第4話 スペシャル・マジカル・オシオキターイム!

 あっという間に、5・6限目が終わり放課後を告げるチャイムが鳴った。


「部活頑張ってねしゅん。報告楽しみにしてるから」


 帰りのHR《ホームルーム》が終わると同時に、教室の扉が勢いよく開き、その扉を開けた本人がピンク色の髪をひらひらとなびかせながら俺の席まで一直線に駆け寄ってきたのだ。


「なんだよその含みのある言い方は。というかそれ言いにわざわざ帰り際にこっちのクラスに来たのかよ、愛咲ありさ

 この女の子は果たして暇なのだろうか。


 暇なんだろうな、帰宅部だし。器用なんだから何か部活入ればいいのに……。



 俺が心配してるとは少しも思っていないのだろう

「だって、そう言わないと俊逃げちゃうんじゃないかって思って」

 お気楽なテンションで俺をからかってくる愛咲。


 ……愛咲が帰宅部だからこんなやり取りできているのだろうか?

 だとしたらそれはそれでありかもしれない。


 そんなことを考えていると、

「ん?これから部活でなんかあるのか?確か、今の俊が入ってる部活って漫研だったよな。確か1年生の女の子と2人だとか何とか……」

 真後ろの席に座っていた文也が机の整理整頓が終わったのだろう、会話が始まってからしばらくだった時に参加してきた。


 よっぽど参加したかったのだろうか、心無しか文也ふみやがソワソワしているようにも感じた。


 すると、文也が会話に途中参加するのを待っていたかのように愛咲は

「あぁ、それがねゴニョゴニョ」

 文也に嬉嬉として耳打ちを始める。


 秘密の共有。

 しかも、身近な友達に関する秘密の共有。

 たったそれだけの事で、人の顔はここまでゲスく見えるのかと思ってしまった。



 これに悪意がある訳ではなく、からかっているだけだと分かっているのがタチが悪い。


 やがて耳打ちが終わると、文也が近づいてきた。


 そしてそのまま、

「俊!」

 俺の右肩に力強く文也の左手が乗っかる。

「な、なんだよ?」

 思わず俺は身をすくめた。


 その後文也はたった一言だけ告げ、部活へと向かった。

「頑張れよ!!」

 と。


 *********************


 2人からの激励を胸に、俺は2階校舎奥の漫研部室へと向かっていた。


 大丈夫、きっとお昼の出来事なんて忘れてるって。うん。大丈夫大丈夫。

 そう言い聞かせていると部室前にたどり着いた。


「そりゃまぁ、うん。いるよね」

 部室の明かりがついていた。


 俺は覚悟を決め、部屋のドアノブに手をかけた。





 次の瞬間俺は、紐で縛られ床に這いつくばっていた。


「えっ……何事!?葵ちゃん!?」

 俺は驚きのあまり声を裏返しながら、先にこの部室に来ているであろう水沢 葵を大声で呼んだ。



「呼びました?」

 彼女の声は思ったより近くから聞こえた。

「呼びましたかじゃなくて、何、これ」

 紐で縛られた体を器用に動かし、辺りを見渡すと、俺の足元の近くにちょこんと座っていた。


 チラリと水色の布がスカートの奥から見えた。


 が、今はそんなラッキースケベにかまけている余裕はなく

「いまから、先輩にはオシオキをしようと思って」

 縛られて這いつくばるしかなく、後輩にいいようにされてしまうこの状況をどうにかしなければならなかった。


「そのオシオキが……これ?俺そういう気はないんだけどなぁ」

 俺は冷静を装いつつ、どうにかして紐を解こうとした。

 幸いにも思ったより縛りは緩く、解くのに時間はさほどかからないだろう。


 とはいえ、しばらくの間無防備になるのは事実で、葵ちゃんがどう言った行動に出るのかと思っていると、その葵ちゃんが動き出した。


「まさかぁ、こんなので、未成熟なおっぱいを冒涜した先輩を、この私が許すと思いますかぁ?」

 どうやら昼間の事、かなり根に持っているようだった。


 俺別に冒涜したつもりは無いんだけどなぁ。自分の理想とは違うと言っただけなんだけど……。


 しかし、葵ちゃんが昼間のことを根に持っていることが分かったとはいえ、内容自体の検討がつかず

「何を、するつもり……?」

 おもわず、聞いてしまう始末。


 すると素直に質問に答えてくれるのか、葵ちゃんは言葉を発した。

「何をってそりゃあ……未成熟の良さを……教えこんであげるに決まってるじゃないですか……」

 一部の人に人気のありそうな、人を見下しつつ我が身の虜にするかのような口調と表情で。



「ダメだって、葵ちゃん!そんなことしちゃ……!ね?考え直そう……?今ならまだ取り返しがつく……!」

 俺は紐を解けきっていないながらも何とか立ち上がり、葵ちゃんを止めようとしてみた。


 けれど彼女の決心は固いらしく、道具をどこからか取り出し、右手に構えた。

「往生際が悪いですよ、先輩。もう……受け入れちゃってください……」

 結局俺は無抵抗のまま、なすすべも無くやられた。




 俺の宝が。



「俺の渾身の美乳イラストがァァァァァァ!!!!」


 この漫研での活動を通してここ最近心を込めて描いていた美乳横乳美人イラストが全く別物になって生まれ変わってしまっていた。


「あはははっ、私の手にかかれば先輩の描いた美乳な美人絵も、こんな風に未成熟な美少女絵に出来ちゃうんですよ?どうですか?凄いですか?褒めてください!」

 声高らかに笑い出す、ロリコン美少女。

「いやホント凄いよ!?どうやったら俺の懇親の美乳イラストをあんなに見事なまでに未成熟に出来たのかすっごい気になるわ!イラストをダメにされてなかったらめちゃめちゃ褒めてあげたいわ!!」

 葵ちゃんの謎の技術力に感心しながらも、悪戯の度が過ぎるほどの行動力に俺は呆れていた。


 すると、その様子を見てなのか

「先輩が悪いんですよ?私のことわかってくれないからいけないんです」

 やれやれと言いたげに、首を振る葵ちゃん。



「いや、ちゃんと分かってるって。でも葵ちゃんが未成熟を譲れないように俺にだって理想のおっぱいは譲れないんだよ」

 俺なりに彼女のことをわかった上での反論をすると、葵ちゃんはみるみるうちに元気をなくしていった。


 そして

「……やっぱり分かってない」

 やや不貞腐れ気味にそう言い捨てる。


「え……それってどういう」

 詳しい事情を聞こうとすると

「それくらい俊先輩1人で考えてください!!!今日はもう帰ります!!!!」

 葵ちゃんは自分のカバンを持つと猛ダッシュで漫研部室から飛び出していってしまった。


「ちょ葵ちゃん!?……って行っちゃったよ」


 紐を急いで解き、体の自由が戻った頃にはもう既に廊下には葵ちゃんの姿は見えなくなっていた。



「分かってないって……どういうことだよ……」

 1人部室に残された俺は葵ちゃんの言葉を悶々と思い出しながら、すっかり別物となってしまった、イラストに色を施し始めることにした。



 彼女が描き換えたに絵にふさわしい、水色を……。


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