第28話 乙女の涙と俊の選択


「分かっていても……やっぱり怖いなぁ」

 放課後になり私は、2階の図書室へと到着し椅子に座りながら俊を待っているのだが

「来なかったら……どうしよう……」

 俊が来るという保証が無いためか、私はひたすらに弱音を吐いていた。

 午前中の『 幼馴染は最後に勝つんだから!』発言はどこへ行ったのだろうか、と言うほどにナイーブな私であった。


「お待たせ。メッセージ見たよ。大事な話って、何……?」

 ガラッと扉が開く音と同時に俊の声が聞こえた。

 しかし、その音は遠くから聞こえてきたものだった。


 つまりどういうことかと言えば

「先輩……。来てくれると思ってました!」

 葵ちゃんのいる、2階奥にある漫研部室に俊が入っていったということであった。



「…………何を期待してたんだろうなぁ私は」

 覚悟していたことなのに、私は更に弱音を吐いてしまった。

「幼馴染だからって、選ばれるとは限らないのに」

 むしろ、幼馴染だからという理由で私は過信していたのかもしれない。

 何かと問題起こそうとすれば暴力を振るう口うるさい幼馴染よりも、スキンシップの多めな趣味の合う美少女な後輩を選ぶに決まっているというのに……。


 そんなことを考えていると、私はすっかり心が折れてしまった。

「帰ろう……。明日謝れば、きっと俊は許してくれるよね……?今日は葵ちゃんと帰るに決まってるし」

 椅子を引き、隣の椅子に置いてあった自分のカバンに手を掛けたその時だった。

「え?帰るのか?大事な話があるって言ってたから来たのに」

 漫研部室で葵ちゃんと一緒にいるはずの俊がすぐ目の前にいたのだった。

「……なんでいるの?」

 気づけば、自分でも驚くほどの低い声を俊に向けて放っていた。

「呼び出されたからここにいるんだけど」

「だって、さっきは葵ちゃんの方に……!」

 そう、確かに俊は葵ちゃんを選んだのだ。

 見て確かめた訳では無いが、俊が葵ちゃんがいる教室に入ったのはこの耳で聞いているのだ。


 だが、俊は微妙に勘違いしたのか

「見てたのか。うん、そうだよ。葵ちゃんにも呼び出されてたから。……ってその反応だとそのことも知ってるよな」

 と、どうやら彼の中では私が遠くから様子を伺っていることになっているらしい。


「それで……?その葵ちゃんはどうしたの?」

 私は特に訂正することも無く、話を続けた。

 訂正したところで、俊は私ではなく葵ちゃんを選んだのだから……。

「教室に忘れ物したらしい。少ししたら戻ってくるってさ」

「そう……」

 平然とした態度で淡々と話し続ける俊に私は少し苛立ちを覚えていた。

 しかし、俊はそんな私の想いを知ってか知らずなのか

「それで?愛咲の大事な話ってなんだ?」

 と切り出してきた。


 私から呼び出していたのだから俊が私からの話を気にするのは当然といえば当然だった。

 けれど、すっかりその事を自分の中で解決してしまっていた私は

「……ずっと好きだった、って言おうと思ってたんだけどもう意味無くなっちゃった」

 と投げやりに、過去になってしまった想いを伝えた。

 が、どうも俊には上手く意図が伝わっていなかったようで

「ん?一体なんの事だ?」

 素っ頓狂な表情で首を傾げていた。

 その態度に私はさらに苛立ち、

「だって、葵ちゃんのことが好きなんでしょ?恋人同士になるんでしょ?……だったら意味無いじゃない!」

 とうとう態度に出てしまった。

 しかし俊からの反応は相変わらずのものだった。

「愛咲?何か勘違いして無い?」

「勘違い?なんで?俊は葵ちゃんを選んだじゃない!私よりも葵ちゃんを!!!」

 わざととぼけているのだったらいい加減にして欲しかった。

 早くこの想いに決着をつけないといけないのに、いつまで経っても消化しきれないじゃない……!!

「だから、愛咲は誤解してるって!俺は別に…!」

 あぁもう、うるさい!!!!

 俊からの釈明しゃくめいの声を跳ね除けるように心の中で叫んでいた、その時だった。

「俊先輩が選んだのは私じゃないですよ」

 私のすぐ後ろで聞き馴染みのある声が響いた。


「そうですよね、俊先輩」

 振り向いた先には、目元を少し赤く腫らした葵ちゃんが立っていた。




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