第六章 艦橋では

「作業の進捗は?」

「現在、約70%の作業は完了しています」

 戦艦ユリシーズの艦橋。艦長席に座るオズイン・フリューゲル中佐の言葉に副長が答える。艦橋にはたくさんの軍人が忙しそうに動いている。

 副長の言葉にフリューゲル中佐は帽子を取って軽く自分を扇いだ。

「やれやれ、宇宙怪獣と接敵した時はどうなるかと思ったが」

「向こうも偵察が目的だったようですな。軽く当たるとすぐに引きました」

「ああ、まるで無駄な消耗を避けるようにな」

 フリューゲル中佐の言葉に副長はおし黙る。フリューゲル中佐も去っていった宇宙怪獣の方を見ながら懐からパイプを取り出し、火をつけようとする。

「艦長。艦橋は禁煙です」

 一人のオペレーターの言葉にフリューゲル中佐はいそいそとパイプを懐にしまう。それを見ていた何人かの軍人が思わず吹き出す。

 フリューゲル中佐は一度、咳払いをすると再び口を開いた。

「宇宙怪獣が何を考えているかはわからんが、とりあえず任務は遂行できそうだ」

「偵察衛星の設置、ですか。うちだけでなく、他の艦隊にも同様の任務がくだっているとも聞きましたが」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は頷く。

「『新人の調練を含めた偵察衛星の設置』。だが、偵察衛星なんかすでにそこらじゅうに張り巡らされている。それをさらに増やすということだ」

「軍の規模が大きいことに反感を持っている政治家などは怒るでしょうな」

「すでに地球やコロニーで反対の署名を行っているそうだ」

「それはまた……」

 副長の呆れた言葉にフリューゲル中佐は髭を撫でる。

「仕方ないのかもしれんな。宇宙怪獣を火星に追い返してから数十年。それまで地球圏に攻め込まれたことは数えるほど。徴兵制度があるとは言え、宇宙怪獣と戦わずに軍務を終える者も少なくない。そういう連中にとっては軍などただの金食い虫だろう」

「ですが、こうして小競り合いは少なくない」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は「困ったことにな」と呟いた。

 フリューゲル中佐が指揮をとる第十三艦隊第二分艦隊が命令されたのは火星方面への偵察衛星の設置任務だ。

 こういう任務は少なくない。宇宙怪獣も頻繁に動き回り、その途中で偵察衛星が破壊されることも多いし、いち早く宇宙怪獣の動向を知るために必要なものだからだ。

 だが、今回ユリシーズがやってきたのはすでに大量の偵察衛星が設置されている宙域であった。

「しかも今回の設置提案はうちのボスが直々に直訴したらしい」

「ほう、ヤン中将が自発的に仕事をするなど珍しい」

 副長の言葉にフリューゲル中佐だけじゃなく、二人の会話を聞いていた者も笑ってしまう。

 ヤン・パイロン中将。史上最年少中将であり、『魔術師』とも呼ばれる人類が誇る天才戦術家だ。だが、性格はおよそ軍人に向いているとは言えない性格で、部下からも『ヤン中将が昼寝をしている時は平和な証拠』とまで言われている。

 その普段は働かないヤン中将が直々に動いて偵察衛星の設置を提言した。これが意味することは

「まさか、宇宙怪獣の襲来が近いと?」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は難しい表情をする。

「かもしれん。聞いた噂では近頃、ヤン中将は宇宙怪獣の歴代襲来の年代やその数を調べていたそうだ。そこである規則性を見つけたのかもしれん」

「まさか規則性があるのですか? 連中はただの化物ですよ?」

「私もそう思う。だが、あの戦争の天才は何かを見つけたのかもしれんな」

 フリューゲル中佐の言葉に副長は黙る。確かに自分達の総指揮官が無駄なことをするわけがないと知っているからだ。一見無駄に見えても、後々になってそれが必要なことだったとわかることも多い。

「ミュラー准将はヤン中将の軍学校の直接の後輩だったはずですが、ミュラー准将は何か知っているのでは?」

 オスカー・ミュラー准将。戦艦ユリシーズが所属する第十三艦隊第二分艦隊の指揮官であり、守勢に定評のある若い軍人だ。

「ミュラー准将もヤン中将から『必要になるかもしれないから』としか聞いていないらしい」

「もったいぶりますな」

「だがな、副長。もし私が『宇宙怪獣の動きがわかった』などと言ったらどうするかね?」「精神病院に叩き込みますな」

「そういうことだ。ヤン中将本人も半信半疑なんだろう」

 フリューゲル中佐の言葉に副長も納得した表情を見せた。

「やれやれ、新宇宙戦艦の建造も佳境に入ったところで嫌な話ですな」

「新宇宙戦艦? ああ、第六コロニーで作られているあの大型艦のことか」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は思い出すように口を開く。

「全長は既存の宇宙戦艦の三倍の大きさと言っていたか」

「なんでも噂では対宇宙怪獣用の新兵器を運用するための戦艦だとか」

「新兵器ねぇ」

 フリューゲル中佐の口調は懐疑的だ。

 古来より対宇宙怪獣の兵器は多く発明されてきた。しかし、その多くは宇宙怪獣の進化によって無意味となっている。現在でも使用できているのは戦艦に搭載されている主砲、そしてモビル・トルーパーだけだ。

「今回のは果たして使い物になるのかな」

「なって欲しいものです」

 フリューゲル中佐の言葉に副長が続いて呟く。それに頷きながらフリューゲル中佐はオペレーターの一人が淹れてくれたコーヒーを飲む。

「そう言えば」

 副長もコーヒーを口に含みながら口を開く。

「艦長はもうお聞きになりましたか?」

「何をかね?」

「今回の戦いで初陣を飾った新兵が大便を漏らしながら戦ったそうです」

「ほう!」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は楽しそうな声を出す。狭い艦内。誰だって面白い話は聞きたがるものだ。

 それをわかっているので副長も言葉を続ける。

「なんでも出撃と同時に僚機と逸れたらしく、単独で宇宙怪獣に追いかけ回され、恐怖で脱糞したそうです」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は大笑いをあげる。

「なるほど! 恐怖で脱糞したか! 新兵が小さい方を漏らすのはよく聞くが、大きい方を漏らしたのは初めて聞いた! しかもそれが伝わっているということは生還したのだろう?」

「生還しただけでなく、戦果もあげたそうです。一匹撃墜三匹アシストだそうです」

 その言葉にフリューゲル中佐は口笛を吹く。

「我が艦の初陣の最高スコアは二匹撃墜一匹アシストのキッペンベルクだったか?」

「そうです」

「そのキッペンベルクのスコアと同等に出す新人か」

「しかも、そのルーキー。キッペンベルク少尉のところに配属されたらしく」

「なんだ。そうなると残りの一人はファン軍曹か。エース部隊候補か」

「キッペンベルク少尉も軍のお偉いさんと喧嘩しなければ、今頃はカスペン戦闘大隊にいたかもしれない逸材ですからな」

「ファン軍曹も引き抜きをかけられたらしいな」

「『エリート部隊なんて御免だ』と言って断ったらしいですが」

 副長の言葉にフリューゲル中佐は髭を撫でる。

「こう考えると我が艦には腕はいい問題児の集まりだな」

「艦長が艦長だからでしょう」

 まさかのカウンターにフリューゲル中佐は少し押し黙るが、すぐに気を取り直す。自分が問題のある軍人の自覚があるからだ。

「キッペンベルク少尉とファン軍曹だったら先ほどの新人にはそれらしいあだ名がついたのではないか?」

「鋭いですね。なんでもパイロット連中からはフィーシーズと呼ばれているそうです」

「それはまたストレートなあだ名だ」

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