第7話 筋肉こそ芸術!(芸術と書いてジャスティスと読む)

「改めて言うと、その時の美術部の部長に1年の12月に強制退部させられたのよね」


 俺は文也ふみやと共に2階中央にある図書室に着くと、室内にまばらに人がいる中で美術部に関する話を再開した。


「その理由が相応しくない、芸術をわかっていない……と?」

 廊下で俺が軽く説明する際に言った言葉を文也が口にする。


「そゆこと」

「なーんか、納得できないなぁ」

 どうにも渋い顔をする文也。

 しかし、俺にとっては普通であり、それが美術部での発言権のあった先輩からの言葉だったからだ。

「まぁ永瀬ながせ先輩だしなぁ、文句言っても仕方ないよ」

 その気持ちの一部が言葉として、れ出ていた。

「ん?永瀬……?永瀬って言ったか……?」

 その言葉に文也はどこか不安げな表情をしながら、俺に聞き返す。

 それに疑問を抱いた俺は、

「どした?永瀬先輩と知り合いなのか?」

 文也に先輩との関係の是非を聞くことにした。

 するとその反応は

「いや、俺の知り合いにも永瀬って子がいるから、ちょっとね……」

 と、戸惑いながらもどこかおびえた様子を見せる文也。



「へぇ、文也の知り合いの永瀬って人はどんな人なんだ?」

 俺は興味本位で文也の知っている方の永瀬さんを知りたくなり、質問してみた。

 すると文也から返ってきた言葉が

「変人だよ。あーでも確か、美術やってたかな」

 と言ったものだった。



「同じ苗字で美術やってるってことも同じ……。まさかね」

 俺は鳥肌が止まらなかった。

 苗字が同じ“永瀬”、そして2人とも“美術”をやっている。

 偶然にしては出来すぎではなかろうか……。

 先輩の趣味まで被っていたら、それこそ笑い事ではないだろう。


 何となく事態の異変性を気づいた文也は

「ははは……まさか」

 苦笑いをする。


 そして


「「筋肉好きまで一緒だったら笑うしかないわ」」


 まさかの最悪の事態発生である。


 3度目の正直と言うくらいに、ここまで偶然が重なることは異常であり

「ちょっと待て文也、何を言ってるんだ?」

「俊こそ一体、何を……!」

 俺と文也は両者ともに怯え震えて声を出していた。



 ところが、言霊ことだまとでも言うのだろうか。

「ん?お前たちこんな所で何してるんだ?」

 話の噂であるその永瀬 璃乃りの先輩が黒髪ポニーテール、キリリっとした鋭い目付きで、俺たちの元へとやってきたのである。



「永瀬先輩!?」

 俺はまさかの先輩の登場に驚き、図書室の中だと言うのに大声を出して驚いてしまった。

 しかし、当の永瀬先輩本人はあまり気にしていない様子で

「おう、松木。美術部以来だね」

 俺に挨拶をしてくる。

「そう、ですね」

 俺は戸惑いを隠せなかった。


 それは俺だけではなく、文也もであり

「璃乃ちゃん……」

 名前だけ呼び、固まっていた。

 すると永瀬先輩は文也の呼び掛けに応じ、文也の方へと体を向けた。

「文也、この学校だったんだ」

「まぁね。璃乃ちゃんは今も美術部?」

 文也の簡単な質問に先輩は首を横に振り否定を示す。

 首を振ると連動して、先輩のポニーテールが揺れるのが妙におかしく、思わず微笑んでしまいそうになった。

「いや、流石に今年は受験生だしね。もう引退してるよ。ただやっぱ絵を描く癖は止められなくて、資料を探しにここに来てしまったってわけ」


 どうやらもう既に美術部を辞めており、2年の誰かに部長を引き継がせたらしい。つまりは今の永瀬先輩は、元美術部部長というわけだ。


「なるほどね」

 先輩の答えに相槌を打つ文也。


 すると永瀬先輩は帰る様子の無い俺たちが気になったのか

「それで2人は何してたんだ?帰らないのか?」

 と聞いてきた。

 傘を忘れて、渚先生に家まで送って貰うことになった。などとは口が裂けても言えないため、

「今少し人を待ってまして」

 と言葉を濁しながら質問に答えた。

 すると文也は、突然言葉を続けたのかと思いきや

「待ってるついでに、前々から聞きたかった、しゅんが美術部辞めた理由を聞いてるんだよ。……璃乃ちゃん。どうして俊を強制退部させたんだ?」

 といきなり核心を突く質問を永瀬先輩にぶつけた。


 まさかの文也の質問に俺が狼狽うろたえていると、永瀬先輩はあっさりと答えを口に出したのだ。

「松木が芸術の何たるかを分かっていなかったからだ」

 と。

 当然、何を言っているのか分からないと言った様子の文也は

「芸術の何たるか……?」

 言葉を繰り返す。

 しかし俺は、永瀬先輩の言わんでしていることが分かるため文也に注意を促すことにした。

「文也、覚悟しとけ?この人の芸術への愛は……おかしいけど本物だから」

「ちょっと待て、それって一体どういう……」

 俺の注意に戸惑う文也。


 そう、この人の芸術へ求めるものはおかしいが、実力は折り紙付きなのだ。

 むしろ、折り紙付きだからこそ、おかしいのかもしれない。


 そんなことを考えていると、やがて準備が出来たのか、永瀬先輩が大きく息を吸った。

 そしてその口から放たれる永瀬先輩の芸術への愛。

「いいか?芸術とはモデルとなったその人がどういう風に生きてきたかの軌跡を示すものだ。つまりはその人の一生を描いていくものであり、表面的に捉えていてはその人の真価が見えてくることは無い」

 話を静かに聞いていると、文也がボソッと俺に耳打ちをしてくる。

「おかしい所なんて、今ん所なくね……?」

 と。

 そう、今のところはよく言われるような芸術観である。

 しかし俺は知っている。いや、文也も知っていることだ。

 だからこそ俺は

「まぁ、すぐに出るから黙って聞いてようぜ?」

「おっ、おう」

 静かに拝聴するよう促した。


 俺たちがコソコソと話をしているとは気づかず、スラスラと自論を放ち続ける永瀬先輩。

 やがてその時はやってきて、初耳では耳を疑うような言葉が彼女の口から飛び出した。

「ではどのようにすればモデルの真価を見せられるようになるか。……それ即ち、筋肉である!!!」

 一瞬、時が止まったかのように思われた。

 それほどまでに永瀬先輩が自信を持ってスパッと語尾を切ったからである。


 が、それ以上に文也は驚いている様子。

「……ん?筋肉って言った?」

 対して俺は、永瀬先輩についてわかっていたため、

「案外直ぐに出てきたなぁ……」

 冷静なままであった。


 加速し出した永瀬先輩の演説が留まることを知らず

「筋肉は素晴らしい!努力の結晶故に得られるあの肉体。内側から溢れ出すその肉体を作り上げたという圧倒的自信!……それなのに…それなのに松木の絵は生まれつきの個人差で決まりうる胸に注力していたのだ!あんなもの美術・芸術とは認めない!!」

 つらつらと筋肉への想いを述べていたが、次第に俺への絵にかける想いの否定していくようになって言った。


 そして最終的にはこう言い放たれた。

「だから私は松木を強制退部させることにしたんだよ」

 と。



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