第二部 火星陥落戦

第二十三章 新たなる潮流

「伍長! 突出しすぎだ!」

 ユウは通信越しに僚機に向かって怒鳴る。慌てた様子でユウの隣に戻ろうとするモビル・トルーパーをユウは援護をする。

『す、すいません、曹長』

「大丈夫、だけどまたすぐに来るよ……散開!」

 ユウの言葉に僚機が慌てた様子でその場から離れる。ユウも迎撃しながら宇宙空間を飛び回る。ユウも逃げ回りながら射撃をするが、それは余裕で躱されてしまう。

「うん?」

 その動きにユウは違和感を感じた。そんな大げさに躱す必要がなかったのに慌てた様子で躱したように見えたからだ。

「……あ、なるほど。あの機体に乗っているのは新人か」

 地球圏決戦を潜り抜けたユウは戦場でも冷静に見れるようになっていた。そのユウが今追ってきている機体は新人だと判断した。

 そこからユウは少し機体のブーストを少し抑える。新人が追ってこれるようにだ。新人の射撃を避けながらユウは間合いを図る。

 そして新人の機体がユウの間合いに入ってからは素早かった。機体をすばやく返しながら抜刀。そしてそのまま斬りかかった。

「チェストォ!」

 気合一閃。ユウを追っていた機体は撃墜判定になった。

 しかし、そこでユウは自分のミスに気づく。

「しまった! 伍長!」

 そう、部下の存在である。その瞬間にユウの機体のモニターに少尉に昇進したファン少尉が映る。

『フィーシーズのばかたれ! 新人を一人にする奴がいるか!』

「す、すいません! 伍長は?」

『とっくにフレイル曹長に落とされたよ! お前さんも撃墜判定だ! 反省してろ!』

 その言葉にユウの機体のシステムがダウンする。それを受けてからユウはシートに深く座る。

「やっぱりなれないなぁ……」

 地球圏決戦から三年。カミセ・ユウは曹長に昇進し、部下を持つ身になっていた。





 演習終了後、ユウは機体を母艦であるユリシーズに着艦させる。その後にはユウの部下となった新人パイロットが続いていた。

 ユウがコクピットを開くと顔なじみの整備員が覗き込んでくる。

「よぉ! またやったそうだなフィーシーズ!」

「ほんと……そろそろ自分のダメさが嫌になってきますよ」

 ユウの言葉に整備員が笑い飛ばす。

「そのための演習だろうが。本番でやらかさないためにな。機体のほうはどうだ?」

「あ、右足のバーニアの調子が少し悪いみたいです。確認をお願いします」

「あいよ」

 ユウは整備員とそんな会話をしてから機体から離れる。するとユウの僚機を務めていた機体から赤毛の少女が降りてくる。ユウはその少女に声をかけた。

「伍長!」

「曹長」

 赤毛の少女がユウの僚機を務めていたローザリンデ・フレスベルグ伍長であった。フレスベルグ伍長は慌てた様子でユウに敬礼してくる。ユウも苦笑しながら敬礼を返した。

「ごめん、伍長。また僕の悪い癖が出ちゃって単機にしちゃって」

「い、いえ……自分も自分のことだけで精一杯でしたので……」

「新人は自分のことだけでいいんだよ」

「ぐえ!」

「しょ、少尉!」

 二人のところにやってきてユウの首に腕を回してきたのは少尉に昇進したファンであった。

「フレスベルグはよくやっていたよ。問題はフィーシーズだ!」

「少尉! しまってます!」

「しめてんだから当たり前だろうが!」

 ユウの必死にもがくが、ファン少尉からは逃げられない。

「お前は何回同じこと言わせるんだ! ルーキーは自分のことに手いっぱいになるんだから、それをフォローするのが僚機のベテランの仕事だ!」

「じ、自分はまだベテランっていうほど経験積んでません!」

「アホ! 地球圏決戦で戦功をあげたら扱いはベテランだ!」

 ユウの反論もファン少尉は一蹴である。

 地球圏決戦で被害を受けたのは戦艦などの物資的被害だけでなく、パイロットなどの人的被害も大きかった。そのために生き残ることができたパイロットの多くが昇進や所属艦の変更があった。

 ユウが所属していたキッペンベルク小隊はキッペンベルク少尉が大尉に昇進の上にユリシーズモビル・トルーパー部隊の大隊長に昇進したことによって、ファン曹長が少尉に昇進して新たにファン小隊となっていた。

 そしてファン小隊の最初の問題となったのがユウの新人パイロットに対するフォロー能力の低さであった。

 もともと、ユウはパイロットとしての腕前が高いわけではない。それでも戦功をあげれたのはキッペンベルク大尉とファン少尉という人類の中でもトップクラスのエースにフォローしてもらったおかげだ。

 そしてユウがフォローする側になってユウにフォロー能力が皆無ということが判明した。これに頭を痛めたのが小隊長であるファン少尉であった。

 いいアイディアが浮かばなかったファン少尉はとにかく訓練をすることにした。ユウとフレスベルグ伍長の二機編成でとにかく訓練をし始めたのだ。

 幸いなことに他の小隊も似たような悩みをもっていたために協力者には困らなかった。だが、どれだけ訓練を積んでもユウの問題は解決することがなかった。

 良い言い方をすれば集中力があるということだが、実際にはユウは敵機と相対すると味方が頭の中から抜けてしまうのだ。

「よぉ、苦労してるみたいだな、ファン少尉」

「お、キッペンベルク大尉じゃないですか」

 そこに通りかかったのは書類を持ったキッペンベルク大尉であった。ユウとフレスベルグ伍長も慌てて敬礼する。

 それにキッペンベルク大尉は軽く敬礼を返しながらユウに声をかける。

「ダメみたいだな、フィーシーズ」

「う」

 キッペンベルク大尉の言葉にユウは図星をつかれた表情になる。

 そんな反応を見ながらキッペンベルク大尉は顎を撫でる。

「まぁ、最初はそんなもんだ。幸いなことにしばらくは宇宙怪獣との戦闘もなさそうだからな。訓練を続けろ」

「大尉、何かコツとかありませんか?」

 大隊長になったと言っても元々はキッペンベルク大尉はユウの小隊長だったので関係は気安い。キッペンベルク大尉の人柄も多分にあるが。

「そうだな……フィーシーズ、お前さんが初陣の時にはどんな感じだった?」

「とにかく怖かったです」

「そうだな。それで宇宙怪獣に追い掛け回されてうんこ漏らしたからな」

「大尉!」

 キッペンベルク大尉とファン少尉はユウの反応にゲラゲラと笑い、フレスベルグ伍長はどうしていいかわからないのか、苦笑を浮かべている。

「最初のうちはどんなエースの腕前をもっていても怖いもんさ。問題はその『怖さ』をどうやってフォローしてやるかだよ」

「『怖さ』のフォロー……どういうことですか?」

 ユウの問いにキッペンベルク大尉は軽く肩を竦める。

「ちったぁ自分で考えろ。それと、次の大規模演習の相手は『怖さ』を体験するにはもってこいかもな」

「へぇ、どこが相手です」

 ファン少尉の言葉にキッペンベルク大尉は書類をひらひらとふりながら口を開く。

「フォックスハウンドに移動になったコアーのところだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙を駆ける 惟宗正史 @koremunetadashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ