第七章 ブリーフィング
ユリシーズが所属する第十三艦隊第二分艦隊はあと数日で地球連合軍の本拠地であるジェネラル・レビルに帰還するところまで来ていた。各パイロットがすでに帰還後にどうするかで盛り上がっていたところで、急遽モビル・トルーパーパイロットに召集がかかった。
ユウが少し遅れてブリーフィングルームに入ると、すでに多くのパイロットが集まっていた。
「フィーシーズ!」
最近は慣れてきた呼ばれ方にユウが振り向くと、ファン曹長が手招きをしていた。隣にはキッペンベルク少尉も座っている。
ユウは小走りで近寄り二人の隣の席に座る。
「曹長、早いですね」
「フィーシーズは俺がこういう場には遅刻しそうに見えるか?」
「え!? い、いえ! そんなことは!」
ファン曹長の言葉にユウが焦って否定すると、ファン曹長は楽しそうに笑った。
「正解だ。今回は他のパイロット連中と酒を飲んでいた時に召集がかかってな。遅刻しないで来た」
「え? うわ! 本当に酒臭いですね曹長!」
ユウが思わず言ってしまうと、ファン曹長は笑いながら腕をユウの首に巻きつける。酒臭さと首の苦しみから必死にもがくユウ。だが、体格差をどうにかできず、ファン曹長を振りほどくことができない。
「あんまり虐めてやるなよ、曹長」
「お、少尉はそう言いますがね。フィーシーズの奴、ちょっと女性陣の間で可愛らしいって評判になっていて生意気なんですよ」
「ぼ、僕は可愛いって言われて不本意なんですよ!」
「生意気なことを言う口はこれか! これか!」
ユウの言葉にファン軍曹は笑いながらユウの口を引っ張る。周囲を止めるどころかファン軍曹を囃し立てる始末だ。
「よし、全員集まっているか!」
するとユリシーズのモビル・トルーパー部隊の大隊長であるライアン大尉が入室してくる。
「ライアン大尉、コアー小隊の連中が来ていませんよ」
「あいつらに団体行動を期待しちゃいないよ。あとで通信でも送っとくさ」
コアー小隊というのはユリシーズのモビル・トルーパー部隊の中でも屈指の腕利きの小隊である。だが、素行に問題があり、ブリーフィングをサボることなど毎度のことであった。
ライアン大尉もそれを理解しているので軽く肩をすくめるだけだ。
「さて、諸君。あと数日で我が艦はジェネラル・レビルに入港する」
ライアン大尉の言葉にパイロット達は指笛を鳴らしたりして喜びを表現する。なにせジェネラル・レビルに入ったら休暇に入れるのを知っているからだ。
「だが、残念な知らせだ。休暇に入る前にちょっとした任務が入った」
ライアン大尉の言葉は劇的だった。喜んでいたパイロット達から一斉にブーイングが始まったのだ。
誰だって休みを潰されて仕事にされるほど嫌なことはない。特に生きて帰れたことが決まった直後なのだ。
ライアン大尉が落ち着けというジェスチャーをすると、素直に静かになるパイロット達。貧乏くじを引かされることで有名な第十三艦隊の中でも戦艦ユリシーズはその優秀さから特に働かさられることが多い。
つまりパイロット達も急な任務に慣れているのだ。
「まぁ、今回は命がかからないから安心しろ」
「そうなると偵察任務ですか?」
フランシス少尉の言葉にライアン大尉は首を振る。
「今回は演習任務だ」
「おいおい! 俺達はこの間も新人のピクニックに付き合ってやったばっかりだぜ! またピクニックに付き合うのかよ!」
ファン曹長の言葉にブリーフィングルームに爆笑が溢れる。当然のようにファン曹長が言ったピクニックとはユウ達が初陣を飾った戦闘のことだ。
ユウは戦闘をピクニックと言い切るファン曹長の胆力を素直に感嘆した。ユウはあの恐怖をピクニックと言い切ることはできない。
「それは違うぞ、曹長」
「違うとはなんですか、少尉」
そしてファン曹長の言葉に否を唱えたのはファン曹長の直接の上司にあたるキッペンベルク少尉だ。
キッペンベルク少尉はニヤリと笑いながら口を開く。
「ピクニックってのはもっと真面目にやるもんだ」
「なるほど! 確かに!」
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長が同調すると、再びブリーフィングルームに笑いが溢れる。
そしてライアン大尉が笑いながら手を叩いて静かにさせた。
「さて、今回の演習の相手はすごいぞ」
ライアン大尉はそう言いながら全員を見渡しながら口を開いた。
「相手はカスペン戦闘大隊だ」
その言葉にパイロットの一人が口笛で葬送曲を口ずさむ。ユウも思わず出かけた悲鳴を押しとどめるのに苦労した。
カスペン戦闘大隊。第一艦隊に所属する『最強』のモビル・トルーパー部隊だ。アルベルト・フォン・カスペン大佐が率いるそのモビル・トルーパー部隊は多くの功績によって彩られている。エースが集まる部隊であり、カスペン戦闘大隊だけで三個艦隊分の『ポーン型』宇宙怪獣を撃滅させたのは有名な話だ。
「正気ですかい? 大尉」
「残念ながら公式の命令だ。命令文書も見るか」
一人のパイロットの言葉にライアン大尉はバインダーについた命令書をヒラヒラと揺らす。それが事実だということに気づいたのか、パイロット達からうめき声が出てくる。
「絶望するにはまだ早いぞ」
ライアン大尉は面倒そうに顔をしかめながら言葉を続ける。
「なんとカスペン戦闘大隊には新型のモビル・トルーパーが配備され、その慣熟訓練に付き合えだそうだ」
「相手がカスペン戦闘大隊の上に新型とかクソすぎるでしょうよ」
パイロットの一人が思わず呟く。人類最強の部隊に新型の兵器。
「おい、フィーシーズ。これを日本では『オーガにメイス』って言うんだろ」
「鬼に金棒ですね。その通りだと思います」
一人のパイロットの言葉にユウが頷く。
「さて、相手の新型には数に限りがあるらしくてな。こちらも数を合わせる必要がある。なのでこれから演習に参加する小隊を読み上げる」
そしてライアン大尉が小隊名を挙げていく。その中には当然のようにキッペンベルク小隊の名前があった。
「以上が今回の演習に参加する小隊だ」
「大尉! 大尉の小隊名がありませんが?」
一人のパイロットの言葉にライアン大尉はイイ笑顔を浮かべる。
「いやぁ! 残念ながら俺の小隊は機体の損傷が酷くて参加できない! いやぁ! 残念だなぁ! せっかくカスペン大佐に鍛えてもらういい機会なのになぁ!」
「こいつ逃げやがったぞ!」
「汚ねぇぞ! てめえの機体はたいして損傷してねぇだろ! 他の小隊に入って参加しろ!」
「むしろ俺と代わってくれ! 代われよ!」
「黙れ黙れ! もうすでに決まったことだ! 艦長からも許可はもらった!」
パイロット達のブーイングを怒鳴って黙らせるライアン大尉。自分の権力を使って地獄から逃げたライアン大尉に対するブーイングは止まらない。
「じゃあ頑張れよ諸君! 俺は酒でも飲みながら見物させてもらう!」
そしてライアン大尉は最後に中指を立てると逃げるようにブリーフィングルームから出ていく。その後ろ姿に向かってパイロット達は罵声を浴びせるが、途中で諦めたのか小隊ごとに会議をしながらブリーフィングルームから出ていく。
ユウもキッペンベルク少尉の後に慌ててついていく
「少尉、演習はどうされるんですか」
「どうするも何もやるしかないだろうさ」
「フィーシーズが言いたいのはどう戦うかってことでしょうよ」
ファン曹長の言葉にユウはコクコクと頷く。キッペンベルク少尉はその言葉に困ったように頭をかく。
「どうするって言われてもなぁ。いつも通りに戦うしかないだろう」
「となると他の小隊との連携も必須になりますよ。今回の戦いでわかりましたが、新人は困った腕前の奴が多い」
「それも含めての演習なんだろうよ。少しでも実戦訓練を積ませるためにな」
「……まぁ、宇宙怪獣相手よりかはマシですかね」
「ですが相手はあのカスペン大佐ですよ? 勝てるんですか?」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉は呆れたような表情になる。
「おいおいフィーシーズ。勝てると思っているのか?」
「え? 勝てないんですか?」
ユウはキッペンベルク少尉の言葉に少し驚く。そんなユウに今度はファン曹長が乱暴に頭を撫でる。
「無理無理。相手はあのカスペン戦闘大隊の上に新型だぞ? 勝てるわけないだろう」
ファン曹長の言葉にユウは少しムキになる。
「ですが! 最初から負ける気持ちで戦うのは違うと思います!」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉とファン曹長は呆気に取られるがすぐに笑い出した。
「顔に似合わず負けず嫌いだな、フィーシーズ」
「そ、そうですかね……」
「そこで弱気になるなよフィーシーズ!」
キッペンベルク少尉の言葉にユウが少し弱気になると、ユウの首をファン曹長が締め始める。もがくユウを尻目にファン曹長はキッペンベルク少尉に話しかける。
「で? どうします?」
「うちの新人がせっかくやる気を見せたんだ。勝ちにいってみるか」
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長は楽しそうに笑うのであった。
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