第四章 生還

 ユウはユリシーズに帰還し、キッペンベルク少尉やファン軍曹と一緒にシャワーを浴びた。その時にファン軍曹が他の小隊のパイロットにもユウが戦闘中に大便を漏らしたことと、アダ名がフィーシーズになったことをおもしろおかしく吹聴した為に、ユウは盛大に恥ずかしい思いをすることになった。

「どうした伍長。まだ不貞腐れているのか?」

「……別に不貞腐れていません」

「それで不貞腐れていないは無理があるだろ!」

 ファン軍曹は笑いながらユウの頭を乱暴にかき混ぜてくる。ファン軍曹は大柄で、ユウが小柄になのでその身長差は大人と子供のようでもあった。

 キッペンベルク少尉も笑いながら口を開く。

「残念だったな伍長。うちの艦には歩くスピーカーがいるから遠くないうちに艦長まで情報はいくぞ」

「艦長にまで知られちゃうんですか!?」

「娯楽の少ない宇宙戦艦の中だ。誰だって面白い情報は欲しがるもんだ」

 キッペンベルク少尉の言葉にユウはがっくりと肩を落とす。ファン軍曹は元気付けるように肩を叩いているが、そもそもファン軍曹がおもしろおかしく吹聴したのである。

「キッペンベルク」

 そして通路の反対側から女性三人組が歩いてくる。ユウはその声を聞いて着艦の時に順番を譲った女性であることに気づいた。

「よう、フランシス。無事だったようだな」

「お互い様だね」

 そしてキッペンベルク少尉も気安く女性に声をかけた。そして女性はマジマジとユウを見てくる。その視線には多大な好奇心が込められていてユウには少し居心地が悪い。

「あ、あの……何か……?」

「ああ、悪かったね。あんたがクソを漏らしたフィーシーズかい?」

「「ブフゥツ」」

「少尉! 軍曹!」

 女性の言葉にキッペンベルク少尉とファン軍曹が思わず吹き出してしまう。それに対してユウは顔を真っ赤にして怒鳴るのであった。

 しかしキッペンベルク少尉は気にしたふうもなくユウを女性三人組の前に出す。

「初陣でクソを漏らしながら一匹撃墜したカミセ・ユウ伍長ことフィーシーズくんです! 仲良くしてあげてね!」

「少尉!」

 完全に悪乗りしてユウを紹介したキッペンベルク少尉にユウは羞恥心で顔を真っ赤にしながら怒鳴ってしまう。しかし、キッペンベルク少尉はカラカラと笑うだけだ。

 先頭にいた女性も笑いながら手を出してくる。ユウはおそるおそる手を差し出すと、女性は力強く握ってきた。ユウが思わず女性の顔を見ると、女性は楽しそうに笑った。

「先に降ろしてくれて助かったよ。私はジュンコ・フランシス少尉。小隊長だ。こっちの金髪でクールなのがペギー・リイ軍曹」

 フランシス少尉の紹介にリイ軍曹は軽く手を挙げてくる。

「で、この子がうちの新人。フィーシーズは知っているかい?」

「あ、いえ、知らないです」

「姐さん、同時配属されたのは軽く二百人超えているんですから、知らなくても無理ないですよ」

 フランシス少尉の言葉に、ユウと同年代の女性は苦笑いしながら否定してくる。そしてユウに手を出してきた。

「先に降ろしてくれて助かったわ。私はノエル・フレイル伍長よ」

「あ、か、カミセ・ユウ伍長です!」

 ユウは慌てて自己紹介をしながら握手をする。するとフレイル伍長はからかうような笑いをみせた。

「よろしく、フィーシーズ」

 その言葉にユウは顔を真っ赤にし、キッペンベルク少尉、ファン軍曹、フランシス少尉は爆笑したのであった。

 そのまま六人は食堂に向かって歩き出す。食堂ではユリシーズのモビル・トルーパー隊を率いるライアン大尉が『新人生還記念パーティ』をしているはずだった。その途中でユウはフレイル伍長と会話をする。

「フィーシーズは一匹撃墜?」

「えっと、確か一匹撃墜、三匹アシストだったかな」

「あら、すごいわね。私は一匹アシストだけよ」

「新人でアシストできたなら十分だ。なぁ、リイ軍曹?」

 ファン軍曹の言葉にリイ軍曹は無言で頷く。だが、フレイル軍曹は不満そうに唇を尖らせた。

「でも同期にこれだけスコアの差を見せられると自信なくしますよ」

「まだ言っているのかい? 生きて帰ってこられただけで十分だよ」

「でも姐さん」

「細かいこと言うじゃないよ。第一、今回の戦いでどれだけの新人が死んだと思っているんだい。そいつらのことを考えたら生きて帰ってきただけでも十分だよ」

「そう考えるとうちもフランシスのところも今回は誰も落ちなかったのか。運が良かったな」

 フランシス少尉の言葉にキッペンベルク少尉が思い出したように呟く。新人だけじゃなく、ベテランだって落とされる時は落とされるのが戦場だ。それを考えると誰も落ちなかっただけじゃなく、戦功もあげたキッペンベルク小隊とフランシス小隊は運が良かったのかもしれない。

 ファン軍曹が何か思いついたかのような表情になって口を開いた。

「少尉、意外とうちはフィーシーズがいたからかもしれませんよ」

「その心は?」

「運(クソ)がついてる」

 ファン軍曹の言葉にユウはがっくりと肩を落とし、他の面々は爆笑した。

 そして六人は食堂に入る。中にはすでに生還したパイロットたちで混み合っていた。カウンターの近くでは大柄のライアン大尉が酒瓶を持っている。キッペンベルク少尉は笑いながら顎でライアン大尉を示す。

「まずは新人生還の儀式だ。二人でライアン大尉のところに行ってきな」

「「はい」」

 ユウとフレイル伍長は二人でライアン大尉のところに向かう。ライアン大尉も二人に気づいたのか笑顔を浮かべた。

「おお! カミセ伍長にフレイル伍長か! 二人とも生還おめでとう! 俺からの祝い酒だ!」

 ライアン大尉はそう言って二人に酒の入ったグラスを渡してくる。そして自分のグラスを高く掲げる。ユウとフレイル伍長もそれに倣ってグラスを掲げた。

「今回の新人の生還を祝って……乾杯!」

「か、乾杯」

「いただきます!」

 ライアン大尉の言葉にユウは唱和し、フレイル伍長は嬉しそうに言いながらグラスを煽った。ユウも覚悟を決めてグラスを煽る。

 そして大きく噎せた。

 それを見て周囲にいたパイロット達はユウを囃し立てる。

「どうしたフィーシーズ! 酒は初めてか!」

「今度は酒で漏らすのか!」

「酒だったら漏らすじゃなくて、吐く方だろう!」

 からかわれながらもユウはグラスに残っていた酒を一気に流し込む。それを見てライアン大尉は楽しそうにユウの背中をバシバシと叩いた。

「よぉし! これから頼むぞフィーシーズ! お、次の生還者だな!」

 隊長にもフィーシーズ呼びされたことに少し肩を落としながら、ユウはフレイル伍長と一緒に自分達の小隊長が待っている机へと向かう。

 そこでは楽しそうなキッペンベルク少尉とファン軍曹、呆れているフランシス少尉とクールな表情でクロスワードパズルを解いているリイ軍曹がいた。

「驚いたな。フィーシーズ。お前、酒を飲んだことないのか?」

「それはないでしょうよ、少尉」

 キッペンベルク少尉の言葉にファン軍曹は笑いながら否定する。だがユウは不思議そうに首を傾げた。

「初めてです。訓練校では飲酒が禁止されていましたから」

 ユウの言葉に全員が驚いたようにユウを見てくる。その反応に驚いたのはユウだ。

「おいおい、フィーシーズ。あの規則をご丁寧に守っていたのか?」

「え? は、はい」

「うぉ、マジかよ。俺らの時なんかどうやって教官達を出し抜いて酒を飲むかを努力していたぞ」

 キッペンベルク少尉の言葉にユウが頷くと、ファン軍曹は唖然とした表情で呟いた。

「フィーシーズ、あんたが飲まなくても同室の奴は飲んでいたんじゃないのかい?」

 フランシス少尉の言葉にユウは訓練校時代の同室だった友人を思い出す。

「自分の同室だったのは『規則が服を着ているクソ真面目人間』って同期から言われていた人物でして……」

「酒を飲むなんて規則破りはしなかった、てことかい?」

 フランシス少尉の言葉にユウは頷く。その同室だった友人のおかげでユウの教官達からの覚えも良かった。

 そしてフレイル伍長が楽しそうに口を開く。

「そんなこと言って。単に規則破りをする勇気がなかっただけじゃないの?」

「う! そ、それもありますけど……」

「なるほど、そっちの方がフィーシーズらしいな!」

 ファン軍曹の言葉にユウは顔を真っ赤にして俯くのであった。

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