第8話 性癖大戦争《フェチズム・クリーク》

「なんか色々驚きすぎてどうリアクションしていいか分からないわ……」

 俺が美術部を追い出された理由を追い出した本人である永瀬ながせ先輩から全て聞いた文也ふみやは頭を抱えて悩んでいた。

「ん?何がだ?なにか私の説明で分からないところでもあったか?」

 そしてその文也の様子を見て困惑する悩みの原因である永瀬先輩。


 すると文也は何やら覚悟を決めたような目付きになり、永瀬先輩と向き合った。

 それに反応して先輩も真剣な顔付きになり、文也に向き合った。

 そして文也はそのまま重い口を開く。


「いや、あのさ……。璃乃りのちゃん変わりすぎじゃない……?小さい頃一緒に遊んでた時とか、全然こんなんじゃなくて大人しかったじゃん!なんか時々筋肉に対する執着度がヤバいくらいの、絵が上手くて大人しい可愛い女の子だったじゃん!この数年で何があったの!?」

 初めはゆっくりと穏やかな口調で話す文也だったが、段々と事態を把握してきたからなのか驚きの感情が表に出てきていた。


 話を聞く限り、文也と永瀬先輩は俺と愛咲ありさのように小さい頃から付き合いのある幼馴染らしい。

 ただし、どうやらここ最近は付き合いはなかったようだが。


 文也の話を聞き終えた永瀬先輩は落ち着いた口調、それでいてやはり説明的な口調で、文也に話す。

「人生は諸行無常だって言うでしょ。時と共に人は変わっていくものよ。その変化がちょっと大きかっただけじゃない」


「変わりすぎてびっくりだよ!」

 文也からの口調からは驚きの他に苛立いらだちの感情もやや見え隠れしたのが少し気になった。


 もしやと思った俺は、先輩本人には聞こえないようにこっそりと文也に確認することにした。

「……なぁ、文也。もしかしてだけどさ、永瀬先輩のこと」

 その答えはと言うと……


「俊の考えてる通りだよ。……璃乃ちゃんは俺の初恋の子だよ。本人には絶対言うなよ?」


 ビンゴであった。そりゃ確かに苛立ちを覚えるであろう。

 文也の気持ちを理解した俺は

「あぁ、分かってるって」

 そう言って、文也の元から離れた。


 すると、文也から言いたいことを言われていた永瀬先輩にも溜めていたものがあったのだろう

「というか、私だってびっくりよ。文也が、学校の一部の人に太もも魔人って呼ばれてることに」

 そう、言って文也に反撃をしてきた。


 のだが、文也にとってはむしろ着火剤にしかなっておらず、

「太ももは女性の神秘の象徴。瑠璃ちゃんが筋肉を人生における価値そのものと言うのなら、俺はそれに真っ向から打ち向かうのみ!」

 見事なまでに闘志むき出しで永瀬先輩を睨みつけていた。口調までおかしくなってしまう始末。


 俺には到底恐ろしくて先輩を睨みつけるなんてことは出来ない。幼馴染だからこそできる芸当だろう。

 が、当然、永瀬先輩が年下の幼馴染に闘志むき出しで睨みつけられた程度で引き下がるような人なわけが無く、

「太ももにしか目を向けてないなんて文也も松木と一緒で、まだまだね。努力したからこそ得たものこそが魅力的なのよ。筋肉こそ1番!」

 と自論を展開する。


 しかしここで俺の名前を取り上げられたのをきっかけに

「ちょっと待ってくださいよ先輩」

 俺も論争に交わることとなった。


 太ももとか筋肉の優越とかどうでもよかったが、おっぱいを差し置き筋肉こそ1番と言われたことに腹が立った。

 故に俺は

「筋肉が1番?何を言ってるんですか。潜在的に大きさ・形・柔らかさがほぼ決まっている、自然体であるおっぱいにこそ1番の価値があるんです!改造して得たものなんて芸術ではあっても魅力では断じてない!!」

 筋肉よりもおっぱいなのだ。

 しかし永瀬先輩もやはり強情で

「黙れおっぱい星人。努力の筋肉こそが1番よ!!」

 負けを認めることは無かった。


 次の攻め手をどうしようかと考えていると

「んー、とりあえず3人とも一旦落ち着こうね〜?落ち着かないと、と〜ってもきついおしおきしちゃうわよ?」

 俺、文也、永瀬先輩の3人の背後から赤毛三つ編みの美少女から色気のあるのんびりとした、それでいて重みのある声が聞こえた。

 そう、生徒会長 仲木戸なかきど ランさんがどこからともなく現れたのである。


 突然のラン先輩の登場で、永瀬先輩登場の時と同様に俺と文也は固まっていた。

 が、やはり同級生ということもあり永瀬先輩は特に緊張で固まる様子は見られなかった。


 しかし

「げっ、ラン……」

 どうやらラン先輩を苦手にしているというのは何となく伝わってきた。

「げっ、っていう言葉を女の子が使わないの〜。せっかく璃乃ちゃん可愛いのに〜」

 相変わらずののんびりペースなラン先輩だったが、それ故に永瀬先輩を翻弄していた。

「か、可愛いとか言わないでくれよ。そういうのは私には似合わないって」

 可愛いと言われ慣れていないのだろうか、明らかな動揺を見せる永瀬先輩に俺は少し可愛らしさを感じた。

 すると、

「何言ってるの、可愛いに決まってるじゃない?そう思うわよね、松木くんに種田くん」

 突然ラン先輩が俺たちに意見を振ってきたのである。



「も、もちろんじゃないですか。……筋肉フェチなのが残念ですが」

「……まぁ、可愛いと思いますよ?筋肉フェチがなければもっと……」

 なんとか言葉を少しつまらせつつも、正直な気持ちを言葉にした。本心ではある為嘘では無い。

 文也に関してはほぼ間違いなく本心なのだろうなと思っているが。


 とまぁ、俺たちから意見を聞いたラン先輩は

「だってさ。璃乃ちゃんは可愛いんだよ?」

 と永瀬先輩に結果を突きつけた。

 すると

「う、うるさいうるさい…!私はもう帰るからな!!」

 あまりにも恥ずかしいからなのだろうか、永瀬先輩は猛ダッシュで図書室から飛び出して行ってしまった。本来の先輩の目的である、資料とやらを借りるのを忘れて。

 永瀬先輩が図書室から出ていくのを見送るとラン先輩は残念そうに

「あーあ、行っちゃった……。もっと璃乃ちゃんの事からかいたかったのに」

 と、呟きながらも口元はどこか嬉しそうだった。

 その笑みにやや恐怖を抱きながらも

「ラン先輩結構グイグイ行くんですね……」

「あんな慌てる璃乃ちゃん初めて見たかも……」

 俺と文也は永瀬先輩とラン先輩のやり取りを思い出していた。


 けれど、この人には人の都合はあまり気にしないらしく

「それじゃあお2人さん、お待たせ。お姉ちゃんの準備できたから私が呼びに来たよ〜」

 どこまでもマイペースなラン先輩はズイズイと背中を押してくる。

 なんやかんやとあったがやはり無事に雨に濡れずに帰れることが嬉しかった為か

「「助かったぁ……」」

 見事にハモってしまう始末。


「てことで今から私の家へ直行だ〜」

 ラン先輩が突然そんなことを言い出す。

「え……?」

「あれ?俺と俊を家まで送ってくれるんじゃ……」

 あまりにも突拍子のないことで、俺と文也は顔を見合せながら首を傾げていた。


 そんな俺たちが困惑している中、

「それはお姉ちゃんが言ったことでしょ?今言ってるのは、私からのお誘い♡」

 ラン先輩はなんともあざとい表情でそう言った。

 それでもやはり困惑の色を拭いきれない俺と文也の様子に見かねた彼女が豹変した。

「ちなみに拒否権は無いわよ?さっ、行きましょうか2人とも♡」


 先程のような、永瀬先輩を含めた3人を注意したあの時の口調で、俺たちにそう言ってきたのだった。

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