男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐しますね。

銀杏鹿

第一幕

第1話

「今日から、僕が君の婚約者だ。よろしくアイリス」


 サラサラとした金色の髪と同じく金色の瞳。自信に満ちた表情の少年は、そう言って私に手を差し伸べてきた。


「は、はい……」


 背の高い彼は、私の手を取って跪き、目線を合わせてきた。


 私は、いきなり愛称で呼ばれた事に驚いてしまっていた。


「あの、その私はアリストイーリスと言うのですが……」


 気恥ずかしさで、見つめ合っていられず、思わず俯いてしまう。


「呼びにくいだろ?"最高のアリスト虹の女神イーリス"なんて仰々しく飾り立てなくても、君は十分に美しいアイリスだよ。ああ、そうだ。君これを」


 そう言って彼は、戸惑う私の髪に、紫色の花……アイリスの花弁をあしらった髪飾りをつけた。


「この花の言葉は、"希望"、そして、"恋のメッセージ"、だ。会うのを楽しみにしていたよ」


 王宮の外へ出たことのなかった私には、初めて触れ合う同年代の子供で、同年代の異性だった。


「ほら、下ばかり向いていないで、君の可愛い顔を僕によく見せてくれ」


 頬に触れる彼の手は子供らしく、私の体温とそう変わらない。


 なのに、私の顔はとても熱くなってしまっていた。


「君の黒髪に、よく似合ってるよ」


「あ、ありがとう……ございます」


「僕の名前はアハシュ・ナローシュ。ナローシュって呼んでくれ」


 何故かは分からない、彼の美少年のような見た目が良かったのか、今思えば、正直何とも言えないような台詞が良かったのか、まあともかく。


「はい……ナローシュ様」


 初心で幼く、異性を知らないこの頃の私は、この婚約者を名乗る、初対面の少年に恋してしまったのだ。


 カッコいいとさえ、思ってしまっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 彼は幼い頃から聡明で、色んな言葉を知っていた。


 読み書きも計算も、私が勉強し始める頃には全て難なくこなし、時々、思いついたように不思議な道具を発明しては、人々を驚かせ、神童と言われていた。


 彼は人々に期待されていた。


 私も彼を誇りに思っていた。


 誰もが彼が帝国を引き継いで、偉大な王になるのだと思っていた。



 でも、そうはならなかった。


 十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人。


 まさしく諺の通りになってしまったのだ。


 多分、誰もが彼の事を褒め過ぎたのかもしれないし、彼なら大丈夫だろうと、放任したからかもしれない。


「あ~アイリス、俺なんのやる気も起きないー」


 私の膝に縋り付いている酔っ払い、小太りの青年が今の彼だった。


「ナローシュ様、いい加減働いてください!」


「怒んなよー、何しても先王には敵わないんだからさぁー、もういいじゃないかぁ、というかしたじゃん、仕事、もう頑張ったじゃんかぁ」


 期待されながら挫折した彼は、すっかりダメ人間になってしまった。


「無駄に大きい建造物ばかり建てさせても、使い道を考えてなかったら、話にならないですよ」


 政治はまるでダメ、戦争も連敗、やる事と言えば、公共事業と称して莫大な費用を投じての大規模建築ばかり。


 たまたま、その浪費で国内にお金を流しているから暗殺されてないだけに過ぎない。


 この国の歴史を考えれば、いつ野心ある配下に殺されてしまうか分からないというのに。


「俺の威光を知らしめるんだよ……俺は王様だし、しかも王の中の王じゃん。大王だよ大王。俺は凄いんだ、神童だったんだぞ!」


「ご自分でそれが既に過去形だと言ってること、気がついていますか?」


「はぁー、アイリスはすぐ怒るし、優しくしてくれないし、いいよ俺、優しくしてくれる人達の方に行ってくるからな!」


 そう言って後宮の方へ逃げて行った。


「誰の為を思って言っていると……!」


 今や、帝国は先王の遺産を食い潰して、成立しているだけだった。


 彼はカッコ悪くなった。


 まあそれでも、どんな姿になっても。


 私は彼を愛していたのに。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「アイリス。大事な話がある」


「はぁ、なんでしょうか?」


 ある日、彼はこう切り出した。


「このままでは……俺の為にならない。功績を上げるまで、一旦別々に暮らそう」


 彼は何故か王の位についても、私と結婚する事はなかった。


「後宮に出入りしていたら変わりませんよ」


「勿論、行かない、俺は覚悟を決めた」


 私は、なんとも言えない、よく分からない気持ちで泣きそうになった。


 それでも、やっと彼は昔のように再起したのだと思った。


「私が離れても大丈夫なのですか?」


「……アイリス。俺の言葉が聞けないのか?」


 かつての面影など、もう殆ど無くなっていたけれど。


「……わかりました」


 私は信じて離れる事にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから二年もして、やっと勝利の報告が届いた。


 彼からではなかったけど。


 ようやく、彼の元へ戻る事ができる──そう思って浮かれていた私は、とんでもない間抜けだった。

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