第九章 アルベルト・フォン・カスペン

「ふむ」

 カスペン大佐はコクピットの中で一人呟く。レーダーにはユリシーズ隊に複数で追いかけられ落とされるカスペン戦闘大隊の機体がいた。

「なるほど、小癪な真似をする」

 どこか楽しげに呟くカスペン大佐。カスペン大佐とて罠があるのは承知していた。

 部下達の技量ならそれすらも踏み潰すという自信があったからこそ、あえてユリシーズ隊の動きに乗ったのだ。

 当然、敵前逃亡をかましたユリシーズ隊に対する怒りはあったが。

「やはりヤン中将の部下は腕がいい。性格はまるでダメだが」

 そしてカスペン大佐の暴言は彼らの総大将にまで飛び火する。ヤン中将もこの言葉を聞けば困ったように頭をかくだろう。

 そしてカスペン大佐はニヤリと笑いながら操縦桿を握る。

 そして一気に操縦桿を倒した。同時にかかる機体へのG。老体に入り始めたカスペン大佐の身体が軋むが、カスペン大佐はそれでやめるどころかさらに速度を上げる。

 そしてあっという間に一機を追い回していたユリシーズ隊の機体をターゲットに入れる。

「まずひとぉぉつ!」

 叫びと同時にカスペン大佐専用のロングビームライフルを射撃。一機をあっという間に撃墜判定にする。撃墜判定を確認することなく、カスペン大佐はサーベルに持ち替え、逃げようとする一機に追いついて振り払う。斬られた機体も撃墜判定となった。

「ふむ、二機だけか。逃げ足の速い連中だ」

 そして周囲にはユリシーズ隊の機体はいなくなっている。カスペン大佐が動いたのを見て逃げたのだ。

『申し訳ありません大佐、不覚をとりました』

「相手の方が一枚上手だった。それを忘れるな」

『ハ』

 部下の気持ちが死んでいないことに満足そうに頷くカスペン大佐。

『大佐、この後は?』

「生き残っている味方機を救援し、乱戦にする。乱戦にすればこちらの方が機体性能でも技量でも優っている」

 それがカスペン大佐の判断だ。ユリシーズ隊にはコアー小隊やキッペンベルク少尉、ファン曹長、リイ曹長といったカスペン戦闘大隊クラスの腕前のパイロットもいるが、全体としての総合値ではカスペン戦闘大隊のほうが上だ。

 そしてカスペン大佐はとあるボタンを押す。すると大佐の機体からビームフラッグが出る。ビームフラッグは乱戦などで隊長機の位置や存在を知らせるためのものだ。

 そしてカスペン戦闘大隊ではそれはこう意味する。

『現在の戦域から離脱しつつ大隊長機の元に集合せよ』

 カスペン大佐のビームフラッグが戦場に翻ってから、すぐになんとか交戦していた機体や複数の機体に追いかけ回されていた機体達が集まってくる。

 それをカスペン大佐は先頭で堂々と出迎える。奇襲をするならしてこいと言った雰囲気だ。

 しかしユリシーズ隊はその誘いに乗らない。それもカスペン大佐を感嘆させる。

(ふむ、血気にはやった新兵が飛び出てくるかと思ったが……それもなしか)

『大佐、生存機は集合しました』

「何機残った?」

『大佐を含めて19機です』

 この模擬戦では総数を合わせて60機の模擬戦であった。罠にかかったとはいえ三割近くを撃墜判定にされたのである。しかも新型を受領しておきながら。

「これは模擬戦後に特訓だな」

 カスペン大佐の呟きに、通信ごしに声にならない悲鳴があがる。カスペン大佐の特訓は『地獄のほうがマシ』とまで言われる訓練量である。それをくぐり抜けたからこそのカスペン戦闘大隊の技量がある。

『大佐、これからはどうされますか?』

 部下の言葉に答えずにカスペン大佐はモニターを見ながら考える。何機かがカスペン戦闘大隊釣り上げようと動き回っている。

(同じ手が通用すると思っているのか?)

「いや、思ってはいまい」

『は?』

「なんでもない」

 性格に難があるがユリシーズ隊は腕利きだ。それも考えれば。

「今度はエースのほうを隠したか?」

 クックッとカスペン大佐は楽しそうに笑う。

「全機、私についてこい。敵機を発見したら私に知らせろ」

『了解!』





『クソ、当たらねぇ!』

『ダメた! 速い!』

『またやられたぞ! クソったれめあの化け物ジジイ!』

 通信ではユリシーズ隊による罵詈雑言のオンパレードである。ユウも必死に敵機と戦闘しながら宇宙を飛び回る。

 新しい罠をせっせと用意していたキッペンベルク少尉であったが、歴戦の猛者であるカスペン大佐はそれを容易に踏み潰してみせた。そしてカスペン大佐が望み、キッペンベルク少尉が嫌がった正面からの乱戦に持ち込まれたのだ。

 ユリシーズ隊のエースであるコアー小隊やキッペンベルク少尉、ファン曹長、リイ曹長などはカスペン大佐一人にかかりきりになり、ユリシーズ隊は暫定的にフランシス少尉が指揮をとっていたが、徐々に押し込まれていた。

『フィーシーズ! 後ろ!』

「っつぅ!」

 フレイル伍長の言葉に自分で確認せずに回避行動をとる。突然の回避行動に機体と身体が悲鳴をあげているが無視するしかない。

 その甲斐があって敵機の射撃を回避することに成功した。そしてすぐに狙ってきた機体に向かって射撃するが、相手は軽々と避けてしまう。

「ムカつくくらいに腕がいいなぁ……!」

『腕だけじゃないわよフィーシーズ! 機体も一級品! 私も早くあの機体を受領したいわ!』

「僕達みたいな新人まで回ってくるかな!」

『安心して! 新型は新人優先よ!』

 そこまで会話してユウとフレイル伍長は散開する。一機を相手に両側から攻め立てるが、相手はそれを冷静に対処していた。

『あぁもう! 本当にムカつく!』

「全くもって同意見!」

 急造でフレイル伍長と組むことになったが、一機も撃墜判定にすることはできていない。むしろ周囲にいた味方機が少しずつ撃墜判定にされている。

「これが人類のトップエース……!」

『その英雄代表さんは向こうでうちのエース達相手に一人で大立ち回りしているわよ。なんなのあれ? 本当に私達と同じ人間?』

「カスペン大佐が宇宙怪獣って話は聞いたことないから人間じゃないかな」

『トップガンになるにはあそこまで人間辞めないといけないってことね。っとぉぉ!』

 二人が会話に気を取られている間に背後を取られていた。ユウとフレイル伍長は必死になって逃げ回るが、残念ながら機体性能では相手のほうが上である。逃げ切ることはできない。

(だったら……!)

「フレイル伍長! 援護お願い!」

『フィーシーズ!?』

 フレイル伍長の返答を聞かずに機体を反転させるユウ。そして敵機に向かって突っ込む。

(僕はキッペンベルク少尉に踏み込みがいいと言われた! ならそれを生かす!)

 被弾はしつつも、致命傷の攻撃だけは避けてユウは突っ込む。フレイル伍長もユウが何をするのか気づいたのか牽制の射撃を撃ってくれている。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 敵機も距離を離そうとするがもう遅い。ユウは高周波ブレードを引き抜く。

「チェストォォォォ!」

 気合一閃。ユウの一太刀は見事に敵機を撃墜判定にした。

「ふぅ」

 周囲に敵機がいないことを確認して一息つくユウ。フレイル伍長も近くにやってきた。

『フィーシーズ、まだ動ける?』

 その言葉にユウは機体の状況を確認する。左腕と両足が使用不能だが、戦えないわけではない。

「スラスターは動くから囮くらいならできるよ」

『十分、だったら姐さんの援護に行き』

 言葉の途中で響くアラート音。それも大きな揺れとともに止まった。

 ユウが唖然として見ているのはモニターに映し出された撃墜判定を受けた画面。そしてユウは正気に戻った。

「嘘だろ!? どこから!?」

 ユウはキッペンベルク少尉とファン曹長の教えを忠実に守って周囲に敵機がいないことを常に確認していた。それなのに一瞬のロックオンアラートと撃墜判定だ。

『マジなの……?』

「? フレイル伍長は誰に落とされたかわかったんですか?」

 フレイル伍長の機体も撃墜判定を受けたのかペイント弾がついている。恐らくはユウとほぼ同時に撃墜判定にされたのだろう。

『カスペン大佐よ』

「はぁ!?」

 思わずユウが叫んでしまう。そして慌ててモニターをカスペン大佐の方に向けると、ユリシーズのエース達と相変わらずドッグファイトをしているカスペン大佐がいる。

「!?」

 そしてユウは信じられないものをみた。なんとカスペン大佐はユリシーズのエース部隊とドッグファイトをしながら隙を見せたユリシーズ隊の機体をロングビームライフルで撃ち抜いたのだ。

「嘘でしょ……あれ本当に人間かよ……」

『カスペン大佐が宇宙怪獣って聞いたことないから人間なんでしょ』

 ユウとフレイル伍長は唖然としながらそんな会話をするのであった。

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