第十四章 地球圏決戦
ユウはモビル・トルーパーの中で地球連合大統領の演説を聞いている。
宇宙怪獣の大侵攻が判明してからおよそ一ヶ月、宇宙怪獣はもうすでに阻止限界点に到達しつつあった。
地球連合軍は阻止限界点に全地球連合艦隊を展開、総旗艦に新造超大型艦『エデン』、そして地球連合軍総帥ニワ元帥が乗艦し総力戦の様相を呈していた。
ユウが所属する第十三艦隊第二分艦隊所属ユリシーズもまた前線にて戦闘開始を待っている状況である。モビル・トルーパーのパイロット達もすでにこの日のために建造された新型機の中で待機している。
『皆が力を合わせて戦おう! そして自分達の手で明日を手に入れるのだ!』
その言葉を最後に大統領の演説は終わる。ユウは最終確認のつもりで機体のチェックに入る。
(システム……クリア、武装……クリア、バーニア出力……クリア)
『よう、フィーシーズ、緊張しているようだな』
「少尉」
そんなユウの様子を見かねて通信を入れてきたのはキッペンベルク少尉だ。キッペンベルク少尉は呆れたように笑った。
『この状況だ、緊張するなっていう方が無理だろう。だがな、お前さんはまだ恵まれている方だぞ』
「? どういうことですか?」
『お前さんと同期で配属になった奴はこれが初陣のやつだっているってことだよ』
「……あ!」
キッペンベルク少尉の言葉にユウはそれに思い至る。
ユウはユリシーズに配属されたおかげで実戦を経験している。しかし、同期の中ではこの短期間の間に実戦経験を積んでいるパイロットの方が少ないだろう。
『こう言っちゃなんだがね。お前さんはまだ恵まれているんだ』
『少尉、またたくさんの新人が落とされますね』
会話に混ざってきたファン曹長の声にもいつもの陽気さが隠れ、どこか寂しさがある。
『こればっかりは本人の運もある。エースだって落とされる時は落とされるし、逆に新人がエース級の働きを見せる時もある』
『ですがね、少尉。初陣がこんなデカい海戦なのは哀れですよ』
『これが戦争だ、曹長』
二人の会話は長い間前線で戦い、たくさんの仲間が死ぬのを見てきた悲しさがあった。
キッペンベルク少尉は一度頭をふるとユウに語りかけてくる。
『いいか、フィーシーズ。お前を狙った宇宙怪獣は俺と曹長が絶対に落としてやる。だから無理に宇宙怪獣を落とそうとするな。俺と曹長から離れず、とにかく生き残ることだけを考えろ』
いつもの軽い雰囲気ではなく、真剣な言葉。それだけでユウにもこの戦いがどれだけの激戦になるかが想像できた。
『どんなに宇宙怪獣を落としたところで、落とされちまったら何の意味もねぇ。だから生き残れ、カッコ悪くていい、無様でもいい。生き残った奴が正義だ。それを忘れるな』
「はい!」
『モビル・トルーパー全パイロットに連絡。あと十分ほどで砲撃戦が開始されます。パイロットは出撃準備をお願いします』
キッペンベルク少尉の言葉にユウが答えていると、ちょうどよくオペレーターから通信が入る。
『お、来たな。曹長、フィーシーズ。準備はいいか?』
『いつでもいけますよ』
「はい!」
開戦まで残り十分。
ユリシーズ艦橋。そこには緊張した雰囲気が流れていた。
第十三艦隊第二分艦隊の中でもユリシーズは最前線に配置されていた。それは今までの戦歴から最前線がふさわしいと司令部に思われたからだ。
確かにその通りだろう。多くの戦場を戦い、時に勝ち、時に負け、それでも生き残ってきた。
そのユリシーズの戦歴を彩った名艦長であるフリューゲル中佐は艦長席に座りながらモニターを見ている。モニターには宇宙を埋め尽くすような宇宙怪獣の大群。
それを見てフリューゲル中佐は呆れたようにため息を吐いた。
「副長、君だったらこの状況になったらどうする?」
「すっ飛んで逃げますな」
副長の直接的な物言いにフリューゲル中佐は笑う。
「その通りだ。いつもの我々だったらすでに転進して逃げの一手に入っていただろう。だが、今回はそれができない」
「逃げ場がありませんからな」
副長の言葉にフリューゲル中佐は頷く。そしてフリューゲル中佐は艦橋にいる乗組員の顔を見回す。皆一様に緊張の面持ちであった。
そしてフリューゲル中佐自身も自分の手が震えていることに気がつく。それを隠すようにフリューゲル中佐は懐からパイプを取り出した。
「艦長、艦橋は禁煙です」
そしてオペレーターに突っ込まれた。
「……最後になるのかもしれないのだから少しくらい」
「ダメです」
「……これ吸った方が指揮を上手くとれる気がするのだが」
「喫煙ルームまでどうぞ」
「片道だけでも十分かかるぞ? 戦闘が始まってしまう」
「はい。私も艦長が喫煙のために戦闘から離脱するような方だと思っていません」
オペレーターの言葉にフリューゲル中佐はションボリしながらパイプを仕舞った。
フリューゲル中佐とオペレーターのやりとりを見て乗組員から忍び笑いが出ている。一度咳払いをするとフリューゲル中佐は再び副長と会話をする。
「今思うと、宇宙怪獣が現れた当時にクリューガー博士が言った『人類に逃げ場などない。生き残るには戦うしかないのだ』という言葉は真実であったのだな」
「クリューガー博士が発言してから百年以上が経過しても、未だに宇宙怪獣と人類の生存戦争は終わっていません」
「その通りだ。そして我々は未曾有の危機に瀕している」
フリューゲル中佐の言葉に副長は黙って頷く。
「宇宙怪獣、射程距離まであと五分です」
オペレーターの言葉にフリューゲル中佐は艦長席から立ち上がる。
「戦闘準備だ諸君! 絶対に生き残るぞ!」
『ハ!』
フリューゲル中佐の言葉に乗組員から敬礼が帰ってくるのであった。
開戦まであと五分。
ヤン中将は旗艦パラミティースの艦橋にある指揮卓の上で行儀悪く胡座をかいて座っている。この姿勢がヤン中将のいつもの指揮の取り方であり、ヤン中将はいつも通りで焦っていないというアピールであった。
(やれやれ、えらくなると行動まで気にしなきゃいけないんだから嫌なものだ)
ヤン中将はそう考えながら軍帽をとって一度髪の毛をかき混ぜる。そしてモニターへと視線を移した。
モニターには宇宙怪獣の配置と地球連合軍各艦隊の配置が出ていた。
「第四艦隊交戦開始!」
一人のオペレーターの言葉に艦橋に緊張が満ちる。
宇宙怪獣は大群だ。そのために全軍が全て動きを合わせて動くということはできない。今回は第四艦隊の宙域の宇宙怪獣が他より早く交戦宙域に入ったのだろう。
「第十艦隊交戦開始!」
「第七艦隊交戦開始!」
そして次々と交戦開始の報告が入る。
それらの報告を聞きながらヤン中将はジッと自分の艦隊と担当宙域に侵攻しつつある宇宙怪獣を見ている。
(交戦距離まであと三分と言ったところか)
ヤン中将はそう考えながら持っていた紅茶を一気に飲み干すと紙コップを握りつぶす。
(さて、これからどれだけの時間を戦うことになるのやら)
「宇宙怪獣交戦距離まであと二分!」
オペレーターの言葉にヤンは呼吸を整えてから口を開く。
「全艦、砲撃戦用意」
「了解! 全艦砲撃戦用意!」
ヤン中将の指示は即座に麾下の艦隊全てに伝達される。そしてヤン中将は右上を高くあげた。
「宇宙怪獣砲撃開始!」
「まだだ! まだこちらの射程距離に入っていない!」
オペレーターの言葉にヤン中将は叫び返す。
「戦艦ムツ大破!」
「戦艦サカⅡ航行不能!」
味方の被害を聞きながらもヤン中将はジッと耐える。ここで散発的に反撃しても効果的な攻撃にはならない。
そして宇宙怪獣が第十三艦隊の射程距離に入った瞬間にヤン中将は右上を振り下ろす。
「宇宙怪獣先頭に射線集中! 放て!」
統率のとれた光の束が宇宙怪獣の先頭へと叩き込まれる。そして反撃とばかりに宇宙怪獣からも砲撃が飛んでくるのであった。
人類対宇宙怪獣、地球圏決戦開始
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