第32話

「わが王に従いましょう」


 私達は最悪のタイミングで、扉の向こうの、その会話を聞いてしまった。


 部屋を意気揚々と出て行くナローシュから隠れ、アルサメナの顔を見る。


「アリステラ君、どうやら……僕の再起は何の意味もなかったらしい」


 再び活力を失った目を見てしまった。


 その姿に、私は言葉を掛ける言葉もなかった。


 経緯は分からないけれど、ベルミダはナローシュとの結婚を了承したらしい。


「……わが王に従いましょう、か……!そうか、そうだな、ああ……!」


「あ、アルサメナ様!」


 私の制止を振り切って部屋に押し入る。


「なんと清らかな愛に、すばらしき貞節だ!それに比べれば僕の感情など塵ほどでもないだろうな……!」


 強い口調で、憤りを吐き出すアルサメナ。


「……聞いたのですか?」


 突然の来訪に驚いているベルミダが、聞き返す。


「ああ、聞いたさ!」


「貴方は何が不満なのですか?一度は了承したのでしょう?」


「何の話だ!それはこっちの台詞だ!」


「もういいわ!貴方と話す事何て何一つありません!」


「何一つ!?何故だ!どうしてこんな!」


「やめて!出て行って!さあ、誰かさんは約束通りに私を殺す手助けをしてくれるでしょう!」


「そんなに……僕が嫌いか?」


「そんな事はありません!でも、さようなら。あなたとは、さようなら……なんです……」


「そうか!離れよう!きっと、それだけが人生なんだろう、僕は無慈悲な運命が導くところへ行くとするよ!君はどこへ」


「どこにも行きませんわ、命を失えば動く事もなくなるのですから」


「……未来は約束されていると言われたのに」


「行ってください、さようなら、もうお会いすることはありません」


「くっ!」


 お互いに背を向け、アルサメナは走り去った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あぁ……」


「ベルミダ様!」


 残されたベルミダが崩れ落ちそうになるのを、受け止める。


「騎士様、まだ、希望があるように見えますか……?」


「何があったのですか?」


「王に脅されたのです。自分が暗殺されていない理由を考えてみろ、と。従わなければ殺されるという意味でしょう」


 暗殺されてない理由……?何だろう。


 少なくとも私がやってた事は知らないはずだし……いや、この際そんなのはどうでもいい。


「それで、ナローシュは何処に向かったのですか?」


「私は、父が了承するなら王の心に従うと言いました、すぐにでも了承させるつもりでしょうね。父が私の気持ちを理解していることを願うばかりですわ」


 仮に、ベルミダの父親が彼女の心を知っていたとして、ナローシュの言うことを断りきれるだろうか?


 それじゃあ、時間稼ぎ程度にしかならないんじゃ……?


「ベルミダ様、お父上の元へ参りましょう。いくら王の頼みとはいえ、直接、拒絶する娘の言葉を聞けば、快く受け入れることはできないでしょう」


「まだ、私を切らないのですか?」


「まだ諦めるような時間じゃあ、ありませんので」


「どうして、貴方はそこまでしてくれるのですか?」


「以前にも言ったでしょう、私の心の内に燃える炎の為に……です」


 もし、これで本当にどうにもならなくなっていた時こそ、その復讐の炎で、あの男を焼き尽くすとしましょう……!

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