第十二章 侵攻
第十三艦隊第二分艦隊の戦艦ユリシーズに所属するキッペンベルク小隊は火星方面への偵察に出ていた。
「すごい、ブースターを始めに性能が前の機体とは大違いだ」
ユウは機体を動かしながら受領した新型の性能を確認している。確かに旧式の機体は開発されてから五年ほどたつが、それでもこの進歩は信じられないくらいである。
『凄まじい性能ですね、こいつは』
感嘆の声を出しているのはファン曹長だ。
『開発部が自信満々に送り出した最新鋭だ。高性能なのは当然だろうな』
そうユウとファン曹長に教えてくれるのは小隊長であるキッペンベルク少尉だ。少尉はカスペン大佐との模擬戦でエースの証である専用塗装を許され、紫色に機体を染めていた。
「少尉の機体も綺麗な色になりましたね」
『お! フィーシーズはわかっているじゃないか! どこぞの曹長は俺の機体を見てナスに例えやがったからな!』
『全く、上官に対して失礼なことを言う部下がいますね』
『お前のことだろうか!』
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長はゲラゲラと笑っている。それを聞いてユウにも笑みが溢れた。
キッペンベルク小隊の任務は新型の慣熟訓練を兼ねた偵察任務だ。
「でも、どう言うことなんですかね」
『なにがだ?』
「フリューゲル中佐やミュラー准将を飛び越えてヤン中将から受けた命令のことです」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉とファン曹長が黙る。キッペンベルク小隊が受けた命令はヤン中将直々の命令であった。
命令内容は『火星方面への偵察。いつもと変化があったらすぐに報告。戦う必要はない』と言うことであった。
『ヤン中将の感じだとポーン型との遭遇戦もしないで帰ってこいって感じでしたね』
人類のモビル・トルーパーが偵察をしているときに、宇宙怪獣のポーン型と遭遇することもある。その時は戦うのがセオリーであった。
だがヤン中将はそれすらもしなくていいという命令であった。
『ふむ、まぁ疑問なのは最もだが考えても仕方ないだろう』
『一兵士は考える必要がないってことですか?』
『違う、あの魔術師が言うことなんだ。少なくとも俺達が被害を受けるものじゃねぇだろうよ』
『ごもっともで』
キッペンベルク少尉の言葉にユウも内心で頷く。
ヤン中将は元々軍人志望ではなかったので、とにかく無駄に人死にするのを嫌う。軍人になってしまったので被害を0にすることができないのは理解しているが、できる限り減らそうと策を巡らす。その策が度々軍人には思いつかないことをやるために口の悪い軍人からは『エセ軍人』などと影口を叩かれる。
だが、被害を少なくして戦うのは前線の兵士からは好意的であり『魔術師』とも呼ばれていた。
『そういえば少尉は聞きましたか?』
『何をだ?』
任務とは言え戦闘してはいけないと命令を受けた偵察任務だ。必然的に気持ちも軽くなり、無駄口も増える。本来はファン曹長を窘めなければならないキッペンベルク少尉も特に注意しない。
いいのかなぁ、と思いながらユウもファン曹長の言葉を待つ。
『なんでも対宇宙怪獣用の秘密兵器が開発中って噂ですよ』
「秘密兵器ですか!」
ファン曹長の言葉に少し興奮するユウ。ユウだって男の子だ。秘密兵器という響きには心踊るものがある。
『おう、フィーシーズは興味あるか?』
「はい!」
『よしよし、だったら教えてやる』
ユウの言葉に上機嫌になって喋り始めるファン曹長。
『フィーシーズは第六コロニーで建造されている新型宇宙戦艦のことは知っているか?』
「聞いたことあります。すっごいでかい船だって」
『その通り。大きさは既存の宇宙戦艦の三倍近い大きさだ。軍人や民間人の間では宇宙怪獣からの脱出船って噂されている奴だな』
「あの船が秘密兵器なんですか?」
『違う違う。なんでもあの宇宙戦艦は秘密兵器を運用するための専用戦艦だって噂なんだよ。その秘密兵器は単機で宇宙怪獣五個艦隊を壊滅させるほどの性能を秘めているんだってよ』
「単機で五個艦隊分の宇宙怪獣を!? すごい!」
ユウが真に受けて興奮しているとファン曹長は楽しそうに言葉を続ける。
『それだけじゃないぞ、フィーシーズ。その秘密兵器のパイロットは地球で血反吐を吐くような特訓を受けているらしい』
「パイロットはアースリアンなんですか!? 秘密兵器のパイロットだからルナリアンだと思いました!」
ユウの言葉に今度こそファン曹長は堪えきれずにゲラゲラと笑い始めた。それに呆れるように口を挟んでくるキッペンベルク少尉。
『曹長、その噂はどこで聞いた代物だ』
『ジェネラル・レビルの酒場ですよ』
『だ、そうだフィーシーズ。酔っ払いどもの妄言だ。本気にするな』
それを聞いてユウはファン曹長にからかわれていたことに気づいた。
「騙したんですか!」
『騙しちゃいねぇよ。新型の宇宙戦艦を建造しているのと、秘密兵器を作っているって噂があるのは本当さ。ちょいと話は盛ったがね』
「じゃ、じゃあ本当に秘密兵器を作っている可能性もあるんですね」
ユウの言葉に一瞬だけキッペンベルク少尉とファン曹長は無言になるが、すぐに楽しそうに大笑いした。
『おいおいフィーシーズ。開発部の秘密兵器ほど信用できないものはないぞ』
「え? そうなんですか?」
『士官学校時代にやっただろ。え〜と、なんて題名でしたっけ、少尉』
『『人類には扱いきれなかった兵器群』って奴だ。教科書に載っていたろ?』
「ああ! あのお笑い兵器!」
ユウも思い当たることがあり思わず叫ぶ。
「え? あれ本気で作っていたんですか!?」
『開発部の連中は本気も本気だよ。なんなら実戦投入寸前まで行って致命的なバグが発見されてお蔵入りっていうのもあるらしいがね』
「え〜、でもあの中に素人が見ても頭がおかしいって代物ありましたよ」
『開発部の連中は頭がイっちゃてるのさ』
キッペンベルク少尉のあまりな言葉にユウは絶句し、ファン曹長は大爆笑であった。
「で、でもこの新型は最高ですよ?」
『そりゃ基本的にはいいものを作るさ。だからたまに作られるお笑い兵器がいいネタになるのさ』
『その上、連中は真面目な顔してその兵器を作っているからな。酒の肴にぴったりだ』
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長が続く。
「ということは秘密兵器っていうのは……?」
『まぁ、高確率でお笑い兵器だろうな』
キッペンベルク少尉の言葉に今度こそユウは肩を竦める。ちょっと期待しただけにダメージも大きい。
そんなユウを元気付けるようにキッペンベルク少尉が話しかけてくる。
『まぁ、新型は確かに最新鋭だから良かっただろ、フィーシーズ』
「……ポジティブ思考ですね、少尉」
『物事をポジティブに考える。長生きする秘訣だぞ』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは気分を変えてレーダーを見る。もうそろそろ火星が見えてもおかしくない宙域まで来ていた。
「……あれ?」
『うん? どうしたフィーシーズ』
『うんこか? ちゃんと出撃前に済ませておけよ』
「違いますよ、曹長!」
ファン曹長のからかいにユウは思わず怒鳴ってしまう。そんな怒鳴り声を聞いてもファン曹長は笑うだけだ。
一度咳払いをしてからユウは口を開く。
「そろそろ火星が見えてもいい宙域ですけど、まだ見えないんです」
『なに? ……一度止まるぞ』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは機体を止める。そしてキッペンベルク少尉の次の命令を待った。
『嘘だろ……』
「……少尉?」
そしてキッペンベルク少尉の信じられないような言葉をユウは聞いた。
『ユリシーズ聞こえるか! こちらキッペンベルク小隊! 宇宙怪獣の奴らの侵攻だ! 数は不明! 多すぎて宇宙が見えなくなっちまっている! 繰り返す! 宇宙怪獣の大侵攻だ!』
キッペンベルク少尉の言葉に慌ててユウもカメラを望遠に切り替える。
そしてモニターに映し出されたのは宇宙を埋め尽くす宇宙怪獣の群れであった。
「な、なんて数だよ……」
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