第26話
王座の間でナローシュは、アルサメナや、ベルミダを呼び出す前に、最後の確認をしていた。
「アトランタ、弟はベルミダを愛しているんじゃなかったのか?この結婚は不幸な結果を産まないか?」
至極真っ当なことを聞くナローシュ、それが自分の行動に当てはまることには、全く気がついていない。
「いえいえ、彼は私との関係を、他に邪魔されない為に、姉を愛しているような事を言っていたのでしょう。でもそれで追放されていたら、たまったものではありませんわ。本当に姉を愛しているなら、追放された時にもっと乱暴な手を使ってもおかしくありません」
アトランタは別に嘘を付いているわけではなかった。
ただ思っていることを、そのまま言っただけだった。
「なるほど、確かにそうだな!」
そしてナローシュは何も考えていなかった。
「よし、ではアルサメナを呼び出すとしよう。弟に今回の件を伝えなくてはな」
「吉報を期待しておりますわ!王様!」
全て自分の都合の良く理解している二人は、お互いに誤解したまま、自分の最善の……他からすれば最悪の結果を導き出す。
◆◇◆◇◆◇◆◇
王の前へ連れてこられたアルサメナは、もはや生きた心地がしていなかった。
「アルサメナ、久しぶりだな」
鷹揚に構えているような兄の、その太った腹と、勝ち誇ったような表情を見て、かつての兄の姿はどこにも無いと悟る。
「あなたが兄であることを、今は忘れたい」
俯いたまま、ただ望みを吐いた。
捕まった以上、もはや生きる望みは絶たれていると感じていたからだ。
「何を怒っているんだ?」
「名君になると言われていた貴方が、こんな暴君になってしまった事も」
「そうか?俺はそうは思わないな。何故ならばお前を王族へ復帰させるからだ」
「そんなことを今更したところで……」
「そして、お前が思っているあの美しき女と結婚してもらいたい」
「……僕は、からかわれているのか?」
弟は兄の言葉が信じられなかった。
「おまえが誰に熱を上げているかは、わかっている。黙っていても無駄なことだ。全て彼女から聞いた」
「そのことを知っているのですか?」
「ああ、彼女も了承してくれている。あの娘を妻とするがよい」
「陛下!感謝致します!」
「そうも彼女を愛しているのか」
「わが魂よりも」
「なぜ最初に言ってくれなかったんだ。そうすれば、こんな簡単な話は無かったのに。俺たちは二人とも同じ日に幸福になるのだ、俺はベルミダの婿となり」
「今なんと?」
「だから、俺がベルミダの婿となって……」
「……では僕は誰と?」
「アトランタだろ?」
「そうやって僕を騙すのですか?」
「安心しろ、この件は絶対に嘘偽りはない」
誤解しかなかった。
「……僕はベルミダを愛しているのです」
「ああ、もうそんなふりはもうしなくていい。お前の邪魔をする者は誰一人としていないのだから」
冗談のようなことを真剣に言う兄の顔に、もはやこの人は、正気ではなく、何を言っても無駄なのだと思ったアルサメナは、口を噤んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
絶望したアルサメナが去った後、暫くしてベルミダとアイリスが王座の前にやってきた。
「来たか、ベルミダ、君に重要な連絡がある」
「なんでしょうか……?」
「俺は決めた、やはり人の意思は尊重しなくてはならないからな」
「それは……もしかして……」
ベルミダも、横で聞いていたアイリスも、ナローシュがついに、無理な結婚を諦めたのだと思った。
「ああ、そうだ。俺はお前らの望み通りにしようと思う。現に先ほど、アルサメナの追放処分を解き、ここへ連れて来た。奴もこの件は了承してくれたよ」
「……!で、では私の望み通り……」
ベルミダは自身の思いが叶ったのだと感じた。
「ああ、君と──」
「私と──」
「──やはり結婚するよ」
ナローシュは晴れ晴れした顔でそう言った。
「……へ?」
ベルミダは何を言われているのか、訳がわからなかった。
てっきり自分とアルサメナの関係を認めて、無理な求婚を辞めてくれるものだと思っていたからだ。
無論、隣で聞いていたアイリスも、何故そうなるのかさっぱり分からなかった。
まさか自分の渡した暗号が、ナローシュに渡ったことが原因だとは、知りようもない。
状況を理解しているつもりなのは、ナローシュだけだったが、都合よく理解している彼は一番何も分かっていない状態に等しかった。
「よし、連絡は以上だ。あぁ、あと本人の望み通りアトランタは弟と結婚させるからな」
「……本当にアルサメナ様が、それをお望みなのですか?」
「だから言っているだろう?奴もこの件は了承していると。さあ、話は終わりだ。俺は仕事がある」
「そ、そんな……アルサメナ様が……」
打ちひしがれるベルミダ。
アイリスは仕事なぞ殆どしていないクセに、と心の中で悪態をついていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ナローシュが二人に説明したのを、影から見ていたアトランタは、ひょっこり顔を出した。
「流石です!卓越した王様に敬服いたしますわ!」
「卓越……?言われた通りに言っただけだろう?それにしても、なんか皆、微妙に否定していたような気がするんだが……何か間違えたんじゃないか?」
ナローシュにも、一応は相手の様子から、不自然さを感じ取る程度の理性のカケラは残っていた。
「でも、全て陛下のお望みの通りになるのではありませんか?なら良いではありませんか!」
とにかく、今回の件を覆したくないアトランタは無理に言いくるめにかかる。
「……それはそうなんだが……まあいいか」
言い淀んだナローシュだったが、結局思考を放棄した。
ナローシュの理性のカケラも、それほど働き者ではなかったらしい。
「そうです!王様のお望みが叶い、私の望みが叶っていれば良いのです!お姉さまも、王妃になればいずれ、その選択が正解だったと気付くでしょう!」
「そうだな!そのうち気がつくだろう!」
底抜けに自分本位な二人は全く噛み合っていないのに、何も気が付かないまま、幸せな気分だった。
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