第三章 アダ名
ユウは機体をキッペンベルク少尉とファン曹長の機体の後ろにつけ母艦であるユリシーズへと帰還する。
「少尉、戦闘は我々の勝ちなのでしょうか?」
『うん? さてな』
『ルーキー、連中はいなくなって俺達は残っている。それは勝ちってことじゃないか?』
キッペンベルク少尉は明言しなかったが、通信を聞いていたファン曹長がユウに言い聞かせるように言ってくる。
「しかし、我々は宇宙怪獣を完全に駆逐できたわけじゃありませんし……」
『だったら俺達の勝利条件はどんなだ?』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは黙り込んでしまう。するとキッペンベルク少尉はユウに言い聞かせるように言ってきた。
『いいかルーキー。俺達は所詮一兵士にすぎない。できることは目の前の宇宙怪獣を一匹でも多く葬り、生きて帰ることだ。勝った負けたなんてことは軍のお偉いさんや政治家に任せておけばいい』
母艦であるユリシーズに向かいながらユウはキッペンベルク少尉の言葉を聞く。
(訓練校にいた時は命を捨てて地球のために尽くせと言われた。前線に来ると生き残れと言われた。どちらが本当の命令なんだろうか)
「……そんなの生き残れのほうに決まっているよな」
訓練校時代から口には出さなかったが、ユウは死にたくなかった。いや、誰だって死にたくないはずだ。
ユウは徴兵された時、宇宙戦艦勤務を希望していた。そちらのほうが生き残れる確率が高かったからだ。だが、パイロット適正が高かったのでパイロット科に行かされた。
軍の中ではモビル・トルーパーパイロットは花形だ。巨大な人型兵器を駆り、宇宙怪獣を葬る。宇宙怪獣との戦い最初期である故サカイ中佐などの活躍は映画や小説にもなって一般大衆にも広がっている。
ユウだって幼い頃は宇宙怪獣と直接戦うパイロットに憧れたことはある。だが、それより死の恐怖の方が優って、いつからかパイロットの夢はなくなっていた。
「少尉は最初からパイロット希望だったのですか?」
『随分と不躾な質問だな。聞く相手はよく選べよ。エリート思考の強い奴だったら演説が始まるところだ』
『面倒ですよねぇ、そういうエリート思考の強い奴に限って腕も良かったりしますし』
『曹長、幸いなことに第十三艦隊にはそんなパイロットいないからいいが、他の艦隊に配属されたら気をつけろよ。弛んでるとか言われて営倉にぶちこまれることもある』
『お〜、怖い怖い。それは少尉の経験ですかい?』
『そんなところだ』
キッペンベルク少尉の言葉に通信からファン曹長の笑い声が聞こえてくる。
『なぁ、ルーキー。第十三艦隊ってどんなところか聞いたことあるか?』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは言葉に詰まる。ユウの反応に気づいたのかキッペンベルク少尉は笑い声をあげる。
『その反応は聞いたことがあるな。言ってみろ』
「その……不良軍人の吹き溜まり、と」
『まぁ、うちの艦隊のトップが軍人に似つかわしくない人だからな』
ファン軍曹の言葉にユウは配属式典の時に自分のスピーチを3秒で終わらせた第十三艦隊司令官ヤン中将の顔を思い出す。
戦功だけならば人類に最も勝利をもたらしている提督であるが、その実態は歴史学者に憧れ、軍人なんてロクでもないと公言している変わり者だ。見た目も歴戦の提督といった感じではなく、風采の上がらない若手の学者と言った感じだ。三十代の中将という軍人としての才能と、その遠慮のない言葉から政治家や軍上層部から疎まれて最前線に送られているという。
『こう言っちゃあなんですが、うちの提督は中将という肩書きが似合う人じゃないからな』
『おいおい、軍曹。言葉に気をつけろよ。下手したら上官侮辱罪になって営倉入りだ』
『うちの提督だったら『そうなんだよね。なんで僕は中将なんだろう。早い所軍人なんてやめたいよ』って言うでしょう』
ファン軍曹の言葉にキッペンベルク少尉だけでなくユウも笑ってしまう。ヤン中将が本当に言いそうだからだ。
ひとしきり笑ったあと、キッペンベルク少尉はユウに語りかけてくる。
『なぁルーキー。他の艦隊だったら宇宙怪獣の撃滅こそが軍人の勝利とか言うだろうけどな、うちの艦隊に限ってそれはない。第十三艦隊にとっては生き残ることが勝利だ』
「……はい!」
ユウは自分が幸運だと思った。上司に恵まれ、死亡率は六割を超えると言われるモビル・トルーパーの初陣でも生き残れた。
『キッペンベルク、ちょっといいかい?』
『あん? フランシスか。どうした?』
そして通信に女性の声が混ざってくる。ユウは誰だかわからなかったが、キッペンベルク少尉にはすぐに誰だかわかったらしい。
『うちの新人の機体のダメージがちょいと大きい。あんたんところは余裕があるんだったらうちから先に降ろしてもらえないかい?』
『あ〜、軍曹と伍長はどうだ?』
『俺は大丈夫ですよ』
キッペンベルク少尉の言葉にユウも慌てて自分の機体の状況を見る。だが、特に問題になりそうな表示は出ていなかった。
「自分も大丈夫です!」
『だったら大丈夫だ。先に行けよ』
『感謝するよ』
『感謝の印に一晩相手してくれてもいいんだぞ?』
『次ふざけたこと言うとあんたの粗末なものを蹴りつぶすよ』
『お〜、怖い怖い』
キッペンベルク少尉の言葉に通信相手は最後に舌打ちだけして通信を切る。そしてすぐにユウ達のフォーメーションを追い抜いていく三機のモビル・トルーパー。
よく見てみるとそのうちの一機は片腕をなくし、足も膝から先をなくしている。それを見てユウは背筋が凍る感じがした。
(そうだよな、僕は運が良かっただけで、ああなっていてもおかしくない状況だったんだ)
思い出すのは宇宙怪獣に掴まれた時のこと。あのままもがくだけであったならコクピットごと押しつぶされていただろう。そしてその後の宇宙怪獣に襲撃された時もキッペンベルク達に助けてもらわなかったら死んでいただろう。
『手酷くやられていますね』
『命があっただけ良かっただろうよ』
『それもそうだ』
ボロボロの機体を見ながらキッペンベルク少尉とファン軍曹はそんな余裕のある会話をしている。
「あの……少尉、軍曹」
『? なんだ? 何かあったか?』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは少し深呼吸をしてから口を開く。
「本日は助けていただきありがとうございました!」
ユウの言葉に少し無言になる。
そして通信からキッペンベルク少尉とファン軍曹の笑い声が出る。
『はっはっは! いいねルーキー! 素直なのは美徳だぞ!』
『なぁに、次の出撃ではしっかりしろよルーキー。また泣きべそかくなよ』
「じ、自分は泣きべそをかいていません!」
ユウの言葉にファン軍曹は楽しそうに笑う。
『なに言ってやがる。宇宙怪獣に追われていた時は必死に少尉と俺に助けを求めていたくせによ!』
「そ、それは! そうなんですけど……」
事実を指摘されて尻すぼみに言葉が小さくなるユウをファン軍曹は大きく笑う。そしてそれにキッペンベルク少尉が笑いながら会話に混ざってくる。
『なに、誰だって初陣なんてそんなもんだ。ファン軍曹だって初陣は酷いものだったぞ』
『何言っているんですか、少尉。確かに自分の初陣もひどかったですが、糞は漏らしませんでしたよ』
ファン軍曹の言葉にユウはヘルメットの中で顔を赤らめる。今になってケツの生暖かさを思い出したからだ。
『確かに軍曹もクソまでは漏らさなかったな……よし、ルーキー。今日からお前のアダ名はフィーシーズだ』
『はは! そいつはいい! よろしく頼むぞフィーシーズ!』
「? なんて意味ですか?」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉は楽しそうに口を開いた。
『ウンコって意味だよ』
「そんな! 酷いです!」
『いいアダ名じゃねぇか、フィーシーズ!』
「軍曹まで面白がって!」
『キッペンベルク小隊、着艦してください』
『よしきた。行くぞフィーシーズ』
『クソ漏らすなよフィーシーズ』
「二人とも酷いです!」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉とファン軍曹は大笑いするのであった。
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