第24話

 落ち着いたような顔をしたアイリスは、結局、剣を握りしめたままで、王宮へ戻っていった。


 ルヴィはその様子を見ていることしかできなかった。


「彼女こそ本物の狂気の持ち主だ……たかが任務の失敗一つで、決死の覚悟をするなんて……おそるべしアリストイーリス、"隣国の癇癪玉"とは斯様に恐ろしい者なのか……」


 その目に宿る、狂気を思い出しながら小屋に戻ったルヴィ。


「ルヴィ?戻ったのか?アリステラは上手くやってくれたのかい?」


 その帰りを待っていたアルサメナは、朗報を期待していた。


「……ご主人様、 逃げましょう」


 しかし、従者はアルサメナの肩を掴んで、真剣な顔をしてそう言う。


 自分達は王宮から追放されている。


 そして、これからアイリスによる殺戮が始まる。


 国内の混乱は避けられない。


 もはやこの国に留まることは危険しかない、とルヴィは早合点していた。


「……ベルミダはなんて?」


 サァッと血が頭から引けていくのを感じたアルサメナは、震えそうになるのを抑えて、何とか言葉を紡いだ。


「あなたのベルミダは王様を愛していて、彼に手紙を書いていました。……私達の行動は遅過ぎた」


 俯く従者を見てアルサメナは呆然とした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……な、何か勘違いしてるんじゃないか?もっと詳しく話してくれよ」


 あまりに現実味が感じられなかった彼は、酷く狼狽したまま、聞き返してしまう。


 聞き間違いか、或いは白昼夢であったことを期待して。


「いま言ったとおりです、王様を愛していて手紙を書いていたと。 これ以外に私に何を言えと言うのですか……残酷な事実しかありませんよ……」


 俯く従者を再び見たアルサメナ。


「……嘘だ、そんな馬鹿な事が……アリステラはどうした?」


 暗号を渡したはずの密偵は戻っていない。


 うっかりしているルヴィなら、間違いかもしれない、そんなことは事実ではないと訂正してくれるかもしれない。


 そんな一縷の望みを託して尋ねる。


「……まったくのほんとをお話ししたのですよ、アリステラさんは、本来の主人の命令に従う為に、王宮へ剣を握りしめて戻って行きました。……王を殺して自決するおつもりでしょう。私達は早くこの国を出なくては……」


 しかし結果は同じだった。


「この国を……!?ここにはベルミダがいるんだぞ!?だからこそ未だこうやって隠れて……!!」


 取り乱すアルサメナは、目に涙を浮かべる。


「ご主人様!聞き分けてください!貴方様は運が悪かっただけなのです!偶々王族に生まれてしまい、偶々、将軍の娘に恋してしまっただけなのです!ただ、運が悪かった!町や村に生まれたのなら、きっと幸せに暮らせたことでしょう!」


 アルサメナを抑えたルヴィもまた、涙で目を濡らしていた。


「運が悪かった……?そんな……理不尽なことが……」


「そうです、理不尽ですが、貴方の幸せはここにはなかったのです、行きましょう。何処かへ落ち着いて、幸せを探すのです。そうでなくては……私達は報われない……王宮に関わったが故、全てを失った私達は……」


 さめざめと泣きながら言うルヴィ。


「……心が空っぽになってしまったよ、ルヴィ。僕はどうしたらいいんだ」


 虚空を見つめるアルサメナは、その空白を埋めるものを、その虚空に探した。


 けれど、彼の心に映るものは何もなかった。


「私達は逃げましょう、どこか遠くへ。誰も知らない場所へ、あの狂気と背徳の渦巻く王宮の手が届かないところへ」


「ああ、そうしよう。どこかへ消えてしまいたい気分だ……付いてきてくれるか?」


「ええ、ご主人様のお望みならば、そこが地獄であろうが何処へでも参りましょう。ですが生きる望みを絶ってはいけません」


 すぐにでも心中しようと言いかねないアルサメナの、もしくは既に心中しようと言っていたのかもしれない彼の言葉を聞いたルヴィは、言い聞かせるように、肯定と共に付け加えた。


「僕はまだこの世に希望が残っているなんて楽観はできない……ああ、誰か、人を裏切る者達を厳しく罰してはくれないのか……?」


「その刃は既に振るわれるのが決まっています、ですが、私達の物ではありません」


 アイリスが王を殺しに行ったと思っていたルヴィは、そう自身の主人に言って、安心させようとした。


「僕は無力だな……兄を止めることも出来ず、救う事も出来ず、そして殺されると分かっていて、止める事も出来ないのか。そして、愛する人に裏切られ、その相手が兄だ。……もう何もしたくない……」


 しかし、絶望に打ちひしがれるアルサメナには、自分を責める材料が増えたことにしかならなかった。


「……次の王座を狙う野心家にとっては、本来の正当継承者たるご主人様は邪魔な存在です、こんなところで絶望していては、じきにここへ刺客が──」


 そう口にした瞬間、扉が力強く開け放たれた。


「なっ──」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る