最終話 それでも彼はおっぱいが好き。

「あ、葵ちゃん。忘れ物見つかった?」

 葵ちゃんが目に入るや否や、彼女に心配そうに声をかける。

「……ええ、見つかりましたよ。心配ありがとうございます」

 それだけ言うと、俊はそれ以上の言及はしなかった。

 それどころか、安心する様子まで見せる。

 もしや、俊は葵ちゃんの泣き跡に気づいていないのだろうか。

 だとしたら、鈍感すぎる……。


 と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。

「ねぇ、葵ちゃん。今のって……。俊が選んだのは葵ちゃんじゃないって」

 今考えなきゃいけないのはこっちなのだから。

「言葉の通りです。俊先輩が選んだのは櫛名田先輩ですよ」

 抑揚無く、端的に事実を述べる葵ちゃん。

「……そうなの?」

 あまりにも信じられない事で私は思わず俊に問い返す。


「それに関しては出来れば俺から言おうと思ってたんだけどなぁ……」

「あ、なんかごめんなさい」

 俊のちょっとしたボヤキに、葵ちゃんは少し申し訳無さそうに謝る。

 そんな葵ちゃんに俊は

「いいよ、むしろ助かったよ。ありがとう、葵ちゃん」

 と言うと、すぐさま私の方へと顔を向けた。


「あの……俊?」

 今の会話の流れで、なんとなく分かってしまった。

 そして俊は頭をポリポリと掻き、少し照れたような表情で口を開いた。

「まぁ、うん。そういう事だよ。俺は愛咲が好きだよ」

「……どうして、私なの?」

 私は未だに信じられなかった。と言うよりも、私でなくてもいい理由を探そうとしていた。

 葵ちゃんの方が相応しい、そう考えるようになってしまっていたのだ。


 そんなことをつゆ知らず、

「……俺さ、おっぱい好きじゃん?」

 俊は突然そんなことを言い出す。

「周知の事実だよね。それがどうしたの?」

 そんなことなら葵ちゃんだって知っている。急にどうしたんだろうか。

「俺と文也が成績開示デュエルを教室とかでやろうとすると、毎回愛咲が止めてくれてるだろ?」

「まぁ、そうだね。止めないと永遠に続けるだろうし」

 と言うよりも、俊が困る姿を見たくないのだ。そんなのを見るくらいなら、私が嫌われてもいいと思って動いていた。



「先輩、教室でもおっぱい連呼してたんですね……。流石に引きます」

「いやぁ、照れるなぁ」

「褒めてないです。というか私のことよりも櫛名田先輩の方に集中してくださいよ」

「あ、あぁ。そうだね」

 別にそのまま続けてもいいのに……。

 葵ちゃんの方がやっぱり俊は活き活きしているような気がするのだ。



「それでさ、俺考えたんだよ。それで分かった事があった」

 再び私の方へと向き、俊は私に話しかける。

「分かったことって?」

 私は、ドキドキしながら彼の答えを待った。



 しかし、俊の口から放たれた言葉は私の思うものではなかった。

「どうあっても、おっぱいへのこだわりは譲れないし、譲る気はないってこと」

 真剣な顔をしてこの男は一体何を言ってるんだろうか。

 少しでも期待した私がバカみたいにも思えてしまった。

「それがどうして私なの?そういうことに関しては葵ちゃんの方が分かるところがあるでしょ?」

 期待を二度も裏切られたことで、流石の私も我慢の限界であった。

 それでも俊は私が苛立ちながら放った言葉に押し負けないくらいに、力強い言葉で言い返してきた。

「もちろん葵ちゃんも考えたよ。でもダメなんだ。愛咲じゃなきゃ!」


 私じゃなきゃ……ダメ?

 私も……俊じゃなきゃダメ……!


 俊の力強い言葉で、私は再び自分の気持ちに正直になる心の準備が整った。

「趣味が似ている葵ちゃんじゃなくて、何だかんだ言いながらも俺の趣味を否定しない愛咲じゃなきゃ俺はダメなんだよ!」

 私はさっきまでは受け入れなかった彼の言葉をそのまま受け止めた。


 勝手に自滅しておいて、勝手に諦めておいて、それでもやっぱり私は俊が好きみたいだ。

 だから私はこの想いを、ずっと心に秘めていた想いを俊にぶちまけることにした。

「そりゃ、ずっと好きだったんだもん……。俊のこと好きだったんだもん!いくらおっぱいの事しか考えてなくても、ずっと好きを貫ける俊のことが好きだったんだもん!おっぱいが好きな俊だから、私は好きなんだよ……!」

 そこから先のことはあまり覚えていない。けれどギュッと俊に抱きしめられる温もりは今でも忘れられない。

 ただ、今この瞬間から俊と私が彼氏・彼女という関係になったことだけはハッキリとわかった。

 葵ちゃんには申し訳ない気持ちはあったけれども、それでもきっとこれまで以上に仲良くなる日が来ると信じてる。




 そして、晴れて彼氏・彼女になった俊と私はと言うと、

「……なんで当たり前のように家まで着いてきてるの?」


 現在私の家の前にいた。


「そりゃ、俺の大事なお宝を回収しにだな」

「そこはせめて、『 今夜は1人にさせない』とか言わない!?」

 花より男子ならぬ、彼女よりエロ本と言わんばかりに真顔で言ってくるのだから、呆れてしまう。

 しかも締めくくりには

「幼馴染なんだから今更かしこまる必要ないかなぁって」

 である。

 さっきまでの熱烈な告白はなんだったのだろうか……。もはや別人なのではと疑うまである。

「雰囲気も何もあったもんじゃないわね……」

「とりあえずお邪魔するぞ」

 無造作に鍵を解錠し、そのまま玄関の扉を開ける俊。

 そういえば家の鍵渡したままだった。


 とはいえ、私とて一端の女子なわけで、ルームフレグランスがかかってない部屋を俊に入られたくなかった。

「ちょっと、まだ、心の準備がっ…!」

「それこそ今更じゃ、ってうわっ!!」

 彼の腕を引っ張り、玄関より先には行かせないようにすると、そのまま勢い余って2人とも倒れてしまった。

「うぅ……。ごめん倒れちゃ……て……」

 しかし倒れ方が悪かった。

「いってぇ……。ん……?これは」

「ちょ……!!」

 俊の左手のひらが私の右胸に触れていたのだ。

「ふむ……。なぁ、愛咲」

 手を微動だに動かすこと無く彼は口を開く。

「……何?」

 私は、少しばかり期待してしまっていた。おっぱい星人である俊とて、やっぱり男なわけであってこのままもしかしたら……などと考えたりしてしまった。



 しかし、やはり彼はおっぱい星人だった。

「やっぱり柔らかさが、ちょっと物足りないな。リンパマッサージをやると柔らかくなるって言うし、良かったら手伝おうか?」

「彼女の胸を偶然にでも触れておいて、一言目はそれかーーーーーー!!!」

 おっぱいの事しか脳に無い俊とは普通の彼氏彼女の関係になるのは全然先になりそうだ。



 それでも私は彼を手放す気はない。好きなことを追いかける彼はとても魅力的で、とても素敵なのだから。

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それでも俺はおっぱいが好き。 こばや @588skb

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