第十八章 嵐の前

「うわ…でっか…」

 ユウはエデンの近くを飛行しながら呟く。

 ヘビーウェポン装備で出撃したキッペンベルク小隊は即座にユリシーズに呼び戻され、ガラハウ少佐から地球連合軍旗艦『エデン』へと向かうように命令された。キッペンベルク小隊は装備をノーマルに戻すとすぐにエデンへと向かうことになった。

 そしてユウは初めてみる地球連合軍旗艦の大きさに圧倒されたのだ。

『なんでも全長は七三00メートル程度あるらしいぞ』

「七三00メートル!? それって一つの都市じゃないですか!」

『少尉、自分は食料とかも自給できるって聞きましたよ』

『そうらしいな。こんな超弩級戦艦を建造するから民間人から『軍人は民間人を見捨てて脱出するんじゃないか』っていちゃもんをつけられるんだ』

 キッペンベルク少尉の言葉には呆れがこもっていた。その言葉にファン曹長が楽しそうに口を開く。

『驚きですね、少尉。まだ人類に逃げ場が残されていると思っている連中がいるんですかい?』

『いつの時代だって戦争反対の自称平和主義者はいるもんさ。そういう連中に限って戦場に出たこともない奴ばかりだ』

『なかなか実感がこもっていますね。体験談ですか?』

『昔、EUの実家に戻った時に絡まれたことがある』

 キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長は大笑いする。ユウは出会ったことはないが、確かに極一部の人々は戦争状態に反対し、宇宙怪獣と話し合いをするべきという主張する人々や、人類は大人しく滅び去るべきだという人々もいる。

「自分はそういう人々に会ったことないんですけど、結構多いんですか?」

『あ~、そういや極東地域は比較的おとなしかったな。EUや北米地域、あとはアフリカには多いって聞いたことがある。大部分は戦争によって貧困層に落ちた連中が多い』

 確かにキッペンベルク少尉の言う通り、長期に渡る戦争は多くの貧民層を生み出していた。そう言った人々から支持を集めて地球連合議会に議席を持っている議員も一定数はいる。しかし、多くの人々は宇宙怪獣との生存戦争を支持しているために、こんにちの戦争状態が維持されていた。

 その事実にユウは顔を顰める。

「なんか嫌ですね。人類一丸とならなきゃいけないのにそうならないのは…」

『それが地球連合政府の謳う自由ってやつだから仕方ないだろう。そら、着艦信号だ。行くぞ』

 そう言って着艦態勢に入るキッペンベルク少尉の機体に続くようにユウも機体を着艦信号の出ているカタパルトに向かうのであった。





「元帥、パイロットがそろいましたぞ」

 地球連合軍旗艦エデン艦橋。総司令官席に座るニワ元帥のところへ書類を持ったカスペン大佐がやってきた。ニワ元帥は参謀達に指示を出してからカスペン大佐へと向き直る。

「ご苦労だったな。大佐を含むパイロット達は腕利きを集めてくれたかね?」

「各艦隊のモビル・トルーパー戦隊の指揮官が文句を言いつつ選抜した面々です。間違いなく人類最高峰の腕利きの集まりでしょう」

「結構」

 カスペン大佐の若干毒のこもった言葉もニワ元帥は髭を撫でながら頷くだけだ。そして今度はサングラスをかけた男性に視線を向ける。

「オオタ少佐、例の兵器は使えるかね?」

 ニワ元帥の言葉にカスペン大佐はそのサングラスの男性が何者かを推察する。

(オオタ少佐、確か噂の超兵器のパイロットも含めた責任者だったか)

 オオタ少佐はニワ元帥とカスペン大佐に一礼してから口を開く。

「機体自体の完成度は八割と言ったところです。稼働はしますが七分が活動限界でしょう」

 オオタ少佐の言葉にカスペン大佐は表情を顰める。長年戦場を渡り歩いてきたカスペン大佐にとっては不完全な兵器など扱いたくない代物だからだ。

 だが、ニワ元帥は満足そうに頷いた。

「十分だ。それだけ動けば宇宙怪獣の中央を食い破ることは可能であろう」

「本気ですか?」

 ニワ元帥の言葉にカスペン大佐はつい懐疑的な言葉を出してしまう。

「私が暴れすぎたせいで中央にはかなりの宇宙怪獣共が集まっています。あの重厚な布陣を七分で突破する? 不可能でしょう。選抜されたパイロット全員でかかっても二日はかかります。その間にこちらにも被害が出ることを考えれば最低でも五日はかかる」

 カスペン大佐の言葉に反論したのはオオタ少佐であった。

「お言葉ですが大佐。特別機動兵器『アース』はこれまでのモビル・トルーパーとは比べ物にならないほどの超兵器です。それこそ一機で戦況をひっくり返すような働きができます」

「笑わせるな。たかだが一機の機動兵器で戦況を動かす? それができるのならばこのカスペンがとっくにやっている。だが、私にできるのは一戦場の宙域を有利にすることだけだ。私にすらできないことをその『アース』とやらはできると言うのか?」

「できます」

 オオタ少佐の断言にカスペン大佐は不愉快そうに顔を顰める。二人の睨みあいはニワ元帥によってやぶられた。

「大佐、私とて一機の機動兵器で戦況を動かすことなどできるとは本気で思っていない」

「元帥!」

 オオタ少佐の発言をニワ元帥は手で押しとめる。

「だがな、大佐。私は『アース』のスペックを見た。そして機動実験にも見た。その私が夢を見たのだ。宇宙怪獣との戦争に終止符を打てる兵器は『アース』しかないとな」

 ニワ元帥の言葉もカスペン大佐は胡散臭そうな表情を隠さない。それに苦笑しながらニワ元帥は言葉を続ける。

「大佐、ストライカー装備は見たかね」

 突然の話題の転換にカスペン大佐は訝しげな表情をしながらも頷く。

「エデンに搭載されている五機分の装備でしたな。カタログと実物を拝見させていただきましたが、確かに強力な装備です。だが惜しむらくは使えるパイロットが限られることでしょう。あの装備は一般的なパイロットでは振り回されるだけだ」

「だがパイロットも含めてストライカー装備が一個大隊用意できれば戦況はどうなる?」

「間違いなく人類が有利になるでしょう」

 カスペン大佐の言葉にニワ元帥は満足そうに頷く。

「そのストライカー装備は『アース』の研究を流用して開発した装備だ」

「なんですと」

 ニワ元帥の言葉にカスペン大佐は驚愕する。カスペン大佐が認めたストライカー装備。それの原型となったのが秘密裏に開発されていた超兵器『アース』なのであった。

 難しい表情をしながらもカスペン大佐は口を開く。

「ですがパイロットはどうなのです? 各艦隊のエースが開発部に引き抜かれたという話はついぞ聞きませんが」

「当然だろうな。パイロットはまだ十四歳の少女だ」

 ニワ元帥の言葉にカスペン大佐は怒りで目を見開く。

「正気ですか! 戦場にまだミドルスクールの子供を出す気ですか!」

「特別機動兵器『アース』は特殊な機動兵器です。そのために若いうちから訓練を課す必要がありました」

 オオタ少佐の言葉にもカスペン大佐の怒りは収まらない

「貴様はそう言うがな、少佐! 弱者を守ってこその軍人だ! その軍人が子供を最前線に出すなど正気とは思えん!」

「そこまで人類は追い詰められているのです、大佐」

 カスペン大佐とオオタ少佐は睨みあう。それを止めたのはニワ元帥であった。

「大佐、これはすでに軍上層部が下した決定だ。納得しろとは言わん。だが、割り切りたまえ」

 ニワ元帥の言葉に不服な表情を隠そうともせずにカスペン大佐は敬礼した。

「良いでしょう。それならばその少女が戦場に出る必要がないほど我々モビル・トルーパーパイロットが働けば良いだけの話です」

「その通りだ。モビル・トルーパーパイロットの奮闘に期待する」

 ニワ元帥の言葉に不服そうな態度を隠そうともせずにカスペン大佐は歩き去る。それを見送ってからオオタ少佐はニワ元帥に頭を下げた。

「元帥、カスペン大佐の説得感謝します」

 オオタ少佐の言葉にニワ元帥は髭を撫でながら口を開く。

「少佐、私とてまだ十四歳の少女を戦場に出すことを納得できたわけでないない。君の特別機動兵器計画も今回に大した働きがなければ人類が勝利しても計画は凍結されるだろう」

「わかっております」

「ならば良い。『アース』の働きを期待する」

 ニワ元帥の言葉にオオタ少佐は敬礼すると歩き去っていく。おそらくは初陣を迎えることになる少女のところへと向かったのだろう。

 ニワ元帥はそれを見送ることなく総司令官席に深く座りこんで戦況図を見つめる。

「さて、人類の存亡を賭けた一戦と行こう」

 そう呟いてニワ元帥は軍帽をかぶりなおすのであった。

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