第21話

 混乱したナローシュが、兵に命じて呼び出すと、ベルミダは内心慌てながら部屋まで来ることになった。


「ナローシュ様、参りました……どのようなご用件でしょうか……?」


 ベルミダは、あの暗号の贈り主がバレてしまったのではないかと、戦々恐々としていた。


 入った部屋の中には何故か妹がいて、頬を染めていた。


 アトランタは自分の将来を妄想して浮かれているだけだった。


 妹の様子が多少おかしいのは、何時ものことなので、今更ベルミダは気にも留めなかった。


「お前はこれを、俺宛のものだと言っていたな」


「え、ええ」


 ぎくりと、して心臓が跳ねる音が彼女の耳に響く。


 部屋の中に鳴っていやしないかと、ありもしない心配をする程に、ベルミダは焦燥を感じていた。


 視界の端にいるアトランタが、何故か此方を見つめていた。


 アトランタは、姉に勝ち誇った顔を向けているつもりだったが、他から見ると惚けたような顔をしているようにしか見えなかった。


「だが、これは妹のアトランタが自分のものだと言っているのだ、どういう意味か分かるか?」


「え……」


 ベルミダの脳裏に衝撃が走った。


 そして、妹の顔をみる。


 顔を真っ赤に染めて、微笑むその顔を。


 そして判断する。


 多分この子は。



 ──私の事が好きなんだ、と。


 ベルミダの頭の中も、今はお花畑だった。


 主に例の騎士に熱中していた所為である。


 また、ベルミダは、知り合いの殆どの男性に好かれているので、自分は自然と愛され、恋されるものなのだと思っている。


 なので、それが妹であろうと女性だろうと、別に不思議に思わない。


 女性ばかりの後宮では、全くない話でも無いからだ。


 しかし、既に身分に心配のない立場ならまだしも、自分達の身分では立場上、危うい事この上ない。


 あり得ない話でもないとはいえ、公然と許された事ではないし、宗教上問題があるからだ。


「……それは、私のものであり、妹のものです、いえ、ですが、ナローシュ様は心配なさらないでください、姉妹の問題ですから」


「お姉さま……?」


「大丈夫よ、アトランタ。(私が好きだという) 貴女の気持ちは私が守るわ」


「え……?よろしいんですの?私が (アルサメナ様を)好きでも?」


「私達は姉妹よ、それくらい (姉の事が好きな同性愛者ということ)が受け入れられないほど、器は小さくないつもりよ」


「お、お姉さま……!私の為に(好きな人を諦めて王に嫁ぐなんて)……!」


 思わず抱きつくアトランタ。


「いいのよ……素直になっても」


 すぐに抱きついてきたアトランタに、やはりこの子は私の事が好きなんだ、と思い込む。


「……つまりどういう事なんだ……?」


「どういうこともなにも、私はアトランタの味方です、という話です。これ以上お話する事はありません。行きましょう、アトランタ」


「あ、いえ、お姉さま。私はもう少しお話する事がありますので」


「大丈夫ですか?(同性愛がバレてしまって)」


「問題ありませんの、お姉さまが味方というのを、今ここで見ていただけましたし」


「では、失礼のないように。それでは、失礼致します、ナローシュ様」


 そうして今日の謎と問題を、すっかり解決した気分になったベルミダは部屋を出て行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「これで全て、明らかになりましたわ、お姉さまはやはり、王妃になるつもりですの」


「そういう話だったのか……いや、そうか、分かったぞ」


 未だ、ナローシュは混乱していたが、ついに結論に達した。


 この恋文が、二人のもので。


 姉妹の問題ということは。


 恐らく。


 ──二人とも自分を好きなのだと。


 今更言うまでもなく、ナローシュの頭の中はお花畑だった。いや、お花畑が脳味噌の形をしていた。


「ええ、私が好きである気持ちを認めると言ってましたし、それはお聞きになりましたよね?」


「ああ、そうだな、(俺の事を)お前が好きでも問題ないと言ったんだよな。だがどうする?こうなるとお前も王家として迎えることになるが……」


 王妃二人は問題があるのではないか、と考えたナローシュは、アトランタを後宮へ迎えるべきか思案するが、


「ええ、ですが、その為にはアルサメナ様を王家として復帰させて頂かなくては」


 間髪入れず発言したアトランタに、その選択肢は霧散させられた。


「……どういう事だ?お前は王妃になりたくないのか?」


 先程まで、そのつもりのような事を聞かされていたのに、急に弟の名前が現れて、不機嫌になりかけるナローシュ。


 その顔色にまるで気がつかないアトランタは、自分の好きなように発言した。


「王妃には、姉こそが相応しいかと存じます!そして、私は王家でもアルサメナ様と結婚しますの!王妃は二人といりませんよね?そうすれば、万事上手く行きますわ!」


 あなたと結婚したいんじゃなくて、アルサメナと結婚したいのです、というだけの意味だった。


 しかし、それを聞いたナローシュは、なるほど、と思った。


 どうやら、唯一の肉親を追い出して後悔していた事を、この娘は知っていたらしいと。


 しかも彼女の言う通りすれば、後宮を増やす事なく、また喧嘩別れしたアルサメナを王家に戻し、かつ全ての結婚を円満に解決する事が出来るような気がしたからだ。


「そうか、姉思いなんだな。良いだろう、ベルミダを俺の妻として迎え、アルサメナを王家に戻し、お前と結婚させよう、それでいいな?」


「ええ!感謝しますわ王様!」


 さらに姉の為に立場を譲るという選択に聞こえた為、ナローシュはこの娘の献身ぶりを心の中で素直に賞賛していた。

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