第9話 攻防・練馬基地

 練馬襲撃作戦部隊・正門攻撃チョーク班長の澤霧泰佑さわぎりたいすけ大尉は、潜空艦からの低高度降下を実施した。


 あっという間に近づく地面にほぼ同時に四肢をつけて、関節を柔らかくして衝撃を吸収する。

 すぐに左肩に装備した八連装ロケットポッドからロケットを発射する。


 ロケットは狙い通り、警衛詰め所を破壊する。次に降りてきた班員が同じ装備で門を攻撃して破壊に成功する。


 そこで周囲を確認しつつ、後続を待つ。全員が無事降下したところで、右手で銃を構えたまま、左手は歩行を補助する三足歩行で、素早く練馬基地に侵入する。


 裏門では、全く同時に張栄ちょうえいチョークが同じことをしているはずだ。


 続いて、近づいてきたBSLB格納庫に狙いをつけて、チョークで一斉にロケットを発射する。勢いよく発射したロケットが格納庫の壁や屋根を壊し、中の様子が見えてくる。


 再び、移動しながらロケットの斉射を行い、今度は格納庫内部での爆発を確認する。

 ここまでの攻撃で、スクランブルに備え待機していたBSLB部隊に直接ダメージを与えられたはずだった。しかし、澤霧少佐は念のため、もう一度ロケットの斉射を行う。


 遠くに見える別の格納庫からも火の手が上がっていることが確認できる。裏門攻撃チョークも計画通りに作戦を進めているのだろう。


 格納庫に走る搭乗者や整備員を攻撃するため、右肩部につけた機関銃を斉射する。かつ、近づいてきた格納庫のBSLBをロケットと12.7㎜ライフルで破壊していく。


 そこに対人兵装のチョークが降下して正門から侵入する。主に対人戦を想定しており、格納庫周辺で搭乗者や整備員を倒すことが目的だ。


 作戦序盤はほぼ計画通りだったが、少しずつ敵BSLBが起動に成功し始めている。

「焦るな、各個撃破していけばいい。ここまではほぼ計画通りだ」


 そう通信した次の瞬間、目の前でBSLB戦をしていた部下のBSLBが頭を撃ち抜かれる。とっさに物陰に隠れると、自分がいた場所に正確な狙いをつけた弾丸が通り過ぎる。


 また一体、部下のBSLBがやられている。

「SY-1より全機、ウィンドが現れた模様。対ウィンド戦開始。繰り返す、対ウィンド戦開始」


 ウィンドは日本未来軍のエースパイロットとして有名な矢ヶ崎少佐の乗機である。矢ヶ崎のウィンドは、並外れた機動性能と格闘センス、更に正確な射撃と、BSLBに求められる要素を全て兼ね備えている。


 その強敵を前に、クストスはいつも苦戦を強いられ、局地的な敗北を何度もしてきた。

「安易に身を晒すな。必ず遮蔽物を確保するんだ」


 ウィンドが出撃した以上、敵BSLB破壊という形の戦果の拡大はもう望まない。被救出者の救出までどれだけ粘れるか、被害を抑えられるか、そこが問題となってくる。

「頼んだぞ、柏木」



 ヒロは潜空艦のガレージで待機しつつ、視界の隅に映るレーダー画面を注視していた。潜空艦とBSLBのリンクを活用したデータだ。格納庫付近の戦闘は、概ね味方優勢で進んでいる。そろそろ、KGチョークの出番のはずだった。


ST-1エスティ―ワンより全機、ウィンドが現れた模様。対ウィンド戦開始。繰り返す、対ウィンド戦開始」


 澤霧少佐からの通信が届き、ガレージに待機するKGチョークに緊張が走る。

KG-1ケージーワンより各機、低高度降下用意」

 チョークのメンバーが返事をしながら、ガレージの扉近くへ移動していく。


 サイドパイプの音が響く。

 潜空艦が艦尾のみ浮上を宣言する。

「安全確認よし。KGチョーク降下せよ」


「KG-1了解。降下」

KG-2ケージーツー降下」

 テンポ良くKGチョークの仲間達が降下する。竜川中尉も降下し、最後は僕だ。

KG-7ケージーセブン降下」


 シミュレータでも実戦でも経験のある低高度降下をスムーズにこなし、ほとんど衝撃無く着地する。

 降下地点はすでに基地内のため、遮蔽物を利用しつつ目的の場所に向かう。


 吾妻は、内偵員の確認したところでは、売店も女子寮も受入区域になっている非戦闘員向けのシェルターにいるはずだった。

 レーダーに異常な速度で表示されているウィンドの動向に注意しつつ、早速シェルターの入り口を見つける。


 柏木大尉が、安全に注意しつつロックを解除し、扉を開く。

「KG-1よりKG-7、扉は開いた」


「KG-7了解。被救出者を捜索する」

 僕はフルグルのあばらを開けて、外に出る。


 拳銃を抜き、安全装置を解除する。扉の向こうからは、シェルターの扉が外から開けられ、それが敵によるものとわかった故の悲鳴が聞こえてくる。そのため、まずは、入り口から大声で呼びかける。


「こちらは非政府軍事組織クストス。過去人・吾妻陽菜の救出のために来た。繰り返す、吾妻陽菜の救出に来た。抵抗しなければ、害する意思はない。繰り返す、抵抗しなければ、害する意思はない。繰り返す……」


 僕は同じ台詞を繰り返しつつ、逆上して撃たれないよう慎重に、ゆっくりとタラップを降りていく。多くの悲鳴が聞こえるが、とにかく、焦らず降りていく。


「吾妻陽菜、吾妻陽菜はいるか」

 そう言いながら、シェルターの床に足をつける。顔を上げた僕の視界の隅に、手を上げている少女がいる。


「ヒロ!?」

「陽菜! 陽菜、救けにきた」

「なんで!? どうして、ヒロが」

「ずっと、捜してたんだ。もう大丈夫だ。こっちへ早く!」


「そんな、急に……」

「急いでくれ、仲間が戦ってるんだ」

 僕は躊躇ためらい気味の陽菜の腕を掴む。


「痛いよ、ヒロ」

「お前を救けるために、みんなが命懸けで戦ってるんだよ」

「救けるって、私、別に……」


 陽菜が僕の手を振り払う。そして、シェルター内にいる人々の顔を見る。そこには、戸惑いと怒りの表情が見える。過去人なんて、というつぶやきも漏れている。陽菜がうつむいて、顔を上げる。


「もう戻れない、か」

 僕には、そのように陽菜が呟いたように聞こえた。


 陽菜がタラップを上がっていく。僕もそれについてタラップを上がる。

「そこのBSLBに入って。足元不安定だから気をつけろよ」

「これ、ヒロが操縦するの?」


「そうだ。お前を救けたくて、たくさん練習して……」

「KG-1よりKG-7、ウィンドが近くまで来ている。急げ」

「KG-7了解」

僕は陽菜の肩を掴む。


「陽菜、詳しいことは後で。とにかく急いでくれ」

 陽菜は言いかけたことを中断し、フルグルに乗り込む。僕も続いて搭乗し、あばらを閉める。


「KG-7より各機、ひなは拾われた。繰り返す、雛は拾われた」

 通信を終えた僕がフルグルの身体の向きを変えようとすると、足がもつれたようになり、フルグルが大きく傾く。

 とっさにネブラが手を伸ばして支えてくれる。


「感覚の誤差、気をつけて」

竜川中尉が接触式ローカル回線で話しかけてくる。

「はい、気をつけます」


 陽菜がいる故の感覚誤差を強く意識しながら歩き始める。柏木大尉や竜川中尉に乗って貰って練習はしてあるのだ。あとは、それを実戦でも行うだけだ。


「KG-1より各機、ウィンド視認」

 柏木大尉の通信が届くと、僕の視界の隅にいた仲間BSLBの頭部が吹っ飛んだ。

「KG-6および7は急ぎ退却せよ。他はお姫様と王子様を守るぞ」


 激しい銃撃戦が始まる。僕はもつれそうになる足で何とか前進し、基地の外を目指す。竜川中尉が僕の背中を守りながら、もやを発生させつつ一緒に後退している。

「しまった!」

 柏木大尉の声が響く。


 ウィンドがこちらを威嚇射撃しながら追いついて来る。

「貴様、誰を連れて行く気だ!」


 矢ヶ崎光毅がネブラの靄を避けつつ、急速に距離を詰めてくる。僕は歩きながら、右手を上げて12.7㎜ライフルを構えるが、ウィンドの速さに照準できない。

「まさか、吾妻陽菜を連れて行こうとしてるのか!?」


 なんでそれを知っているのか。やはり、陽菜が外界に行くのを阻止してたのか。

「ヒロ、あれは矢ヶ崎少佐なの? 撃ったりしないで」


「何を言ってるんだ、陽菜。あいつを倒さないとたくさんの仲間が殺される」

「彼はそんな人じゃない」


「お前に何がわかる。あいつは、未来日本のエースパイロットだ。死の風、ウィンドなんだよ」

 僕がライフルをフルオートにして発射すると、陽菜が僕の背中を叩いて邪魔しようとする。


「KG-7、君は戦闘に参加するな。とにかく逃げて」

 柏木大尉の乗機がフルグルとウィンドの間に割り込んでくる。すぐに金属同士がぶつかり合う音が響く。おそらく、ナイフ同士で戦っているのだろう。


 僕は外に向けて走りながら、様子を窺う。どうみても、柏木大尉が押されていた。

 早く逃げないと。


 その一心で大きくジャンプすると、柵を乗り越えて基地の外に出ることができた。それに続き、竜川中尉もジャンプで柵を乗り越えてきた。


「ヒロ、ランデブーポイントに急ぐよ」

接触式通信で指示を受ける。

「はい!」


 しばらく走ると、街の電線よりも少し高い位置で潜空艦が艦尾のみ浮上し、ガレージを開けて待っている。

 僕は勢いよく跳びのり、ガレージ奥に進む。

「KG-7より各機。雛は飛び立つ。繰り返す、雛は飛び立つ」


 あばらを開けて、陽菜と一緒に降りる。

「ここで待っていてくれ。仲間を回収する」

 陽菜は何も言わず、戸惑った表情を見せる。


 僕はフルグルに乗り込み、仲間の乗艦をサポートするため、開いた扉に向かう。竜川中尉も同じ目的で扉の横に待機している。


 雨の夜、一人の姿も見えない道路に、仲間達の足音が響いている。

 他のチョークからの撤退完了報告が入り始める。一方で、KGチョークの仲間はまだ姿が見えない。


「迎えに行きます。竜川中尉は靄をはってここを守ってください」

「ヒロ、勝手は駄目!」


 僕は竜川中尉の言葉を振り切って地面に降り立つ。浮上中の潜空艦を守るには、竜川中尉の靄は必要なのだ。


 四足の全力で走ると、すぐに基地の柵に到達する。僕は仲間が逃げやすいよう、突進して柵を破壊する。BSLBの頭を打ち抜かれた仲間が気絶から回復していたので、避難をすすめる。


「柵の破損箇所から逃げてください」

「気が利くな。柏木さんがやばい。援護を頼む」

「了解」


 仲間はBSLBの自爆スイッチを押してから、柵の破損箇所を目指して走り始めた。

 僕はレーダーと目の両方で状況を確認して、建物の陰に回り込んでウィンドを狙撃することを考える。といっても、成功率を考えてフルオートで連続して弾を撃ち込むことにした。


 僕が物陰から顔を出して射撃するとき、柏木大尉と二人の仲間が確認できた。もう一人がどこかにいるはずだ。僕と同じように狙撃しようと隠れているか、撃破されて気絶しているか。


「KG-1よりKG-7、味方が2機やられている。離脱支援を頼む」

「KG-7了解。すでにKG-4は離脱完了」

「KG-1了解」


 僕は物陰を意識しながら、大破した仲間を捜す。しかし、その動きをウィンドに悟られていたのか、目の前を高速で通り抜け、遮られる。


 なんとなく嫌な予感がして左腕の盾を構えると、ウィンドからの射撃が二発分盾に当たる。僕は盾を構えたまま、右手の12.7㎜ライフルでウィンドを撃つ。


 少しでも、動きの先を読むよう意識しながら狙っていく。

 しかし、弾丸はウィンドの盾に阻まれる。


 横から柏木大尉の弾丸がウィンドを牽制するが、ウィンドは華麗で素早いステップでそれを避けていく。

 なんとか動きの先を読んで照準しようとすると、ウィンドが急激な方向転換をしてこちらに突進してくる。


 とっさにナイフを出して、ウィンドのナイフを抑える。接触式通信で矢ヶ崎の声が聞こえる。

「吾妻陽菜をどこに連れて行った」

「お前には関係ない」


「俺は彼女の後見人だ。今さら過去人の社会に返して彼女が喜ぶと思うか」

「殺そうとしていたくせによく言う」

 柏木大尉の弾丸が、僕と矢ヶ崎の間を通過する。ウィンドが僕から距離をとって素早いステップを始める。


「KG-2より各機、KG-5の離脱支援完……」

 通信が終わる前に、ウィンドのライフルが火を噴く。


 連発された弾丸がKG-2の胸部を立て続きに貫き、KG-2のBSLBが血を噴きながら倒れる。

「KG-2!」

 柏木大尉の悲鳴が響く。


「よくも……」

柏木大尉がウィンドに向けて突進する。


 しかし、軽くいなされ、右腕をライフルで射貫かれる。右腕が宙を舞い、地面にどさりと落ちる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁ」

 幻痛によるものと思われる柏木大尉の声が響く。


 戦闘を出来るのは僕とKG-3のみとなってしまった。もう限界だろう。

 僕はウィンドのステップを真似つつ、少しずつ速度を上げていく。


「KG-7よりKG-3、班長の退却をサポートお願いします」

「KG-3了解、しんがり頼んだぞ」


 ライフルを構えながらステップを真似していくと、ウィンドとフルグルの相対速度が下がっていくのがわかる。

 僕は奇妙な興奮に心を持って行かれそうになる。


「フルグルからの、フィードバック?」

 僕はタイミングを見てライフルを放つ。ウィンドは盾でそれを防ぐ。その動作の間に距離を詰めて、ナイフで斬りかかる。ウィンドは盾を向けて来るが、その盾に大きな傷がつく。もう一度距離を取り直し、ライフルを連射する。


 バァァァンと大きな音と共に、ウィンドのシールドが二つに割れる。僕がそのまま撃ち続けると、急所を捉えることはできずも、ウィンドに幾つかの傷を与えることが出来る。


「やるな、貴様ぁ」

ウィンドもライフルを構えて撃ち返してくる。それを、不規則な動きを入れてかわす。


 レーダーには、潜空艦直前まで退却できた柏木大尉と仲間が映っている。そして、KG-5と思われる人影が柵の破壊箇所から離脱していくのも確認した。


 他の方面での戦闘が終息したようで、敵機が次々にこちらに向かってくる。

 僕は戦死確実のKG-2のBSLBをウィンドに投げ、ライフルで連射し、手榴弾を投げる。


 爆発で大きな火柱が立つのを確認し、柵の破損箇所から外へ出る。


 ウィンドは炎の中から出て、僕に向かって走り出す。僕はバックステップをしながら、残弾ゼロになるまでライフルで牽制する。


 身体の向きを変え、靄の中にあるはずのガレージまで跳躍する。すぐ近くで音がして、竜川中尉がライフルでウィンドを牽制しているのがわかる。


 僕もすぐに向きを変えて、マガジンを入れ替え、牽制射撃をする。ガレージの扉が完全に閉じるまでそれを行い、潜航開始のインフォメーションを聞く。


「終わった……」

 そう呟いた後、僕はフルグルの中で意識を失った。

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