第二十二章 嵐の終わり

「宇宙怪獣が引いていく……」

 ノリコはアースのコクピットの中で呟く。

 ノリコが超超巨大宇宙怪獣を撃墜すると、残存していた宇宙怪獣たちは撤退を始めていた。ポーン型宇宙怪獣は母艦クラスの宇宙怪獣へと帰り、巨大宇宙怪獣たちは火星方面へと向かっていた。

『よくやってくれたなノリコくん』

「カスペン大佐」

 アースの近くにやってきて通信を入れてきたのはカスペン大佐であった。

『君の働きによって人類は生き残ることができた。誇りたまえ』

 カスペン大佐の言葉にノリコは心に充実感が溢れる。

 そしてポロリと言葉をこぼした。

「お父さんも褒めてくれるかな……」

 その言葉に唖然とした表情を見せるカスペン大佐。ノリコもその表情を見て自分が何を言ったか気づき羞恥心で顔を真っ赤にした。

 そしてカスペン大佐は大笑いしながらノリコに声をかける。

『はっはっは! 安心したまえ! この働きで君を貶める者はこのアルベルト・フォン・カスペンが許さぬ! きっと君の父君も褒めてくれるだろう!」

 カスペンの言葉にノリコは笑みが零れる。

『さ、ノリコくん。エデンに凱旋するとしよう。我々モビル・トルーパー部隊がお供につこう』

「あ、それなんですがカスペン大佐」

 カスペン大佐の言葉にノリコは言いずらそうに口を開く。

「実は全エネルギーをあの超超巨大宇宙怪獣に叩き込んだのでアースは動けないんです。申し訳ありませんが曳航をお願いできますか?」

 ノリコの言葉にカスペン大佐は大笑いをしながら告げる。

『なるほど! 全エネルギーを叩き込んだか! 指摘すべき点は多いが今回はそれで良しとしよう! すぐに曳航の準備をする、しばし待ちたまえ!』

 その言葉と共に通信が切れる。そしてノリコはコクピットのシート深くに座り込む。

「疲れた……」





「なんとか勝ったか」

 第十三艦隊旗艦パラミティースの艦橋でヤン中将は疲れ切ったように呟く。艦橋では艦橋につめていた軍人達が軍帽を高く放り投げて喜びを表現している。

 ヤンも指揮卓の上で胡坐をかきながら髪の毛をかきまぜる。

「なんとか勝てましたな」

「この場はね。だが人類も受けた被害は大きい」

「まさしく決戦でしたからな」

 タナカ少将の言葉にヤン中将は苦笑しながら頷く。

「しばらくは軍部も再建に専念するしかないな」

「決戦前は火星奪還論も持ち上がっていましたが、それは無理そうですな」

「物質的被害、人的被害。どちらも大きすぎるからね。しばらくは地球圏の防衛だけを考えないとダメだろう」

「宇宙怪獣が攻めてくる可能性もあるのでは?」

 タナカ少将の言葉にヤン中将は両手を挙げる。

「皆無とは言えないね。だがその時はその時さ」

 そして喜んでいる従卒に声をかける。

「紅茶を頼むよ。ブランデーをたっぷり入れて」





 ユリシーズの艦橋でも軍人達が喜び、撤退していく宇宙怪獣に向けて罵詈雑言を吐いている。

 フリューゲル中佐も疲れたように艦長席に座り込む。

「なんとか今回も生き残ったな」

「あと十分でも戦闘が続いていれば艦のエネルギーが尽きていたところです」

「運が良かった……ということでもあるだろうな」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は疲れ切ったように呟く。

「しかし我が艦の被害は甚大です。特にモビル・トルーパー部隊の惨状は酷いものです」

「ライアン大尉が落とされたのは大きかったな。キリア中尉もよくやってくれたが、やはり即席の指揮官では部隊は混乱する」

「他の艦や艦隊でもモビル・トルーパー部隊は大きな被害を受けているでしょう」

「さて、再建にどれだけかかるやら……だが今は」

 そう言いながらフリューゲル中佐は笑みを浮かべる。

「生き残ったことを素直に喜ぶとしよう」

「そうですな」




『よぉ、フィーシーズ』

「あ、ファン曹長」

 エデンに編隊を組んで帰還中のユウに通信を入れてきたのはファン曹長であった。ファン曹長は喜びを隠すことなくユウに笑いかける。

『お互いに生き残ったな』

 ファン曹長の言葉にユウはようやく生き残った実感がわく。

『おいおい、泣くなよ』

「す、すいません。生き残れたことが嬉しくて……」

 生き残った実感がわくとユウの瞳からは涙が零れた。それをファン曹長は優しく見ている。

『まぁ、泣きたくなる気持ちはわかる。俺も機体から降りたら雄たけびをあげるって決めているからな。どうだフィーシーズ、一緒にやるか?』

 そう言いながらファン曹長はしんみりとした口調に変える。

『そうしたほうがキッペンベルク少尉も喜ぶだろうさ』

 ファン曹長の言葉にユウの呼吸が止まる。

「そ、曹長。まさか少尉は……?」

 ユウの言葉にファン曹長は悲しそうに首を振る。

 それを見てユウは本当に言葉をなくしてしまう。

『待て待て待て! 勝手に人をくたばったみたいな言い方をするな!』

 そして通信からキッペンベルク少尉の怒鳴り声が聞こえてきた。

『おや少尉、無事でしたか』

『ストライカー装備とかいう頭のおかしい装備のせいで精神的には死にそうだが肉体的にはまだ生きているよ!』

『流石はユリシーズが誇るトップガン! 行き汚さは一級品ですな!』

『おかげ様で曹長のその軽口を聞けて生き残った実感がわいたよ』

 キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長は大笑いするだけだ。

 二人の会話を聞きながらユウは再び涙が零れる。

「お二人ともご無事で良かった……」

 ユウの素直な言葉にキッペンベルク少尉とファン曹長は一瞬だけ面食らった表情をしたがすぐに大笑いする。

『おいおいフィーシーズはすぐに泣くな!』

『これじゃあフィーシーズだけじゃなくてヴァイネンでもあるな』

『それはどういう意味ですかい?』

『すぐ泣く奴さ』

 キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長はゲラゲラと笑った。

『やったなフィーシーズ! あだ名が増えたぞ!』

 ファン曹長の言葉にユウは涙をこらえながら文句を言う。

「どっちも悪口じゃないですか!」

『そうか? ヴァイネンは感情を素直に出せるいい奴だと思えるけどな』

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは首を傾げる。

「そ、そうですか?」

『まぁ、どっちにしても軍人らしくないのは間違いないな』

「褒められている気がしません」

 ユウの釈然としない表情にキッペンベルク少尉とファン曹長は大笑いした。

『それにしても噂以上の超兵器だったな』

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは機体のカメラをアースへと向ける。

 アースはカスペン戦闘大隊の十機以上の機体に曳航されていた。

『少尉は最後の一撃見ましたか?』

『俺は露払いが役割だったからな。結構近くで見れたぞ。曹長はどうだ?』

『自分は他の落としていてみれませんでしたよ。フィーシーズはどうだ?』

 ファン曹長の言葉にユウは言いずらそうに口を開く。

「自分はポーン型と追いかけっこをしていてみれませんでした」

 ユウの言葉にキッペンベルク少尉とファン曹長は再び大笑いした。

『そうか! 妙にポーン型が少ないと思っていたらフィーシーズが囮になっていたのか!』

『そういえば指揮官級宇宙怪獣を見つけたのは敵陣に迷子になった友軍機って噂だが、まさかフィーシーズか?』

「う……その通りです……」

 ユウの反応に心底楽しそうにキッペンベルク少尉とファン曹長は笑い声をあげる。

『はっはっは! 方向音痴ここに極まれりだな!』

『迷子の迷子のフィーシーズくん! 敵陣に迷い込むのはやめときな!』

「じ、自分だって好きで迷い込んだわけじゃありません! ポーン型から逃げ回っていたらいつのまにか……」

『ダメだぞフィーシーズ! 逃げ回る時も敵味方の位置は確認しとけ!』

『今回はいいんじゃないですか少尉。何せフィーシーズが迷子になったおかげで指揮官級宇宙怪獣を見つけれたんですから!』

『なるほど! それもそうだ!』

「もう! お二人とも!」

 ユウが顔を真っ赤にして怒るが、キッペンベルク少尉とファン曹長は笑い飛ばすだけだ。

『しかしまぁ、小隊全員がこの決戦に生き残れて良かったな』

『ですな』

「はい」

 キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長とユウは頷く。

『フィーシーズは艦に戻ったらまず何をやりたい?』

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは少し考えるが、すぐに口を開く。

「とりあえず思う存分寝たいです」

『なるほど、それが一番だな』

 ユウの言葉にキッペンベルク少尉は頷くのであった。





 人類対宇宙怪獣地球圏決戦は一週間の戦いの末に人類の勝利となった。

 だが、勝利した人類も被害が大きく、しばらく宇宙怪獣との戦いは小康状態になるのであった。

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