第5話

 "すぐ戻れるように"離れるフリをして、物陰に隠れた。


 すれ違ったのは大人しそうな女の子で、髪は薄桃色がかった金髪だった。


……この宮殿にいるということは、多分後宮の子なんでしょうけど。


 知らない間に、また後宮の人数を増やして……今更その程度で怒りはしないけど、あまりいい気分はしない。


「なあ、いいだろう?」


「いいえ……ご了承下さい……」


 しかし、何やら不穏な空気。


 体調が優れないなら流石に、王からの誘いでも断る事は問題ない筈だけど……


「なんだと、俺の言葉に逆らうのか?」


 ああ、ダメだわ、こりゃ。止めよう。


「陛下、おやめください。拒否するという事は理由があるのでしょう、陛下もご存知の筈では?」


「……俺に口答えするつもりか?おい、誰ぞ!こいつを牢へ連れて行け!」


 兵士達が集まってくる。


 うわぁ、すっかりご立派になられた事で……


「ならば、私はここで死にます!その意味を問うまでもなくお分かりでしょう!」


 剣を抜いて、私の喉へ突き立てる。


 私がここで死んだと分かれば、同盟関係もお終いだ。


 そうでなくても、一応、形上は私の国からの"好意"でここにいる事になっているのだから、幽閉も殺害もできやしないはず。


「くそ、なんでどいつも、こいつも思い通りにならないんだ!おい、おまえら、娘ともども、適当に"分からせて"おけ、俺は寝る!」


 ちょっと酷すぎる……これはお灸を据えてやらないと。


「……は!」


「くれぐれも殺すな!」


 兵士達の一瞬の間が空いた返事を聞くと、ナローシュは、ふて寝しに去っていった。


 見送った兵達は、私に向けて剣を構える。


 彼らは何故か、最初から私を囲ったりはしていない。


 武人としての誠実か、それとも普段、横並びで進軍する戦列歩兵の性なのか分からないけど、こちらとしては助かる。

 

「さて……こんな事で怪我をするのも、お互い損じゃありませんか?」


 私も剣を抜いて、応戦の構えを取る。


「いやいや、美少年君。我々、"不死隊"に一万人もいれば、中には陛下の取り立てられた"新人"にキチンと"ご挨拶"しないと気が済まない者もいてな。我々も多忙であるし……もしも納得しうる"理由"があれば、後に回しても構わないのだ。例えば──財布の落し物があって至急、届けなければならない、だとか」


 金を出せば見逃す、かな。舐められたものだ。


 ……それにしても何が"不死隊"ですか。


 いくら一昔前に、他国を脅かしたとは言っても、最近は負け続きでしょうが。


 人数で威圧するだけの連中が図に乗って、揺すりとは。


 ナローシュ様の守護を任されておきながら、何という体たらく、これは許しがたい。


「落とし物の受け渡しなぞ、小間使いの仕事を、貴兄らに任せるわけにも参りますまい。ならば私がその、財布とやらを届けて差し上げてもよろしいのですが、持ち主はどちらに?酒場か、水茶屋か、いや或いは──娼館であるかもしれませんが」


 どうせ使い途はそれしかないでしょう?


「貴様──」


 男は俄かに怒りを顔に浮かべた。


「もし、そちらのお嬢さんのように"体調が優れない"のでしたら、誘いを断るのも、また赦された行為ではありますが──いかが致しますか?」


 どうせ私を殺す事は出来ないし、こんな兵士を一人二人斬ったところで、彼らの言う通り、一万人もいるんだから、幾らでも補充はできる……いや、流石に殺すつもりはないけど。


「生意気な小僧が──」


 激昂した隊長格の男が、大振りで切り込んでくる。


「……参りましたね」


 本当に。


 ──本当に自分達が"分からせる側"だと思ってるなんて。

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