宇宙を駆ける

惟宗正史

第一部 地球圏決戦

第一章 初陣

 カミセ・ユウ伍長はモビル・トルーパーの中で何度も計器を確認している。

「各センサー……異常なし。各兵装……異常なし。スラスター……異常なし」

 全ての計器は異常なしを示している。

 当然だ。ユウの搭乗しているモビル・トルーパーはユウと同じくこれから初陣を踏むピカピカの新品だ。整備班もしっかりと整備してくれている。

『よう、ルーキー。緊張しているのか?』

 モニターに現れたのはユウの直接の上官にあたるヒューガ・キッペンベルク少尉であった。ユウはそれに慌てて敬礼をするが、キッペンベルクは面倒そうに手を振る。

『固くなるなよ。そんなんじゃ出撃してすぐにくたばっちまうぞ』

「じ、自分は死ぬのは怖くありません!」

 ユウは訓練学校時代の癖でつい強がってしまう。仕方ないことだ。訓練校では弱気なことを言えばすぐに教官の拳が飛んできた。もともと弱気な性格だったユウは殴られたことは一度や二度ではない。

 そんなユウを見てキッペンベルクは楽しそうに笑い声をあげた。

『おい、聞いたか曹長! 新人君は死ぬのが怖くないってよ』

『立派なもんですね。俺は帰れるんだったらすぐにでも地球に帰りたいですよ』

 ユウと同じ小隊のファン・ギホン曹長が楽しそうに通信に混ざってくる。からかってくるような二人にユウはムキになって言葉を返そうとするが、その瞬間に新しいモニターが開く。

 映っているのは壮年の男性。ユウ達が搭乗している戦艦ユリシーズの艦長であるオズイン・フリューゲル中佐であった。

『ユリシーズの乗組員全員に告げる。間も無く宇宙怪獣と戦端が開かれる』

 その言葉にユウはモビル・トルーパーの操縦桿を強く握り締める。

『我々にとってはいつもの戦いだ。地球を守るために宇宙怪獣を撃退する。何十年も行なってきた作業だ』

 そしてフリューゲル中佐は一度言葉を切る。

『死ぬな。決して死ぬな。今回は新人が多いから付け加えて言っておく。地球で習ったことは忘れろ。地球や人類のために戦うなどと思うな。好きなあの子を守りたいと考えろ』

 フリューゲルの言葉にユウは衝撃を受ける。地球の訓練校にいた時は『地球を守るために死ね。死ぬことは誉れだ』と教えられた。

 だが、フリューゲル中佐は決して死ぬなと言う。

 困惑しているユウを見てキッペンベルク少尉とファン曹長は笑って見ている。

『ユリシーズが所属する第十三艦隊の一斉射撃後、モビル・トルーパー部隊は発艦させる。さぁ、行くぞ諸君。生き残るための戦いだ』

 その言葉を最後にフリューゲル中佐の通信が切れる。そして今度は黒人の男性の姿が現れた。ユリシーズのモビル・トルーパー部隊を率いるボン・ライアン大尉だ。

『全員、艦長の通信は聞いたな。特にルーキー供! 地球で学んだことは忘れろ! ここは戦場だ。何が起こるかわからんぞ。ルーキーは今回、宇宙怪獣を落とすことは考えるな。まずは生き残れ!』

その言葉の直後にユリシーズのオペレーターの女性の顔が画面に表示される。

『艦隊の一斉射撃が開始されました。このまま距離を詰めると1分後に空戦宙域に入ることになります』

『聞いたな! 1分後には星の海に出ることになる。各小隊、一人も欠けるなよ! 生きて戻ってきた新人には俺秘蔵の酒を飲ませてやる!』

『了解!』

 ライアン大尉の言葉にユリシーズのモビル・トルーパーのパイロット全員から返答が帰ってくる。その返答にライアンは満足そうに頷くと通信を切った。

 すると今度はキッペンベルク少尉がユウの機体のモニターに映った。

『どうだルーキー。今回の戦いでお前がすべきことはなんだ?』

 ニヤニヤしながら言ってきたキッペンベルク少尉にユウは少し考え込むが、すぐに口を開いた。

「生き残る事であります!」

『その通り! 地球から来た連中は死にたがりが多くて困るが、ルーキーは頭が柔軟で助かる。いいか、ルーキー。戦場では常に俺と曹長についてこい。決して逸れるなよ』

『おいルーキー。戦場は恐ろしいところだぜ? 小便を漏らすなよ?』

 すると今度はファン曹長がからかいながら言ってくる。それにユウは真面目な表情で口を開いた。

「オムツ持参でついていきます!」

 ユウの言葉を聞いた二人は大笑いする。

 すると再び先ほどの女性オペレーターがモニターに映った。

『宇宙怪獣と接敵します! モビル・トルーパー隊は発艦をお願いします!』

 オペレーターの言葉を聞いたキッペンベルク少尉とファン曹長は真剣な表情になる。そこには長く前線で戦い続けた男の顔があった。

 二人の表情を見てユウも背筋が伸びる。

 その瞬間にライアン大尉がモニターに現れる。

『全機発艦!』

 その言葉と同時にユリシーズの下部ハッチが開かれ、小隊ごとに出撃していく。

『ルーキー、準備はいいか?』

「大丈夫です!」

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは力強く答える。そしてカタパルトにキッペンベルク中尉、ファン軍曹、ユウの機体がカタパルトに乗る。

『よぉし! キッペンベルク小隊! 行けるぞ!』

『生きて帰ってきてくださいよ!』

『当たり前だ。俺は死ぬ時は地球のベッドの上だと決めているんだ』

 整備員の通信にキッペンベルクは笑顔で答えている。それにユウは内心で感嘆する。

(すごい。これが長く前線に配属されているパイロットか)

 そして一度大きく深呼吸するとユウは力強く操縦桿を握る。

『キッペンベルク小隊。出撃お願いします』

『よし来た! 行くぞ、ファン曹長、カミセ伍長!』

『「了解!」』

 キッペンベルク少尉の言葉と同時にカタパルトから三人が乗っているモビル・トルーパーが射出される。

「G ……きっつ……!」

 射出のGにユウは歯を食いしばって耐える。するとすぐに満点の星が輝く宇宙に飛び出した。

 その幻想的な光景にユウは目を取られる。

「綺麗だ……」

 幻想的な星の瞬き。それだけながらここが平和な場所だと勘違いしてしまいそうだった。

 ユウを現実に戻したのはモビル・トルーパーの警戒音だ。

 その音を聞いた瞬間にユウは操縦桿を動かして即座にその場から避ける。

 ユウの機体がいた場所を巨大な異形の化物が貫いていく。

「こいつが宇宙怪獣……」

 ユウの言葉に反応したわけではないだろうが、宇宙怪獣は反転してユウに襲いかかってくる。一番小型の『ポーン型』と呼称される個体ではあるが、それでも巨大なモビル・トルーパーと同じくらいのサイズはある。

「こんのぉ!」

 ユウは持っていたライフルでポーン型に射撃する。だが、ポーン型の宇宙怪獣はユウのライフルの射撃を避けながらユウへと突っ込んでくる。

「クソ!」

 必死に逃げ回りながらポーン型に向かって射撃するユウであったが、ついに近寄られてしまい、ポーン型から生えている異形の腕に掴まれてしまう。

「ガ!?」

 機体内に響き渡るアラーム音と衝撃。その衝撃でユウは一瞬だけ意識を飛ばす。

『いやだ! 死にたくな……!』

 そしてそのオープン通信が入ったことでユウの意識は覚醒する。その声は聞き覚えがあった。一緒にユリシーズに来た時に移送艦の中で隣に座って話をした青年の声だ。

「し、死んだのか……?」

 死んだのだろう。証拠のように様々な怒号や罵声が飛び交うオープン回線に彼の声は無くなっている。

(い、いやだ……僕は死にたく……)

「僕は死にたくない!」

 ユウは叫びながら背中にマウントされていた高周波ブレードを抜き、ユウの機体を掴んでいる異形の腕を切り落とす。

「生き残ってやる! 絶対に生き残ってやるぞ!」

 ユウは切り落としたポーン型の腕を振り払いながら機体を動かす。それはポーン型から逃げるようであった。

「キッペンベルク少尉! ファン曹長! 助けてください! 死にたくない! 僕は死にたくないんだ! 誰か助けて!」

 必死に通信機に向かって叫ぶユウ。しかし、それに答えてくれるパイロットはいない。当然だ。誰もが自分が生き残ることに必死なのだ。

 そしてユウの機体に先ほどのポーン型が追いついてくる。そして再びユウの機体を掴むように異形の腕を伸ばしてきた。ユウにはそれが死神の鎌に見えた

「クソ! クソクソクソクソ! 死んでたまるかぁぁぁぁぁ!」

 ユウはそう叫びながら高周波ブレードとポーン型に向かって突き刺す。

 するとポーン型は弾け飛ぶように爆散した。

 宇宙怪獣の紫色の血をユウの機体は浴びる。そしてユウは放心したように操縦桿から手を離してシートに座り込む。

「た、倒したのか?」

『倒したのは立派だが戦場で棒立ちになるな!』

 その叱咤にユウは即座に操縦桿を握って機体を動かす。すると背後から別のポーン型がユウのいた場所を貫いて行った。即座に再び逃亡しようとしたユウだったが、その必要はなくなった。

 キッペンベルク少尉とファン曹長の機体がそのポーン型を落としたからだ。

「キッペンベルク少尉! ファン曹長!」

『ようルーキー。初陣で一機撃墜は立派だが、俺達から離れるなって言っただろ』

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは泣いてしまう。しかし、ヘルメットをかぶっているために涙を拭うことはできない。だが、ユウは必死になってその涙を止めるように努力するが、全く止まらない。

『ルーキー、泣くのはまだ早いぞ。泣くのは生きてユリシーズに帰ってからだ』

「は、はい! すいません、ファン曹長!」

 ファン曹長の言葉に謝りながらもユウの涙は止まらない。

『まぁいい、ルーキー。戦場ではこっちが優勢だ』

『最近だと珍しいんじゃないですか、少尉』

『確かにな。この泣き虫があるいは勝利を運んできてくれたのかもしれんぞ』

『ハハハ、そいつはいいや! この泣き虫がですか!』

『何もともあれもうちょい生き残れば今回も生存だ。行けるか、ルーキー?』

「は、はい!」

 キッペンベルク少尉の言葉にユウは慌てて操縦桿を握る。

『先頭は俺。ケツには曹長がつけ』

「は、はい!」

『ルーキー、出鱈目に撃って俺や少尉に当てるなよ』

「気をつけます!」

 ユウの返答にキッペンベルク少尉とファン曹長からは笑い声が出る。

『それじゃあ行くぞ! 漏らすなよルーキー!』

「もう大きい方を漏らし済みです!」

『ハッハァ! それじゃあもっと漏らしていけよ!』

 ファン曹長の言葉にキッペンベルク少尉も大爆笑するのであった。

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