第36話

 望み通り、決闘に私は負けた。


 アルサメナとベルミダが結ばれる。

 これで、ナローシュへの復讐は達成された。


 なのに、私はそれほど気分が晴れなかった。


 決闘のすぐ後、私は人々に囲まれるアルサメナを視界の隅に収めながら、広場から去ろうとしていた。


「騎士様……どちらへ?」


 私に気がついたベルミダに引き止められる。


「良いのですベルミダ様。私はここを去ります、もう大丈夫でしょう。アルサメナ様も、貴女も……それにナローシュ様もこれで余計な事を……いや……或いはもう救いようがない」


 今まで、彼の王座を簒奪しようとする相手はいなかった。


 簒奪が繰り返されてきたが故に、王になるよりか、王を暗愚なままに操って、利益だけを得た方が余程得だからだ。


 そして、弟のアルサメナが弱気なままで、王の器がないと思われていれば、誰かが彼を立てることもなかっただろう。


 けれど、戦に負け続ければ話は別。


 利益が見込めなければ暗愚な王にもこの国にも用はなくなる。


 商人達はいずれ手の平を返す。


 その時こそ、一人の男になったアルサメナを祭り上げて、ナローシュを殺させるんだろう。


「……騎士様、その胸に親切で慈悲深い心をいだいているのなら、私の願いを聞いてください」


「お願いではなく、命令するのが当然です。 私は所詮ただの騎士に過ぎず、……恐らく貴女は王妃となるのでしょうから」


「……それは……いえ、貴方には感謝しても仕切れません。それで、一体どうして私を助けようと思ったのか、本当の事を教えて頂きたいのです、何度も心の内に燃える炎の為とおっしゃっていましたが、どうやら私が思っていたものとは、違うような気がしてなりません……その炎とは一体何だったのですか?」


「……復讐」


「!では貴方は」


「──の、つもりだったのですが、私はそれには値しません。ですから大人しくここを去ろうと思うのです」


 ナローシュがどうしようもないままなのも、アルサメナやベルミダが苦しんだのも、そして、ルヴィ、その家族を国外に追い出したのも。


 全てではないにしても、私の罪はあまりに重い。そんな私にナローシュを断罪できる理由があるだろうか。


 きっと彼が、アルサメナが正しく裁いてくれるはず。


 正当性があるのは彼なのだから。


「……よろしいのでしょうか?もししなければならないとお思いだったのなら……」


「なら、あなたにお願いします。この私の手紙を王に渡すことを」


 万が一、殺された場合の為に書いておいた手紙を渡す。


「急いで送り届けましょう」


「……それでは……お幸せに」


 何故気分が晴れないのか分かっている。


 私自身が私の苦しみの原因なんだ。


 馬鹿馬鹿しい事に。

 まだ、あの裏切り者を愛しているのだろう。


「騎士様!」


 私は逃げるようにその場を離れた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 本来の在るべき形に戻った二人は、漸く結ばれることになった。


 ダリオン将軍の前に立つベルミダとアルサメナ。


「ベルミダ、同意してくれるか?」


「ええ、お父様、アルサメナ様」


 二人を見て頷くダリオン将軍。


「さあ、手を結ばれよ」


 互いに手を取り合う二人。


「さぁ、この大いなる栄誉の喜びに報いるため、私は一足先に王へ報告して参りましょう、暫くして落ち着いたらアルサメナ様達もおいで下さい」


「そうしよう」


「あの、お父様。この手紙を王へ届けていただけますか?」


「ああ、わかった、それではまた後ほど」


 彼らはまさか、ナローシュがこの結婚を望んでいないとも知らず、幸せを噛み締めていた。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇



「ダリオン!よく来た、余はもう準備が出来ている」


 報告に来たダリオンを無邪気にナローシュは歓迎した。


「無敵なる陛下、 敬礼いたします」


「さて、おまえは誰だと思う? おまえに言った王族の花婿とは」


「光栄の極みです」


「美しきベルミダは満足しておるかな?」


「これ以上の望みはないと」


「彼女は来ないのか?どこにいる?」


「ええもちろん、花婿と一緒に」


「おお、そうか。花婿と一緒に……ん?今何と言った!?」


「花婿と一緒にいます、陛下」


「は、花婿とは誰だ!?」


「あなたが命じられたとおり……」


「俺が!?命じた!?何を?」


「陛下と等しく、王族の血をひき、私の営舎へ来た者に……」


「で、結婚させたと!?」


「させました」


「この役立たずが!!何を間違えている!」


「わが王……!?」


「お前は俺の心を裏切った!にもかかわらず"我が王"など!」


「そ、それは……その、そうだ、この手紙を……」


 誤魔化すようにベルミダから預かった手紙を差し出すダリオン。


「なんだこれは、ベルミダが?顔すら見せたくないと見える!」


「……な、なんと、恐れ多い……!」


「読め!」


 手紙をダリオンに突き返すナローシュ。


「なんとある?」


「"最低に恩知らずな恋人へ!"」


「なんだと!恩知らずだと?なんとも大胆な女だ」


「"私はあなたのものとなるために来ましたが"……」


「で、他の奴と結婚するのか?」


「"あなたは私を侮辱していると知りました"」


「ああ、悪辣な書き付けだ!」


「"私は去ります!でも天はあなたの罪を罰するでしょう"」


「おまえを愛したという罪か!」


「"私は息絶えるまで泣くことでしょう。あなたのアイリスより"」


「……は?」


「……手紙はベルミダのものではないのですな」


 ナローシュは、怒って手紙を掴みとり署名を見る。


「あ、アイリス……!?一体どうやってこの事を……?いや、ダリオン、出て行け、お前も追放だ!役立たず! これほど怒ってうんざりさせられるなど──」



◆◇◆◇◆◇◆◇



「兄上、参りました」


 怒り狂うナローシュの前に、何も知らないアルサメナとベルミダが訪れる。


「っ!裏切り者ども!あえて俺の前に出てくるか?次は何を奪うつもりだ!王座か!」


「兄上?そのような事は──」


「お前達も俺を馬鹿にするんだろう!」


「どういうことです、陛下?」


「おまえは余からベルミダを奪った!」


「……兄上の命令だったのでは?」


「その通りです」


 ナローシュの怒りの前に、キョトンとする二人。


「厚かましい言い訳を!愚弟よ!この剣で、この非道者の胸を貫け!」


 ナローシュは剣をアルサメナの足元へ転がす。


「……花嫁を切れ……と?」


「そうだ、それ以外に聞こえるか?それとも王の命令が聞けないか?」


「……そうか、そう言う事か、最初から俺たちを苦しめる為だけに、こんな事を命令したのか……もはや兄とは呼ぶまい!この剣はお前の血を吸うべきだ!」


「なるほど、やはり花嫁の次は王座か!結局、それだ!勝手に持ち上げて期待した挙句、俺を貶める!信用した者も悉く裏切る!欲望に塗れた者どもめ!」


「黙れこの暗君が──!」


「痴れ者め──!」


 剣が交差する寸前、割り込んだ影が剣を止める。


「──止まりなさい」

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