第10話 美少女の住む家には男の夢が詰まっている(ただし毒注意)

「お前ら、着いたぞ」


 渚先生が車を走らせてしばらくすると、やや大きな一軒家に到着した。表札には『仲木戸』と書かれていた。

 つまりはここが渚先生とラン先輩の家だということを示していた。

「ただいま〜。おっ風呂〜おっ風呂〜」

 一足先に玄関へと向かったラン先輩が、そのまま鍵を開け一目散に風呂場があるであろう部屋へと入っていった。

 俺と文也ふみやはというと、

「「お邪魔しまぁ……す」」

 恐る恐るとラン先輩に続いて、緊張感を持ちながら玄関をくぐった。

 すると、車を駐車場に置いてきたであろう渚先生が後ろから話しかけてきた。

「あぁ、私とランしか住んでないから遠慮無く、くつろいでくれていいよ。私は気にしないから」


 その事実に俺たちはより緊張した。

 その理由はと言うと

「そうは言われても」

「やっぱり女の子の部屋は緊張すると言いますか」

 単純に慣れていないのだ。

 確かに俺には愛咲ありさ、文也には永瀬ながせ先輩と異性の幼馴染はいるけれども部屋に上がり込むなんてことは幼少期にしかしたことがなかった。俺と一緒に緊張しているということは、文也も恐らくそういうことなのだろう。


 つまりは意識し過ぎているわけだ。


 すると、渚先生は驚いた様子で俺たちにこんなことを聞いてきた。

「普段はおっぱいだとか太ももだとか、しょうもない言い争いを2人でしてる割にはそういう所はやっぱ思春期の男子って感じだな。てか私もその女の子扱いされてるのか?珍しく嬉しいこと言ってくれるじゃん」

 と。

 うまく思考が回っていなかったのであろう、俺と文也は思っていたことをそのまま口に出してしまっていた。

「え?だって渚ちゃん怖いけど笑うと可愛いじゃないですか」

「言動をどうにかしたら絶対渚ちゃんモテるんだろうなぁって結構話題ですよ?」

 絶対に卒業するまで隠し通そうとしていた事を自らの口で発してしまったのだ。もはや、自爆としかいいようがなかった。


 俺たちが自爆したことにより羞恥で死にそうになっていると、当の渚先生はと言うと

「渚ちゃんって言うなって何度言えばわかるんだ?」

 普段のとは少し違う、どこか喜んでいるような口調で俺たちに注意を始めようとしていた。


 それでも、あまりにもパニックになっていた俺達にはいつもの叱る口調にしか聞こえておらず

「「あ……」」

 またきっつい説教をされるとだろうと怯えていた。


 のだが、

「……まぁ、可愛いって言ってくれたことに免じて今回は見逃してやる」

 渚先生は頬を赤らめながらそう言って、そのままリビングの方へと先に向かっていった。

「「…………」」

 一瞬何が起こったのか分からず、俺と文也はお互いに無言で顔を見合せた。


 すると、あろうことか

「あ、もしかして今お姉ちゃんのこと可愛いって思ったでしょ?でもダメだよ。お姉ちゃんは私のだから〜」

 ラン先輩に心を読まれてしまい、そのまま代弁されてしまったのだ。

 ついでにラン先輩がシスコンであることが分かった。

「ランってばまだそんなこと言ってるの?いい加減姉離れしなさいってば」

 ラン先輩の言葉に反応した渚先生がリビングの方から声を放つ。

 しかしどうやら、初めの方の言葉は聞こえていなかったらしく特に言及することは無かったことに、俺と文也は胸を撫で下ろした。


「お姉ちゃんこそ、そろそろ彼氏とか作ったらどうなの?まぁ、私が簡単にお姉ちゃんを渡したりしないけど」

「いいから風呂入ってこいっ!」

 ラン先輩によるシスコンっぷりも渚先生には効かないようで動揺する様子を見せない。慣れているのだろう。


「はぁ〜い」

 渚先生の言う通りに、着替えを取りに行こうと自室に行こうとするラン先輩。

 すると、何やら思いついたことがあるのか、ラン先輩がニマニマと口元を緩ませながら

「あ、松木くんに種田くんさ」

 俺と文也に声をかけた。

 嫌な予感しかしなかった俺と文也は

「なんでしょうか?」

「お姉さんなら大丈夫ですが」

「おい、聞こえてるからな!?」

 各々に警戒しながらラン先輩に反応した。


 すると、ラン先輩は俺たち男子が泣いて喜ぶ言葉を言い出したのだ。

「えっとね。……覗いてもいいよ?」


 覗いてもいいよ。

 この言葉を美少女の口から聞くだけで単純な男子は真に受けるもので

「……マジですか?」

 俺もその1人である。

 そして美少女であるラン先輩からの反応はと言うと

「マジよ〜」

 嘘では無いという事を俺たちに教えてくれる。

 それでもやはり警戒を怠らない文也は

「訴えたりしません?」

 と聞く。

 当然であろう。すぐ側に渚先生がいるのだから。

「しないわよ〜。あぁでも〜」

 訴えることに関しては否定するラン先輩だったが、最後に一言付け加えるように言葉を伸ばす。

「「でも?」」

 俺たちは同時に続きを催促する。ラン先輩からの公認覗きなのだ。男としてはやはり前のめりにならざるを得ない。


 そして、そのラン先輩からつけ加えられた条件が

「お姉ちゃんの目を盗めたら、だけどね♡」

 というものだった。


「「ですよねぇ」」

 俺たちは絶望しか無かった。渚先生から目を盗むなんて出きっこないのだから。

 すると、やり取りの一部始終を聞いていたであろう渚先生が

「……なんかお前らも大変だな、ランにからかわれて」

 俺たちに哀れみの目を向けていた。


 それでも止まらなかった文也がこう宣言した。

「そう思うなら、覗いてきてもいいですか?」

 と。

 俺は一瞬文也を勇者に見えた。それほどまでに勇敢な行動だったからだ。

 とはいえ、渚先生に敵うはずもなく

「私にボコボコにされてもいいのなら動いていいぞ」

「……やめておきます」

 文也はあっけなく退いたのであった。



「ゴメンね〜」

 俺たちの男心を引っ掻き回したラン先輩は、無邪気な笑顔で風呂場へと向かったのであった。



 その際には俺と文也は1歩も動くことが出来なかった。

 普段学校で見せるものとは違う、小悪魔なラン先輩に翻弄されて過ぎて、すっかり骨抜きにされてしまった結果なのだろうか。

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