第十一章 艦隊指揮官

「失礼いたします」

 第十三艦隊第二分艦隊司令官オスカー・ミュラー准将は上官である第十三艦隊総司令官ヤン・パイロン中将の執務室へと報告のためにやってきた。

 ミュラー准将の敬礼にヤン中将も億劫そうに返す。それをみてミュラー准将は苦笑した。

「珍しいですね。先輩が仕事をしているなんて」

「後輩であるミュラーが私をどういう風に見ているかわかる発言だね。これでも仕事はちゃんとしているつもりなだけどね」

「それができているのも優秀な副官のおかげでしょう」

「否定はしないよ」

 ヤン中将の言葉にミュラー准将は笑いながら報告書を机の上に置く。ヤン中将はそれを手にとって捲り始める。それを見ながらミュラー准将は口を開く。

「先輩の指示通りに偵察衛星を敷設済みです。宇宙怪獣が動き出したらすぐに報告されるでしょう」

「……うん、十分だ」

 ヤン中将は報告書とミュラー准将の報告を聞いて頷く。そしてミュラー准将は不思議そうに首を傾げる。

「しかし、何故この時期に偵察衛星を増やしたんですか?」

 その質問にヤン中将は机に山になっている資料からいくつかの資料を抜き出し、ミュラー准将に渡す。ミュラー准将もそれに目を通す、そして胡散臭そうな表情になる。

「正気ですか?」

 ヤン中将を信頼し、慕っているミュラー准将でもこの言葉である。

 資料の中身は『宇宙怪獣の周期的活動期』についてという内容だった。そこにはここ数十年の宇宙怪獣の侵攻などの活動が書かれていた。

「私が調べた通りだと何十年に一回宇宙怪獣が活動的になる時期がある」

「そのようですね」

「そして過去の事例の周期から宇宙怪獣の侵攻が起こるのは今年だ」

「……本気で思っているんですか?」

「半分くらいは冗談さ。だけど、嫌な予感がしてね」

 ヤン中将の言葉にミュラー准将は軽く肩をすくめる。

「いやですね。先輩がそういうときってよく当たるんですよ」

「そうだったかい?」

「そうですよ。士官学校時代にはそれで何回か厄介ごとに巻き込まれました」

「助かったこともあっただろう?」

「否定できませんね」

 ミュラー准将の言葉にヤン中将が笑うと、ミュラー准将も楽しそうに笑った。

「それで? こいつは上層部に出してみたんですか?」

「出してみたよ」

「結果は?」

「正気を疑われた」

 ヤン中将の言葉にミュラー准将は「そりゃそうだ」と笑った。ある程度の研究で宇宙怪獣にも意識のようなものがあると確認されているが、それでも宇宙怪獣全体の習性などは分かってはいない。

 だからこそ前線の一指揮官が宇宙怪獣の活動の周期を解き明かしたなど信じられるはずがない。

「そうなると先輩渾身のこの作品はお蔵入りですか?」

「ところがそうもならない」

 そう言ってヤン中将は次の書類を見せる。ミュラー准将はそこに書かれている名前を見て驚いた。

「ニワ元帥からの命令ですか!?」

 そこに書かれていたのは地球連合軍総帥の名前であった。

「元帥から我が艦隊に火星への威力偵察が命じられた」

「そう言ってもうちの艦隊は今回の遭遇戦で少なくない被害が出ていますよ」

「それについては問題ない。すぐに補充されることになっている」

「訓練期間が欲しいんですがね」

「それはこの作戦で行えだそうだ」

「最近増えていますね、実戦訓練。今回もモビル・トルーパーの新人パイロットも実戦訓練でしたよ」

「どうだった?」

「新人の半数が死者の名簿に加わりましたよ」

 ミュラー准将の言葉にヤン中将は疲れたようにため息を吐く。それにミュラーも口を開く。

「先輩のほうから言ってもらえませんかね。雛鳥にも慣れていない卵くん達を前線に押し付けるのはやめて欲しいって」

「それは他の艦隊の提督も上申しているよ。だが、受け入れられていない。何故だかわかるかい?」

「圧倒的に人手が足りていないからでしょう」

 ミュラー准将の言葉にヤン中将は「正解」と言って肩を竦める。

 現在の戦況は人類に有利というわけではない。常に戦争を続けている現在、人類も徐々に追い詰められている状況である。ギリギリのところでライフラインは守られているが、軍において人手不足は深刻な問題になりつつある。

「ですが先輩。練度不足で前線に出しても死なせるだけです。特にパイロットは深刻です」

「それもわかっているよ。なにせガラハウ少佐に文句を言われたばっかりだ」

 シーダ・ガラハウ少佐。荒くれ者揃いの海兵隊を統括する女傑である。美人でありプロポーションも整っているが、口が悪く新人には恐れられている。だが、本人は面倒見がいい姉御肌な人物である。

 そのガラハウ中佐は第十三艦隊モビル・トルーパーの責任者だ。そのために新人が送られては戦死するという現状を嘆いていた。

「先輩の養子のローザリンデちゃんも確かパイロットコースでしたでしょう」

 ミュラー准将の言葉にヤン中将は答えることをせず、黙って新しい資料を取り出した。

 その反応に腹を立てながらミュラー准将はヤン中将の机を叩く。

「先輩! このままだとローザリンデちゃんも新人で前線に送られる羽目になりますよ! 先輩だって初陣の生存率はご存知でしょう!」

 ミュラー准将の言葉にヤン中将は疲れ切ったようにため息をついた。

「わかっているさ。だが、軍人になることはあの子が望んだことだ」

「状況を改善してあげることができると言っているんです!」

「ミュラー准将」

 ヤン中将の言葉にミュラー准将は反射的に背筋を伸ばして食いしばる。拳が飛んでくると思ったからだ。

 だが、『軍人らしくない軍人』と評判のヤン中将はミュラー准将を殴ることはしない。ただ悲しそうにミュラー准将を見るだけだ。

 だがすぐに表情を変えた。

「最新型のモビル・トルーパーの生産はジェネラル・レビルと資源衛星サカイで急ピッチに進んでいる。うちの艦隊のモビル・トルーパーは二週間で生産が完了する予定だ」

「了解です。そうしたら出発ですね」

「その通り。連続での出撃になるけど、頼むよ」

 ヤン中将の言葉にミュラー准将は敬礼をすると部屋から出ていく。ヤン中将はそれを見送りながらぼんやりと考える。

(確かに軍に人手は足りていない。だからって自分が軍人になる必要はないんだよ、ローザ)

 ヤン中将が見つめる写真には。ヤン中将と赤髪の少女が写っているのであった。

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