第3話

 月の冷たい光を浴びた王宮の回廊は風もなく、昼の暑さが嘘のようにひっそりと静まり返って、空気は乾き、肌寒い。

 

 王宮に入る許可は手に入れたし、別に明日を待つ理由もない。


 早く驚かせてあげよう。


 そう思って夜の王宮を捜し歩いていると、回廊の陰に彼はいた。


 何やら一人で思案しているらしい。


 普通に声をかければ良いのに、いざ顔を合わせるとなると緊張して、物陰に隠れてしまった。


 ……いや私、ここまで来て何してるんだろ。


「久し振りに勝ったんだ、きっとあの子も喜んでくれるだろう」


 私のことかな。


 久しぶりにまともに働いたんだから、まあ、褒めてあげなくもないけど。


「あぁ、早く会いたい、会えたらすぐにでも抱きしめるというのに」


 ……仕方のない人だ。これでもう少し痩せてくれたら最善なのだけれど。


「……だが、アイリスには、この結婚のことをなんて言ったらいいんだろうな?」


 ……やっと、私と身を固める気になったか、本当に優柔不断な人だ。


 今はダメな人だけど……まあ、王様だし、権力もお金もある。痩せたらイケメンだし、昔はカッコよかったし……やれば出来る人だし……


「あの癇癪持ちのアイリスに……」


 ……うん?なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような?


「あの子は王家の血筋じゃないけど、まあ、俺の偉大なる権力なら皆認めざるを得ないよな……うん」


 うん……?え……王族じゃないって?


 誰の話?私は王族なんだけど。


「あぁ、早く結ばれたいものだ。あの娘と」


 ……その相手、もしかして私じゃない?


 え、誰なの!?


「嘘だ!」


 ──思わず口から出てしまった。


「誰だ!?」


 あっさり見つかってしまう。


 しまった……!これじゃ、癇癪持ちって言われても仕方ない……いや、そんなことより誤魔化さないと……!


「た、旅の者です、陛下」


「何を嘘と言った!」


 太った彼が迫ってくる。


「わ、私のつれの者が、そいつは次の戦で、陛下が架けようとしている橋が風で壊されるなどと申しておりまして、 それには賛成できなくて 「嘘だ」と」


 私は顔を隠しながら、陰に隠れつつなんとか言葉を紡ぐ。我ながら、よく口が回るものだ。


「目障りだ、消えろ!」


 その言葉が全てだった。


 彼にとって私はただ、目障りでしかないのだ。


 どれほど落ちぶれても、尽くしてきたと言うのに。


 湧き出るような怒りを堪えて、その場を後にした。


 ただ一つ、胸に決めた。


 その結婚だけはさせない。


──絶対に邪魔してやる、私を捨てた事を後悔させてやるのだと。

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