第十六章 嵐の中で
「チェストォ!」
ユウはキッペンベルク少尉とファン曹長が追い詰めた宇宙怪獣をマサムネブレードで両断する。
撃破を確認してからユウは頭を軽く振るう。
(もうこれで何匹目だ? 宇宙怪獣はいったい何匹いるんだ?)
地球圏決戦が開始されてから三日。その間地球連合軍兵士達は戦い続けていた。パイロットであるユウ達も整備と補給のために帰還する以外はモビル・トルーパーに乗って戦闘を続けている。パイロット達が休憩できるのはその整備と補給の短い時間だけだ。
『フィーシーズ!』
キッペンベルク少尉の言葉にユウは反射で操縦桿を動かす。するとユウの機体がいたところに宇宙怪獣のビームが通り抜けていく。
「こんのぉ!」
そのまま接近してきた宇宙怪獣にマサムネブレードを振るうが、その一撃は避けられてしまう。しかし、避けた先を狙っていたファン曹長のビームライフルが宇宙怪獣を撃ち抜いた。
『フィーシーズ! 落としても安心するなって言っただろう! 特に今回は大乱戦なんだ! どこから来るかわからんぞ!』
「は、はい! すいません!」
キッペンベルク少尉の言葉にユウは背筋を伸ばして答える。二人の間を取り持ったのは苦笑を浮かべたファン曹長だ。
『そうは言いますがね少尉。俺たちが戦闘宙域に入ってそろそろ三時間。集中力にも限界きていますよ。自分もキャノンのエネルギー切れてますし、少尉だってミサイルポッドパージしているでしょう』
ファン曹長の言葉通り、キッペンベルク少尉に装備されていたスターク装備である三連装ミサイルポッドとハイパービームバズーカは弾切れを起こしてすでにパージ(分離)されていた。そのためにキッペンベルク少尉の機体はビームライフルとサーベルの基本装備だけだ。
それでも戦えるのがキッペンベルク少尉の腕の高さを示していた。
『それに機体もそろそろ整備入れないとまずいですよ。後衛の俺はまだいけますけど、フィーシーズは右足持っていかれていますし、少尉の機体だって右腕の肘から先が限界でしょう』
確かにファン曹長の言葉通りユウの機体は右足がなく、キッペンベルク少尉の機体は右肘の先からボロボロになっている。
ファン曹長の言葉にキッペンベルク少尉はため息を吐きながら口を開いた。
『一回帰還したいのは山々なんだがな、このフィールドの増援が届いていなくて、俺らが抜けるとここが抜かれる』
『後どれくらいで来てくれるんですかい?』
『五分、と言ったところか』
ファン曹長の「ファック」と言う呟きを聞きながらユウもため息を吐く。最初は同じフィールドを守っていた小隊もいたが、落とされたり補給に戻ったりでユウ達のフィールドは若干の手薄になっていた。
『ライアン大尉らしくないミスですね』
『この混戦だ。戦いながら全体を把握するのは一苦労だろうよ』
二人の会話を聞きながらもユウはレーダーから目を離さない。するとレーダーの端に宇宙怪獣の反応が出る。
『うぼわぁ』
『良かったな曹長、お代わり好きだろう?』
『酒のお代わりなら大好きですがね』
『お代わりには違いない。そら! 行くぞ!』
キッペンベルク少尉の言葉にユウも操縦桿を動かして後に続く。ユウの後ろにはファン曹長が続いている。
新たに侵入してきた宇宙怪獣は二匹。今までに比べたら少ない数だ。
『おい、フィーシーズ。お前、ロボットアニメって見たことあるか?』
「? 最近のは知りませんが、古い奴でしたらいくつか」
ユウの言葉にキッペンベルク少尉は楽しそうに「そうかそうか」と頷いている。
『なら、これは夢見たことあるだろう! くらえ! ロケットパンチ!』
「えぇぇぇぇぇ!?」
なんとキッペンベルク少尉は使い物にならない右腕を引きちぎると、それを宇宙怪獣に向かって投げつけたのだ。
ユウは驚愕の大声、ファン曹長は大爆笑である。
『あ! 連中避けやがった!』
『ダメですね少尉! 宇宙怪獣のやつロマンを理解していませんよ!』
二人の笑いながらの会話にユウは色々な意味で頭がクラクラしてしまう。
だが、いつまでもふざけていられない。二匹の宇宙怪獣は三機に向かって射撃してくる。三人はそれを散開して回避すると、すぐにキッペンベルク少尉が囮になり始める。キッペンベルク少尉に釣られた宇宙怪獣はその背後についたファン曹長が撃ち抜いた。
『撃破数いただき!』
『おお、好きなだけ持っていけ』
『撃破数と酒って交換できませんかね?』
『全パイロットの夢だが軍上層部の頭がかたい連中は認めてくれないな』
どんなに危機的状況でもキッペンベルク少尉とファン曹長は軽口をやめない。それは自分自身の正気を保つ意味もあるのだろう。ユウも二人の軽口には気持ちがだいぶ助けられている。
「? あれ? あ! あと一匹!」
『あ、やべ!』
『少尉! まずいですよ!』
三人を突破した宇宙怪獣は三人が守るフィールドから抜けようとしている。
「少尉!」
『ダメだ! 追撃はできん! それをしたらこのフィールドが手薄になる!』
「でも!」
追おうとしたユウをキッペンベルク少尉はできないと言う。確かにここで一匹を見送れば戦艦には被害が出るだろう。だが、一匹を落としている間にフィールドを破られれば艦隊の艦列が崩れかねない。
言葉を続けようとしたユウが目撃したのは突破しようとしていた宇宙怪獣が爆散した姿だった。
「え?」
『キッペンベルク、ちょいと油断したんじゃないのかい?』
『フランシスか! 助かった!』
三人のフィールドにやってきたのは援軍のフランシス小隊であった。
『あ〜あ〜、随分と酷い状態になっているね』
『まぁな。この宙域は酷いもんさ』
『みたいだね。だから別宙域担当だったうちがこっちに回された』
『まさかお前さん達だけではないだろな?』
『安心しな、おっつけくるよ。さ、あんたらは私らと交代。一回帰還しといで』
『了解した。あとはよろしく!』
それでキッペンベルク少尉とフランシス少尉は通信を切る。そして三人の機体をフランシス小隊が追い抜いていく。
「良かった、フランシス少尉やリイ曹長、フレイル伍長も無事だったんですね」
帰還するたびに数えきれないくらいの戦死者の数を聞いていると、知り合いが生きていることに安心する。
『あの連中を死者の列に加えないために俺たちも一度帰還したあとはまた出撃だ』
『出撃、出撃、出撃。嫌になりますね』
ファン曹長のボヤキにユウも思わず頷いてしまうのであった。
ユウは乗艦であるユリシーズに着艦する。するとすぐに自動で格納庫に移動された。ヘルメットを外しながらユウは機体のハッチを開く。
すると見慣れた整備員が笑顔で覗きこんできた。
「おう、無事だったか坊や!」
「自分は無事です。ですが機体の右足がどっかにいっちゃいました」
ユウの言葉に整備員は大きく笑い飛ばす。
「機体なんて俺達がいくらでも直してやる! だからまた生きて帰ってこいよ!」
「はい!」
ユウは元気よく返事をするとコクピットから出て通路に入る。通路にはすでにキッペンベルク少尉とファン曹長が待っていた。
「とりあえず無事の帰還おめでとうってことで」
そう言ってキッペンベルク少尉が取り出したのは一本のスキットルだ。これはキッペンベルク小隊が戦闘から帰ってきた時にやる儀式だ。中に入ったウォッカをそれぞれが一口ずつ飲む。
まずキッペンベルク少尉が飲み、スキットルをファン曹長に渡す。ファン曹長は嬉しそうにそれを一口飲むとユウに渡してくる。
ユウは難しい表情でスキットルを見つめる。その姿をキッペンベルク少尉とファン曹長は笑いながら見ている。
そしてユウは覚悟を決めてスキットルからウォッカを飲んだ。
そして大きく噎せた。
大爆笑するキッペンベルク少尉とファン曹長。
「お子ちゃまだな、フィーシーズ」
「何度も言っているが、飲むフリでもいいんだぞ?」
キッペンベルク少尉の言葉にユウは呼吸を整えながら口を開く。
「いえ、小隊生還の儀式ですから、自分も飲みたいです」
「「クソ真面目か!」」
ユウの言葉に二人はからかいながらも嬉しそうにユウの背中をバシバシと戦う。
そして三人は移動を開始する。移動場所は出撃前のパイロット達が待機するパイロットルームだ。
ユウ達がパイロットルームに入ると、何人かが中で休んでいた。三人はそのパイロット達と生還を祝い合いながら飲み物をとり、テーブルの一つに座った。
「あ〜、やばい。もう出撃したくねぇ」
ファン曹長は机に自分のヘルメットを置き、その上に覆いかぶさるように机に突っ伏す。キッペンベルク少尉はコーヒーを飲みながら苦笑する。
「残念ながら一時間もあれば補給と整備が終わるそうだ」
「補給はまだしも少尉の機体の右腕とフィーシーズの機体の右足って一時間で直るものですかね?」
「整備班がやるっていうんだからやるんだろうよ」
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長は「宇宙怪獣、早くお家にお帰り」と嘆いた。
ユウも苦笑しながら口を開く。
「でも最初に比べたら宇宙怪獣の攻勢も大人しくなりましたし、もうすぐでは?」
「わかってねぇな、フィーシーズ」
ユウの言葉にファン曹長が体を起こした。
「お前の出身地の日本には『嵐の前の静けさ』って諺があるだろ?」
「……まさかこれから本番が来るんですか?」
顔を真っ青にしてユウが言うと、ファン曹長は笑った。
「いや、俺もお前の意見に賛成。ぼちぼち終わると思ってる。少尉はどうです?」
「希望的観測ではそろそろ終わりだと思いたいな。別艦の連中が四回ほど爆撃装備で宇宙怪獣の母艦をいくつか沈めたらしい」
「そうなるとようやく終わりですかね?」
「だといいがね」
ファン曹長の言葉にキッペンベルク少尉が軽く肩をすくめると、ファン曹長は天井に向いて「宇宙怪獣、頼むから早く帰ってくれ」と叫んだ。
「よう、キッペンベルク」
「うん? おう、コアーじゃねぇか」
これから出撃といった雰囲気で話しかけてきたのは不良軍人と言う言葉が似合いそうな三人組。ユリシーズが誇るエース部隊であるコアー小隊である。
「出撃か?」
「まあな」
キッペンベルクの言葉にコアー少尉は無精髭を撫でながら答える。
「ああ、そうだ。お前さん達にいいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
コアーの言葉に三人は顔を見合わせる。だが、すぐにキッペンベルクが口を開いた。
「俺は好きな食べ物は先に食べるタイプでね、いいニュースから聞こうか」
「カスペンの爺さんのこの戦いの撃破数が二百を超えたそうだ」
コアー少尉の言葉にユウは飲んでいた紅茶を吹き、ファン曹長は机に足をぶつけていた。
撃破数が二十にいけばエースと呼ばれるモビル・トルーパーのパイロット。人類代表トップエースはその十倍をこの戦いだけで稼いでみせたのだ。
キッペンベルクは賞賛より先に呆れの表情が出ていた
「あの爺さん本当に人間かよ」
「俺もトップガンの一人って認識あるが、あのジジイと比べたらひよっこだと思うな」
「比べる相手が間違っているだろ」
「かもしれんな」
人類のトップエースも笑いの種にしてしまうのはユリシーズのモビル・トルーパーパイロットである。
「んで? 悪いニュースってのは?」
「ライアン大尉が落とされた」
「なに!?」
コアー少尉の言葉にキッペンベルク少尉は思わず立ち上がり、ファン曹長は体を勢いよく起こし、ユウは小さく悲鳴をあげた。
ライアン大尉はユリシーズのモビル・トルーパー部隊の隊長である。人望もあり、指揮官としても優秀、パイロットとしては超一流の腕前であった。
コアー少尉は三人の驚きを無視して言葉を続ける。
「今はキリア中尉が指揮をとってる」
「? ハオ中尉の方が先任だろう?」
「ハオ中尉も落とされた」
今度こそ三人は言葉をなくした。キッペンベルク少尉の肩に手を置きながらコアー少尉は口を開く。
「この戦い、誰が落とされても不思議じゃない。お互い、生き残ろうぜ」
それだけ言うとコアー小隊の三人はパイロットルームから出て行った。
三人は無言で自分の手元を見ている。それくらいにライアン大尉の戦死はユリシーズパイロットにとって大きな出来事なのである。
しかし、すぐにキッペンベルク少尉は顔をあげた。
「やめだ。死んだ上官のことを考えても何にもならない。とにかく俺達が生き残ることを考えるぞ」
「賛成です」
キッペンベルク少尉の言葉にファン曹長はすぐに応じる。しかし、ユウはすぐに答えられない。
するとキッペンベルク少尉はユウに言い聞かせるように口を開いた。
「いいか、フィーシーズ。俺たちはパイロットだ。次の瞬間には誰が死んでいたっておかしくない。だから俺たちは生きている間は存分に生きるんだ。心残りがないようにな。ライアン大尉のことは確かに残念だ。だが、それを気にしすぎるな。それで落とされたらライアン大尉が浮かばれない」
キッペンベルク少尉はそこで言葉をきると、再び言い聞かせるように口を開いた。
「俺たちは死んだやつの分まで生きる。死んだやつの分まで生きて、くたばっちまった時にあの世で先に逝った奴らに話してやるのさ。自分がどれだけ存分に生きたかをな。だから生きるんだフィーシーズ。生きて、生きて、生き延びて。そして終戦を笑って迎えろ」
「……はい!」
ユウが覚悟を決めて力強く返事をすると、キッペンンベルク少尉は嬉しそうに笑うのであった。
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