第八章 模擬戦
ユウは緊張しながら操縦桿を動かす。画面に映るのは僚機であるキッペンベルク少尉とファン曹長の機体だけでなく、何十機ものモビル・トルーパーが編隊を組んでいる。
地球圏に戻ったユリシーズは艦隊から離れて模擬戦予定宙域へと向かった。模擬戦予定宙域にはすでに多数の観測艦が集結しており、新型への注目が高いことをうかがい知ることができた。
キッペンベルク少尉が中心になって作った作戦案に大隊長であるライアン大尉は笑いながら許可をだし、作戦案を聞いたフリューゲル中佐は呆れていた。
「しょ、少尉。上手くいきますかね?」
『うん? まぁ、難しいだろうな』
不安になって溢れたユウの質問にキッペンベルク少尉はあっけらかんと答えた。そのあまりに軽すぎる答えにユウは絶句する。
二人の会話に笑いながら混ざってきたのはファン曹長だ。小隊通信を使っての会話のために二人の会話が聞こえたのだろう。
『おいおいフィーシーズ。相手は百戦錬磨のカスペン大佐だぞ? 小細工なんざ正面から踏み潰されるに決まっているだろ』
「そ、それじゃあ今回の作戦は?」
ユウの問いに通信画面に映っているキッペンベルク少尉はニヤリと笑った。
『まぁ、カスペン大佐をからかうための作戦だな』
「……それってカスペン大佐怒りませんか?」
『残念ながら作戦を開始した時点でカスペン大佐の怒りを買うのは決まっているな』
『また永遠と腕立てですかねぇ』
『作戦立案はライアン大尉ってことにしといた。あの人もこんな罰ゲームから逃げたからにはそれくらい役立ってもらわないといけないだろ』
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長は大笑いしている。ユウはそれを聞いてがっくりと肩を落とす。
模擬戦をやるからには勝ちたいと言ったユウであったが、それを聞いてやる気を出してくれた上官の考えた作戦がまさか相手の隊長……しかも人類にとっては生きる英雄であるカスペン大佐をからかうための作戦だと聞いては呆れるしかない。
『だが、まぁ。うまいことハマってくれればワンチャンあるだろ』
「カスペン大佐が引っかかりますかね?」
『甘いな、フィーシーズ。カスペン大佐だからこそこの作戦は引っかかるんだよ』
ユウの言葉にキッペンベルク少尉は自信があるように言うが、ユウにはカスペン大佐がブチギレる様子しか見えない。
『もうまもなく模擬戦宙域です』
オペレーターの声だけの通信が機体内に響く。その言葉にユウは再び緊張してしまう。模擬戦の相手がカスペン大佐というのもあるが、今回の作戦は新人達にも大きな役割が与えられているからだ。
『よし、望遠だと相手が視認できる距離になってきたな』
キッペンベルク少尉の言葉にユウはモビル・トルーパーのカメラを望遠に切り替える。すると綺麗な編隊を組んだ新型のモビル・トルーパー部隊がいた。
そして先頭にはカスペン大佐の専用機の証の真っ白に塗装され、肩にメビウスの輪が描かれた一機のモビル・トルーパー。
するとオープン通信が入ってくる。
『カスペン戦闘大隊に所属する全機に告げる。我々は人類の盾である! その誇りを決して忘れることなく今回の模擬戦に挑め! 相手はエース部隊で知られるユリシーズのライアン隊である! 決して侮ることはするな!』
初老に入ったと思わしき男性の声だが、その言葉には威厳と力強さに満ち溢れていた。そしてその言葉に対する返事もまた自信のつまった力強い返事であった。
ユウは緊張して流れた汗を拭こうと思ったが、自分がパイロットスーツでヘルメットをかぶっていたことを思い出して、軽く頭を小突く。
(落ち着け。まだ初陣の時の方が……いや、落ち着いていなかったな)
初陣の時の自分の醜態を思い出してユウは顔に熱が集まるのを感じる。今回もキッペンベルク少尉やファン軍曹に無理やりオムツをつけられて出撃していた。その際に整備兵からも「今回は漏らすなよ!」とからかわれた。
『模擬戦宙域まであと3秒』
オペレーターのカウントが始まる。
『2』
ユウは一度大きく深呼吸をする。
『1』
そしてユウは力強く操縦桿を握る。
『模擬戦開始です!』
『よし! 散開! 逃げろ!』
『なにぃ!?』
カスペン大佐の驚愕の声を聞くヒマもなく、ユリシーズ部隊は一機一機バラバラに逃げ始める。ユウも必死になってカスペン戦闘大隊から逃げ始めた。
『貴様ら……! 逃げるとは何事かぁぁぁぁぁぁぁ!』
オープン回線でカスペン大佐の大激怒の声が聞こえる。
(あ、オムツしてきてよかったかも)
その迫力にユウは軽くちびった。
しかし、ユリシーズ部隊は止まらない。機体性能全開であらぬ方向に逃げる。
『すいませんね! カスペン大佐! 我々はボスであるヤン中将から『勝てない戦いからは逃げろ』と命令されていまして!』
『えぇい! 忌々しい!』
キッペンベルク少尉の言葉にカスペン大佐は吐き捨てる。流れ弾を食らったヤン中将は映像を見ながら困ったように頭をかいているだろう。その光景はユウにも容易に想像がつく。
『追え! あのお調子者どもを一機残らず叩き落とせ!』
カスペン大佐の言葉に呆気に取られていたカスペン大佐の部下達もユリシーズ部隊を追い始める。
しかし、すでにユウを始めとした新人達は指示されたポイントに到着している。
ユウはそこで機体のモニター以外の機体の電源を切ってしまう。こうすると味方からも位置は把握されないが、敵からも見えない。
そして軽い衝撃。
『フィーシーズは上手くいくと思う?』
機体同士を接触させてその振動で機体同士の会話をする『お肌のふれあい会話』をしてきたのはユウと同じポイントに隠れているフレイル伍長であった。ユウは機体がシグナルを出していないことを確認してから会話に応じる。
「わからない。でも上手くいって欲しいと思う」
『勝ちたいから?』
「いや、少しでもカスペン大佐の怒りが収まって欲しいから」
ユウの本音にフレイル伍長は笑い声をあげた。だが、すぐに笑い声を引っ込めて真剣な声を出した。
『来たわ』
「え?」
『天底方向よ』
フレイル伍長の言葉にユウがカメラを動かすと、三機の新型に終われるユリシーズ部隊の機体があった。
「あの機体はリイ曹長?」
『そうね。ペギーさんの機体だわ』
「すごい……三機を軽く翻弄している……」
『なんでもペギーさんはカスペン戦闘大隊に誘われたらしいわよ。柄じゃないって断ったらしいけど』
フレイル伍長の言葉にユウはそりゃそうだと頷く。無口でクールと言ってもリイ曹長もユリシーズ部隊の一員だ。カスペン戦闘大隊には合わないだろう。
リイ曹長は機体性能の差と数の差があるにも関わらず相手の三機を翻弄している。それだけの腕前があればキッペンベルク少尉から逃げ役を任されるわけである。
『そろそろよ』
「わかってる」
フレイル伍長の言葉にユウは答える。そして再び力強く操縦桿を握りしめた。
カスペン戦闘大隊の三機はリイ曹長の機体をなんとか追い詰めるように動いているが、リイ曹長はその動きを見透かすかのように動き回っている。
そしてユウ達の出番がくる。
「行きます!」
『行くわよ!』
ユウとフレイル伍長は即座に全ての電源を立ち上げて操縦桿を全力で倒す。バーニアを全開にしながらリイ曹長を追っていた三機の後ろから襲いかかる。
ユウはライフルを一機に撃ち込みながらその機体に向かって突っ込む。同時に飛び出したフレイル伍長はユウが狙っている機体の隣を狙ったらしく、相手のコクピットに当たって撃墜判定をとっている。
『よっし! 次!』
フレイル伍長の通信を聞きながらユウは最初から狙っている一機に向かう。
思い出すのは出撃前にキッペンベルク少尉から言われた言葉。
(いいか、フィーシーズ。お前さんの射撃の腕ははっきり言ってダメだ。だが、近接の思い切りがいい。だから恐怖に打ち勝って近接に賭けろ)
ユウはキッペンベルク少尉の言葉を思い出しながら高周波ブレードを抜く。模擬戦仕様のために斬れはしないが、一撃でも当てれば撃墜判定になるだろう。
ユウが狙っていた機体がユウに威嚇射撃しながら距離を取ろうとするが、ユウはそれ以上の速度でその機体に突っ込む。
「チェストォ!」
掛け声一閃。ユウのモビル・トルーパーは追っていた一機を撃墜判定にする。
それを確認してユウは疲れたようにシートに背中を預ける。
『休むのは終わってから』
リイ曹長の言葉にユウは慌てて操縦桿を握りしめる。隣にはいつの間にかリイ曹長の機体が来ていた。
『あれ? ペギーさん。残りの一機は?』
『とっくに落とした』
フレイル伍長の言葉にリイ曹長は簡潔に返す。その言葉にユウは唖然とする。ユウとフレイル伍長が一機落とそうとしていた間にリイ曹長はさっさっと片付けていたのだ。
『フィーシーズ、落とすまでの動きはよかったけど、その後がダメね。休むのは全部終わってからよ』
「は、はい!」
リイ曹長の言葉にユウは背筋を伸ばして答える。
『ペギーさん! 私はどうですか!』
『悪くない。でも一機に集中して他の機体を見失っちゃダメよ』
『はい!』
リイ曹長の助言にフレイル伍長は元気よく答える。
『さ、隣でコアー小隊の連中が苦労しているようだから援護しに行くわよ』
『「了解!」』
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