第五章 出身地

 パイロット達の集まった食堂では宴会が繰り広げられていた。男女関係なく酒を飲み、悪乗りして全裸で踊っているパイロットまでいる。

 その中でキッペンベルク小隊とフランシス小隊の面々は落ち着いていた。なにせ席について話をしているだけだ。

 周囲が酷すぎるとユウは思ったが口には出さなかった。

「そういえば少尉の出身地はどちらですか? 地球ですか? それともコロニー?」

 ユウは会話の途切れた時にふと思いついた質問をしてみた。

 現在の人類の出身地は大きく分けて3つになる。

 人類の母である地球。地球の出身者は『アースリアン(土の人)』とも呼ばれる。

 地球では増えすぎた人類が住むには足りなくなったために宇宙に作られたコロニー。コロニー出身者は『スペースリアン(宙の人)』とも呼ばれる。

 そして軍基地としての側面もあるジェネラル・レビルこと月である。ジェネラル・レビル出身者は『ルナリアン(月の人)』とも呼ばれる。

「俺は地球のEUだよ。フィーシーズはどこだ?」

「あ、自分も地球です。極東地域です」

「お! フィーシーズも極東か! 俺も極東なんだ。極東のどこだ? ファミリーネームは日本っぽいが」

 ユウがキッペンベルク少尉に自分の出身地を答えると、ファン軍曹が嬉しそうに問いかけてきた。出身地は大きく分けて3つ。アースリアンやスペースリアンはそこからさらに細かく分かれるために同じ地方出身者がいるのは稀だ。

「自分は日本です。軍曹は中国ですか?」

「お! やっぱり同じ極東出身者にはわかるか! たまに朝鮮に間違えられるが、俺は中国だよ!」

 ユウの背中をバシバシと叩くファン軍曹。よほど同じ地方出身者がいて嬉しいらしい。

 すると聞いていたフランシス少尉が口を開いた。

「極東って技術者が多いって聞くけど、パイロットもいるのかい?」

「極東と言ってもいろいろな奴がいるからな。パイロット適正の持っている奴だっているだろ。確かサカイ中佐も極東の……あ〜、確か日本だったはずだ」

 キッペンベルク少尉とフランシス少尉の視線を受けてユウは頷く。

「確かに極東は技術者地方としてのイメージが強いですが、軍人で大成した人も少なくありません」

「確かヤン中将の祖父も極東出身じゃないですか? あの人は生粋のスペースリアンですけど」

「お、よく知っているなフレイル伍長。ヤン中将もルーツを辿ると我が中国だ!」

 フレイル伍長の言葉にファン軍曹は自慢するように胸を張った。どうやらファン軍曹は自分の出身地域に強い誇りを持っているタイプらしい。

 今の時代にファン軍曹のように自分の出身地域に誇りを持っているタイプは珍しい。

 宇宙怪獣の襲来によってそれまで地球を取り巻いていた差別や偏見などは木っ端微塵に粉砕されたが、今度は逆に自分の出身などどうでもいいというタイプが圧倒的に増えた。ファン軍曹のように自分の出身地域に誇りを持っているタイプの方が稀だ。

「しかし、日本ねぇ」

 キッペンベルク少尉は始まったファン軍曹の演説を華麗に無視しつつ、ユウをマジマジとみてくる。ユウはキッペンベルク少尉とファン軍曹の間を困ったように視線を彷徨わせていたが、ファン軍曹の周囲に人垣ができて囃し立始めたのをみて、ファン軍曹の言葉は流すことにしてキッペンベルク少尉を見る。

「あの、少尉、何か……?」

 ユウの困ったような言葉を気にせずにキッペンベルク少尉は変わらずにマジマジとユウをみている。

「なぁ、フィーシーズ」

「な、なんでしょうか?」

「お前は『ニンジャ』か? それとも『サムライ』か?」

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは思わず噎せてしまう。そしてキッペンベルク少尉の言葉にフランシス少尉が食いついた。

「私も聞いたことあるよ。『ニホン』って地方の軍人は『ニンジャ』か『サムライ』だって! なんでも『ニンジャ』っていうのは伝統的な『ニンジュツ』を使って特殊な任務を行う集団らしいじゃないか! そして表面にたって『カタナ』って武器で国を守って戦うのが『サムライ』なんだろ!」

「フランシス少尉まで何言っているんですか! もう忍者も侍もいませんよ!」

「待て待てフランシス。なんでも日本では『ニンジャ』や『サムライ』の存在について喋ってしまったら日本の謝罪の最大級である『ハラキーリ』とかいうのをしなくちゃいけないらしい」

「その『ハラキーリ』ってなんだい、キッペンベルク」

「何でも生きたまま自分の腹を裂くらしい」

「……おぉ、それじゃあフィーシーズも真実のことは言えないね」

「ああ、俺だって部下になった奴の『ハラキーリ』なんてスプラッタな光景見たくないからな」

 勘違いに勘違いして勝手に完結した少尉コンビに頭を抱えるユウ。

(まずい、日本がおかしい地方だと思われている!)

 割と昔から変態文化と料理文化は頭がおかしかったが、世間一般的に普通と称される生活を送ってきたユウはそれに気づかなかった。

 話を変えようと思ってユウは周囲を見渡すと、クロスワードパズルを解いているリイ曹長が目に入った。

「リイ曹長はどちら出身なんですか?」

「私はスペースリアン。第三コロニーだよ」

 コロニーも現在は一から五十まであり、それぞれの独自文化を作っていた。第三コロニーは遊牧民的な営みで生活しているコロニーだ。

 リイ曹長の言葉に日本談義にケリがついたのかフランシス少尉も会話に混ざってきた。

「ちなみに私はアースリアン。北米地方出身だよ」

「カナダですか?」

「残念。アメリカさ」

 フレイル伍長の言葉にフランシス少尉は笑いながら訂正する。

「そういうフレイル伍長はどちらなんですか?」

 ユウの言葉にフランシス少尉はニヤニヤと笑い、フレイル伍長は困ったような表情になった。

「ノエルはルナリアンだよ」

「え!? それだったらエリートじゃないですか!?」

 フランシス少尉の言葉にユウは驚く。ルナリアンは軍の本拠地であるジェネラル・レビルが住居のために軍の中枢部にいる人々が多い。ルナリアン出身であるなら親は軍の中枢部の人間で間違いない。

 ユウの驚きをフランシスは笑いながら見ている。

「ノエルの親は幕僚本部の参謀の一人だよ」

「そうなると将官ですか? うわぁ。僕、ルナリアンの人とこんな気軽に話したの初めてです」

「私の父親が『軍で偉くなるには前線の苦労を知らなくちゃいけない』が口癖で……まぁ、家の家風よ」

「だが、死亡率の高いパイロットなんかわざわざ選ばないだろうに。親も反対したんじゃないか?」

 キッペンベルク少尉の言葉にフレイル伍長は苦笑いする。

「パイロット科に行きたいって言ったら猛反対されました」

「「それはそうだ」」

 思わずユウとキッペンベルク少尉の言葉がハモる。誰だって自分の子供を喜んで死地に出す親はいない。

「でも、前線の苦労を知るならパイロットが一番だと思ったんです」

 フレイル伍長の真剣な言葉にユウは思わず黙ってしまう。

 ユウがパイロットになったのは流された結果だ。本当は戦艦勤務希望であったが、パイロット適正があって、強く勧められたから断れずにパイロットになっただけだ。

 だが、自分とそう年齢は変わらないのに、自分の考えと信念を持ってパイロットになった人もいる。

 それがユウの心に響いた。

「……フレイル伍長はすごいですね?」

「そう? 別に私は私の思ったことをやっているだけよ?」

「世の中にはそれができない奴が多いのさ」

「あんたもかい? キッペンベルク」

「さぁな」

 フランシス少尉の言葉にキッペンベルク少尉は軽く肩をすくめる。

(フレイル伍長はもう自分の信念を持っている。きっとそれは少尉達や曹長達……いや、きっとパイロットをやっているなら何かしらの理由を持っているのかもしれない)

「僕はどうだろう……」

 ユウの小さな呟きは食堂の喧騒でかき消されるのであった。

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