第28話

「今日、この世の全てが滅びないものかしら」


 窓から外を眺めるベルミダは、その高い場所から目に映るものが全て、どうでもいいような顔をしていた。


「……悲観しないでください……まだ分からないではありませんか……」


「自らの生きる道を選べないように、私は悲しみにくれることすら、許されないの?」


 皮肉ったような笑みだった。


 それは、アルサメナが浮かべていた冷笑によく似ていた。


「最後まで話を聞くべきでしたよ……?そうすれば、きちんと証拠が……」


「必要ないわ!あの人はアトランタを愛しているのだと言っていました!これが何よりの証拠です……私を裏切っていたという何よりの……!」


 相変わらず聞く耳を傾けてくれない。


 この人は相当思い込みが激しいんだろう。


「……ねえ、騎士様。貴方、私の味方なのでしょう?」


「勿論、それが私の役割ですから」


「では、その剣で私を貫いて頂けませんこと?」


 さも、当たり前のことを頼むように、他愛ない用事を済ませるように、剣を指差して言う。


 普段の、楽しげで軽やかな言葉の響きを作り上げて、まるで何ともないように。


「致しかねます、私の剣はその命を守る為にあるのであって、その身を貫く為にあるわけではありません」


「……私の頼みが聞けないの?」


 縋るように聞くその目は、嘘偽りの無く、一点の曇りなく濁った目だった。


 このまま断れば、私が手を下すまでもなく、今すぐ窓から飛び降りかねない。


 ……もし、ナローシュの結婚を邪魔するだけなら、その方が手っ取り早く、そして彼の心に残酷な一撃を与えることができる。


 なんて、悪辣な思考がよぎった。


 でも、この問題は私の所為で起きた問題なんだ。要因がなんであれ。


 それに、そんな手に頼らないといけないほど、落ちぶれたつもりはないし。


 剣はどんな時だって最終手段。


「……わかりました、ですが私にも貴女にも、心の準備が必要でしょう」


「……ありがとう……でも、私には必要ないわ。さあ、私は逃げも隠れもしません。お好きな時に……」


「良いのですね?私が決めてしまって」


「ええ、こんな事を頼むんですもの、それくらいは」


 言質はとった。


「……では──」


「っ──」


 ベルミダは目を閉じる。その顔からは、本当に何もかも諦めてしまったような達観は、感じられなかった。


「──もし私が手を尽くした上で、まだ剣が必要というのなら、その時こそ、お望みどおりに振るうと致しましょう」


「──え?」


「そして、その時は我が命もまた尽きるでしょう」


 多分、そんなことしたら、ナローシュに殺されるし。


 だから絶対にそんなことにはさせない。


「どうして……?」


「全て、私の為です」


 こうなってしまった責任は取らないといけない。


 今度こそ、ナローシュに復讐しつつ、この二人を上手いことくっつけるんだ。


 私の失態がバレないように、誰も苦しまないように。

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