第25話 再起する恋敵と恋愛宣言

「あ、櫛名田くしなだ先輩……」

 昼休みが終わりかけた頃、職員室でのお説教からようやく解放され自分の教室に戻ろうとした時、たまたま階段をおりてきていた葵ちゃんにばったり遭遇した。

「葵ちゃん……。その、今朝はゴメンね?先に行ったりしちゃって」

「いえ、大丈夫です。日直、間に合いましたか……?」


「えっ?……あぁ、日直ね!間に合ったわよ?心配ありがとうね!」

 私とあおいちゃんの間には気まずい空気が流れていた。

 しかし、葵ちゃんがいい子で

「それなら良かったです」

 と、私の身を案じてくれた。なんて優しい子なのだろうか。

 こんな子が小さい子が好きなロリコンで、しかもおっぱい星人であるしゅんのことが好きだなんて未だに信じられない。


 そんなことを考えていると

「それで……櫛名田先輩」

 もごもごと何か言いたげな表情をして葵ちゃんが私を見つめていた。

「うん?」

 私はなんだろうと思いながら葵ちゃんの言葉に応じた。

 が、すぐさま葵ちゃんが私にどんな話をもちかけてこようとしたのか分かり

「話したいことがあるので、少し時間いいですか……?」

「……場所、移動しましょうか」

 そっと葵ちゃんの華奢な肩をそっと包み込み、とある場所へ向かうことにした。



 そのとある場所というのは、

「ここって」

「そ、漫研部室」

 2階の奥にある角部屋で、普段は俊と葵ちゃんが活動している“漫画研究部”の部室である。

「どうして……」

 あからさまな動揺を見せる葵ちゃん。

 突然ここに連れてこられたからだろうか。

 けれど、“ そういう話”をするにはここが1番ピッタリな場所だと思った。

 そしてその旨を葵ちゃんに説明することにした。

「葵ちゃんと仲良くなったところがここなんだから、やっぱり話をするならここかなぁって。それに俊の話なら尚更ね」

 理由を述べ終わると、

「……私はどうしたらいいんでしょうか?」

 ポツリと弱音を吐く葵ちゃん。

「葵ちゃんは何に迷ってるの?」

 どうしたらいいんでしょう、そう聞くって言うことは何かと何かで迷っているってことだ。

 まずはそれを聞かないと、そう思い私は葵ちゃんに問いかけた。


 私の問に応じるように、葵ちゃんは口を開いた。

「俊先輩が好きなのは変わらないんですが、それと同じくらい櫛名田先輩のことが好きになってしまったんです。……今の私にはどっちかを選ぶなんて出来そうになくて」

「なるほどなるほど……。私のことも好きになっちゃったのかぁ」

 私は葵ちゃんから告げられた事に、驚きながらも何とか平静を装った。

 葵ちゃんはこう続けた。

「両方っていうのはわがまま、なんでしょうか……?」

 と。


 私は迷った。

 どう伝えたら、葵ちゃんが傷つかないように私の意見を伝えられるか。

「うーん、そうねぇ。葵ちゃんに好かれることは全然嫌いじゃないし、むしろ嬉しいんだけど……」

 少しずつ頭の中で整理した結果、やはり答えは1つしかなかった。

「それでも私は、俊を選ぶわね」

 葵ちゃんに向き合いながら私はピシッと彼女にそう言った。

「それは……私との付き合いが浅いからですか?」

 今にも泣いてしまいそうな声の葵ちゃん。

 それでも私は、向き合うのを止めなかった。

「極論を言ってしまえばそうなっちゃうけど、そこじゃないわ。私はね、勝手にだけどあなたの事をライバルだって思ってるの」

「ライバル……?」

「言ってしまえば、恋のライバルってところかしら?」

 そう、少なくとも数ヶ月間、俊の側から離れようとしなかった葵ちゃんの心が弱いわけがないと思ったからだ。

「……っ!!」

 現に、私に諭されてこんなに悔しそうにしているのだ。こんな子の心が弱いはずがない。


 だからこそ、私は厳しく接することにした。

「だから、私は助言はするけど最終的には俊を選ぶわよ。だってずっと想ってたんだもの。俊がおっぱいに目覚める前からずっと……ね」

「やっぱり、櫛名田先輩には敵いませんね……」

 私が葵ちゃんに気持ちをぶつけると、どこか一瞬諦めたかのように目線を横へと逸らした。


 すると、その逸らした先の何かに葵ちゃんはじーっと見つめていた。

「あれ?これって……?」

 そう言って葵ちゃんが近づいていった先にあったのは、1つの絵だった。

「その絵がどうかしたの?」

 どう見ても、他の絵と比べて描き直し跡がありお世辞にも『 素敵』と言えるほどの迫力は無かったが、それを葵ちゃんはじーっと熱っぽい眼差しで眺めていた。

 やがて、その絵の説明を始める葵ちゃんだったが

「これ、私が俊先輩のおっぱい絵を改造して私好みの美少女を描いた絵なんですけど」

「そんなことしてたんだ……」

 2人が漫研でどんなことをしていたのかを知らなかった為、何をしてるんだ、という思いがまず始めに思い浮かんだ。


「ただ、私は色までは塗ってなかったんですよ」

 葵ちゃんはそう言うと、薄い青色に塗られた、絵の中の美少女の髪の毛に触れる。

 どこか、さっきまでの心が折れかけていた葵ちゃんの雰囲気が変わっていってる気がした。


「なら俊が時間かけて塗ったんじゃない?なんだかんだで葵ちゃんには優しいし」

 俊なら有り得ることだし、実際にやったのだろう。

 しかし、葵ちゃんのこの反応、どこか違和感があった。

 その正体は、すぐさま彼女の口から明かされることとなった。

「……これ描いたの一昨日なんですよ?」

「それって……」

 あぁ、だから葵ちゃんはこんなにも驚いているのか。

 私は思ったよりもあっさりと納得した。


 そして葵ちゃんはと言うと

「私が癇癪起こしたその後に俊先輩が急いで仕上げたとしか思えないです……!あぁ、俊先輩……」

 俊の名前を呟きながら、感極まっていた。


 あぁ、ここに連れてきてしまったことは失敗だったろうか。

「葵ちゃん……?」

 ふるふると肩と背中を小刻みに震わせている葵ちゃんに私は恐る恐ると声を掛ける。

「櫛名田先輩!」

「はいっ!ど、どうしたの!?」

 突然の葵ちゃんの大声に、私は思わず飛び跳ねてしまった。

 しかしその葵ちゃんはと言うと、私の事を特に意に返さず

「私、前言撤回しますね」

 と宣言してきた。

「と言うと?」

 詳しく問いかけると、葵ちゃんはさっきの仕返しと言わんばかりに私に向かい合ってこう言ってきたのだった。

「ますます俊先輩のこと好きになってしまいました。櫛名田先輩に負けないくらい」

 と。

 やはり、この子は負けず嫌いなようだ。

 けれどそれならそれで私にも譲れないものがある。

 それを葵ちゃんに伝えなければいけない。そう意気込みながら、私は口を開いた。

「吹っ切れたようで何より。って言いたいところだけど、1つ聞き捨てならないことを言ったわね?私に負けないくらい?」

「ええ。櫛名田先輩に俊先輩は渡しません!」

「私こそ、俊を葵ちゃんには渡さないわよ!」

 葵ちゃんが俊のことを本気になったように、私も本気で俊を好きだという気持ちを押し出した。


 と、そのやり取りが何やらおかしくなり

「ふふっ……」

「どうして、ここで笑うんですか先輩」

 笑いを抑えられなくなり、思わず笑みがこぼれてしまった。そしてそれを注意する葵ちゃんも、口調がやはや笑っていた。

 きっと、理由は同じなのだろう。

「だって、嬉しくて」

「口喧嘩がですか?櫛名田先輩は変わってますね」

「俊を巡っての、口喧嘩だからよ」

「ですね。私もです」

 こんな、同じ人を巡っての口論なんて滅多にできることではなく、しかもそれで仲良くなっているのだから可笑しな事である。


 とは言え、私と葵ちゃんが恋敵である事には変わりなく

「……負けないから」

「私だって、もうめげません。この絵を見て確信しました」

 お互いに戦意の確認をする。

「漫研部室に連れてきたのは失敗だったかなぁ……」

「ええっ!?どうしてですか」

「だって、ライバルを再奮起させちゃったから」

「それはどうも、ありがとうございます」

 口では牽制しつつも、やはり何処か、この一件で仲良くなれた気がする。

 だからこそ、やはり最後はあの言葉を一緒に言いたくなった。

「それじゃあ、この間の掛け声しちゃう?」

「いいですよ。……せーのっ!」


「「恋愛宣言バトル・オブ・ラヴァ!!!!」」


 その後、恋する乙女は再び戦い合うと決め、それぞれの教室へと戻って行ったのだった。

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