

 広場に立つ私とアルサメナ。

 お互いの距離は数歩の間でしかない。


 結婚式に参列した人々は遠巻きに、固唾を飲んで見守る。


 乾いた風が砂を運んで鼻を掠めていく。


 視界の端に、ベルミダの苦しげな表情が見えた。


「さあ、剣で語ってもらおうか!」


「あまり多くを語るつもりはありません。一撃で決着を付けましょう」


「舐められたものだな」


「いいえ、これがたったひとつの冴えたやり方というものです」


 アルサメナとは、手合わせしたことがある。


 他の方法は思いつかない。


 剣を上段に構える。


 改めて決闘相手としてみるアルサメナはあまりに屈強で強大に見える。


 その暴力的な斥力が齎す剛剣の前には、生半可な技術なんて意味はないだろう。


 私の細腕では、剣を逸らすための力があまりにも足りない。


 所詮小手先の技術と曲芸に過ぎないのだから。


 そして、そもそもこの決闘は負ける為のもの。


 数合ならば誤魔化しが効くだろうけど、そう長い間本気で戦うフリは出来ない。


 まず間違いなくルヴィにバレる。


 だからこそ、態々一撃で決めると宣言する。


 あらかじめ、アルサメナにどうやって攻撃するのかを知らせる。


 全力の一撃を演出して敗北!完璧な流れ!


「いざ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇

 


「はぁぁぁぁぁぁ!」


 集中する。時間が減速していく。

 思考が世界の速度を凌駕する。


 踏み込み、担ぎ上げた剣を振り下ろす。


 無駄な動きはない、手加減もしない。


 王族なら、私の剣程度受け止めて貰わなければ──!


「流石に早いっ!だが!」


 私の剣に合わせて振り上げるアルサメナ。


 そう!真っ直ぐ来るだけなんだから、弾くか、上手に擦り上げて!


 お願いだから!本当に!


「おぉぉぉぉぉぉ!!」


 ──けれど。


 ああもう!


 振り上げる動きに無駄が多い!


 上体を横に逸らして直撃は避けるつもりらしいけど、それじゃ重心で次の動きが簡単にわかる……


 剣の先端は地面に掠めてるし……


 これじゃ、私の振りに間に合う訳が……


 どうしよう、私にはもう、これ以上簡単にする事は──


「負けないで──!」


 ベルミダの声がした。


「っ──」


 誰が、とは言っていないけれど。


「ああ!」


 それでも彼には十分伝わったらしい。


 でもごめんなさい、アルサメナ、そしてベルミダ、私の剣はもう止める事が出来そうに……


「おおおぉぉぉぉぉぉ!」


「ッ──!」


 ──振り抜かれた剣は、無機質で硬質な音を立てる。


 それは決着を知らせる音。



 私の剣は空を舞った。


 信じ難い事に、振り下ろす直前に弾き飛ばしたらしい。


 私には何が起きたのか、よく分からなかった。


 目の前でアルサメナの剣が"弾かれた"ように一瞬で跳ね上がり、私の剣を打ったのだ。


 視界の片隅に落ちる剣が、再び音を鳴らし、時間が止まったように静まった広場を、観衆の声で満たす。


「僕……いや、俺の勝ちだ。アリステラ」


 喉元に向けられた剣。


「……!」


 私には言葉もなかった。


 侮っていたわけじゃなく、純粋に剣では私の方が上だと思っていた。


 少なくとも、私がこの王宮を去る2年前まではそうだった。


「……参りました」


 私は改めなければいけないかもしれない。


 私が誘導した結果、心優しい青年に、悪く言えば気弱な青年になってしまった彼は……自分の力でその戒めを解いた。


 そこにあったのは、次代の王の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る