第十章 戦う理由

『乾杯!』

 ジェネラル・レビルにある大きめのバー。この店は戦艦ユリシーズに所属するモビル・トルーパーのパイロットで満員になっていた。そして全員が上機嫌で酒を次々に胃に入れている。

 ユウはそんなパイロット達を店の隅から眺めていた。最初は輪の中に入ろうかと思ったが、男女関係なく60度を超えるアルコールを笑いながら飲んでいる光景を見てそれはやめておいた。どう考えても一口で潰れる未来しか見えないからだ。

「なんだい、フィーシーズは隅っこにいるのかい?」

「あ、フランシス少尉」

 そこにやってきたのは小隊は違うが何かと面倒を見てくれるフランシス少尉であった。だが、いつも一緒であるリイ曹長とフレイル伍長がいない。

「フランシス少尉、リイ曹長とフレイル伍長はどうされたんですか?」

「ノエルは親から呼び出されて参謀府に行ったよ。ペギーはあそこ」

 フランシス少尉がそう言いながら指差した先にはバーカウンターで一人グラスを傾けているリイ曹長がいた。雰囲気も合わさってとても絵になっている。

 ユウは納得したように頷きながら口を開く。

「確かにリイ曹長は馬鹿騒ぎするよりあちらのほうが似合っていますね」

「そう言ってもペギーが飲んでいるのはアルコール度数97度あるからね」

「どんな肝臓しているんですか……!?」

 フランシス少尉の言葉を聞いて戦慄するユウ。そんなユウの反応を見てフランシス少尉は軽く笑った。

「キッペンベルクとファンはどうしたんだい?」

 フランシスの言葉にユウは黙って指を差す。

 そこには数人と全裸になって大騒ぎしているファン曹長と、それを思いっきり囃し立てているキッペンベルク少尉がいた。

 それを見てフランシス少尉は軽く頷いた。

「いつも通りだね」

「いつも通りなんですか!?」

 フランシス少尉の言葉に驚愕顔になるユウ。なにせ艦内の宴会の時はバカ騒ぎから少し距離をとっていたからだ。

「艦内の宴会の時はあんたがいたから気を使ったのさ」

「……一応、今回も僕はいるんですか」

「慣れろってことさ」

 フランシス少尉の言葉にユウが肩を落とすと、フランシス少尉は笑いながらビール瓶を直接呷る。

「フィーシーズは何を飲んでいるんだい?」

「アップルジュースです」

「なんだい、酒じゃないのかい?」

「お酒は苦手で……」

 ユウの言葉にフランシス少尉は「お子ちゃまだねぇ」と笑った。ビール瓶から直接飲んでいるフランシス少尉を見てユウは疑問に思ったことを聞いてみることにした。

「フランシス少尉。質問してもいいですか?」

「スリーサイズかい?」

「お! フランシス少尉のスリーサイズだって! 俺も興味あるぞ!」

「そのデカおっぱいのサイズはいくつなんだ!」

「ケツのサイズも教えてくれ!」

 フランシス少尉の言葉に集まってきたパイロット達をフランシス少尉は笑いながら殴り飛ばした。手加減をしているから大して痛くないだろうが、殴られたパイロット達は笑いながら大げさに痛がっている。

 フランシス少尉はそのパイロット達を蹴り飛ばしながらユウのほうに向く。

「悪かったね。それでなんだい?」

「あの、皆さんは大丈夫なんですか?」

「あれくらいでへこたれていたらユリシーズじゃやっていけないよ」

 その言葉の証明のように殴られ、蹴られたパイロット達は大騒ぎしている輪の中に戻っている。

「それでなんだい? この店が貸し切りになった理由かい?」

「あ、それも気になっています。僕達は負けたからてっきりカスペン大佐から訓練を受けるものだと思ってまいした」

 模擬戦の結果はユリシーズ隊の敗北であった。序盤はカスペン戦闘大隊を罠に嵌めて優勢に進めたものの、カスペン大佐の参戦によって戦況が逆転、敗北したのであった。

 フランシス少尉は新しいビールを持ちながら笑う。

「そのカスペン大佐が許可してくれたのさ。『貴様らは訓練よりこちらのほうが士気が高まるだろう』って言ってね」

 フランシス少尉の言葉にユウは意外な気持ちになる。フランシス少尉もユウの表情でそれがわかったのだろう。面白そうに笑った。

「意外かい?」

「大佐には失礼かもしれませんけど……はい、意外です」

「あの人は言動に騙されるかもしれないけど、モビル・トルーパー部隊のトップというべき存在だよ。こういうことにも寛容なのさ。もちろん、結果が伴っていないとダメだけどね」

 つまりユリシーズ隊はカスペン大佐に認められているということだ。そのことに気づいてユウは感嘆のため息を吐く。

「皆さんすごいんですね」

「あんたもその一員だろうに」

「いえ、あの、自分は訓練校でもそんなに成績がよかったわけじゃないので、あのカスペン大佐に認められている部隊の一員というのが自覚を持てないというか……」

「めんどくさいねぇ! 男ならシャキッとしな!」

 ユウがゴニョゴニョ言っているとフランシス少尉は思いっきりユウの背中を叩く。その衝撃に軽くむせてしまうユウ。それを見てフランシス少尉は上機嫌に笑いながらビールに口をつけた。

「それで? 質問ってなんだい?」

「ゴホゴホ……う、うん、はい、それなんですが」

 息を整えてからユウは疑問に思ったことを素直に尋ねる。

「フランシス少尉は何故モビル・トルーパーのパイロットになったんですか?」

 その質問に軽く驚いた表情をするフランシス少尉。

「急だね」

「すいません。ですがフレイル伍長はパイロットになった理由をはっきりと持っていました。だから他の皆さんも持っているのかと思いまして」

「ふぅん、それで大して理由もなくパイロットになったフィーシーズくんは引け目を感じているわけだ」

「う、はい」

 フランシス少尉に再び図星をつかれるユウ。そんなユウを見てフランシス少尉は優しく微笑む。

「いい子だねぇ、フィーシーズは?」

「同期からは『お前はバカ正直すぎる』って注意されていましたけど……」

「大人になるとその素直さはなくなっていくのさ。だからまだ素直さを持っているあんたは貴重だよ」

 子供を言い聞かせるようなフランシス少尉の言葉であったが、ユウは不思議と反発心は持たなかった。

(フランシス少尉の雰囲気のおかげかな?)

 ぼんやりと考えながらユウはフランシス少尉の言葉の続きを待つ。フランシス少尉はビール瓶を呷ると口を開いた。

「私はよくある感情さ」

「と言いますと?」

「宇宙怪獣に対する復讐さ」

 ユウは黙ってフランシス少尉を見つめる。フランシス少尉は空になったビール瓶をジャグリングしながら言葉を続けた。

「私は元々整備員だったのさ。パイロット適正はあったけどね。で、婚約者だった相手はモビル・トルーパーのパイロットだった。ここまで言えばわかるかい?」

「……婚約者だったかたが戦死されたのですか?」

「その通り」

 ユウと会話しながらもフランシス少尉は遠い目をしている。婚約者のことを思い出しているのかもしれなかった。

「そいつも腕は良かったのさ。だが、ある日の遭遇戦であっさりとくたばった。その作戦が終わったら入籍するって約束だったんだがね」

 そう言いなながらフランシス少尉は首にかけていたネックレスを弄っている。ユウがよく見るとそれには指輪がついていた。

 ユウの視線に気づいたフランシス少尉は苦笑しながらネックレスを仕舞う。

「戦う理由なんて人それぞれさ。ペギーみたいに純粋に食べるためにパイロットになったやつもいる」

 その言葉にユウはリイ曹長の出身地を思い出す。第三コロニーは遊牧民的な生活を行うコロニーだが、その分産業などもなく貧乏なコロニーとして有名だ。

「キッペンベルク少尉やファン曹長にもあるのでしょうか?」

「そりゃあ、あるだろうさ。戦いたいから軍人になったって奴もいるけどそんな奴は稀さ」

 そう言うとフランシス少尉はクシャクシャとユウの頭を撫でる。

「戦う理由がないからって焦る必要はないさ。いずれあんたも戦う理由を見つけられるよ。なんだったらこの部隊を守るために戦ってもいいんだ」

「……はい」

 ユウの言葉に満足そうに頷くとフランシス少尉は手を振りながらユウのところから立ち去っていく。

 ユウは再び壁に背を預けながら騒いている同僚のパイロット達を見る。

 みんな笑っている。それは無事に生きて帰ってこられたことを喜んでいるかのようであった。

(いや、多分そうなんだろうな)

 ユウは心のどこかで納得できた。

(きっとユリシーズ隊は純粋な人達の集まりなんだ。だから仲間と一緒に騒げることを心から喜んでいる)

「ここを守るために戦う、か。それもいいかな」

 ユウはそう呟きながら近くに置いてあったビールを一息に呷るのであった。

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