第17話 クーデター

 竜川中尉救助後、戦局は大きく変化した。先行して轟沈ごうちんした敵潜空艦二隻を追うように、五隻編成の艦隊が現れたのだ。

 異空間で互いの距離を調整しつつ艦隊を組むのは難しい。しかし、未来日本軍はそれを成し遂げたのだ。


 当然、エンドレスだけで相手にすることはできない。近くにいる三隻の友軍と連絡を取るも、タイミングを揃えて同時攻撃をするのは難しい状況だった。

 結局、その五隻の艦隊は全て厚木航空基地に到着して、合計で百以上のBSLBの輸送を完了した。さらには、過去日本周辺の異空間を監視する任務まで始めたのだ。


 この最悪の状況は、もともと想定されていたものよりもっと酷いものだった。艦隊を組んだ潜空艦の戦力が全く読めない上、BSLBの数も予想よりかなり多い。さらには、各基地の固定施設であるタイムマシンを使って、大型ヘリや高機動戦車もまた大量に過去日本に輸送されてきたのだった。


 一方で、二箇所を被弾したエンドレスは潜空母艦に積んである資材を使って応急処置を行うのがやっとだった。どちらの穴も、完全に修理するには未来に戻るしかない。しかし、それをしては完全に過去日本周辺のパワーバランスが崩れてしまう。


「しかし、なぜここまで大がかりな戦力投入になったんだろう」

河邉少佐が首をひねる。

「過去日本政府内に、クストスと提携しようという動きでもあったのかな。うちだけを相手にするなら、やりすぎの戦力だと思う」

「そうですね……」

僕には理由が思い浮かばない。


「いずれにせよ、我々の戦力でどうにかするしかないだろう」

田中艦長は頭を抱えつつ、作戦を考えている様子だ。

「そうね」

 ここにいても役立てそうにないと感じた僕は、一声かけて竜川中尉のいる医務室へ向かう。


 医務室では、佐原が珍しく竜川中尉のそばに控えていた。

「来てたのか」

「ああ。一応、同じ船にいる仲間だからな」

「いい心がけだ。いずれはクストスの設立に関わるんだし、佐原は」

「俺なんかがどう関わるんだろうな。さっぱり、予想すらつかない」

「本当にな」


 竜川中尉は、異空間に流されてしばらくしたときに一度目を覚ましている。その時にトイレや給水を済ませ、また眠りに入ったまま、丸一日が経とうとしている。

「なあ、山岸。お前は、どうしてクストスに参加しようと思ったんだ」

「あん? 幼馴染みの陽菜を助けたかったからだよ」


「助け出した時点で、戦闘職から外れるか聞かれたんだろ。どうして、パイロットなんてリスクが大きい役割を続けたんだ?」


「未来と過去の戦争も、地球の環境も、ドームで死ぬ人達のことも、全部、他人事に思えなくなっちゃったんだよ。全部が僕に関わっていると知ったら、見て見ぬふりなんて出来なくなってきて」


「そうか。お前なりにしっかり考えてるんだな。正直さ、かっこつけというか、承認欲求みたいので頑張ってるんじゃないかと思ってたんだ。だけど、本当に自分の意思で命懸けのことをしてたんだな」


「ああ」

「尊敬するよ。俺には出来ない」

「本当に、どうやって設立に関わるんだろうな。謎だよ」

「謎だな。……ここに二人もいらないだろうし、違うとこを手伝ってくるわ」

「おお、サンキューな」

「山岸はすっかりクストスの人間だな」

「だな」


 佐原と僕は、目を合わせて軽く笑う。潜空艦に乗ってから、佐原の笑顔が増えているように感じられる。

 佐原が去ったあと、しばらくした頃に、竜川中尉が目を覚ます。僕が具合をきき、トイレに移動する手伝いや、飲み物の手配をする。


「ヒロ、どうしてあんな無茶をしたの」

「フルグルを信じてみただけです」

「確かに、あなたのフルグルは特別な機体かもしれないけど、失敗したら、あなたも死んでしまったかもしれないんだよ」

「僕も、竜川中尉も、生きてます」


「それはただの結果論だよ。プロセスを考えれば、上官の命令を無視して、自分の命を危険にさらした。そんなの、絶対にダメ」

 そういった竜川中尉の目から、涙が溢れ出す。僕はハンカチを出して、中尉に渡す。


 竜川中尉は僕の手を取ると、ぐいと引っ張り、僕の胸に顔を当てて泣き出す。

「私のせいでヒロが危険な目にあうのなんて、もう絶対に嫌だよ」

「すみません。竜川中尉に心配かけないように努力します」


 扉が開く音に顔を向けると、陽菜が驚いた表情でこちらを見て、立ち止まっている。

「あれ? ひょっとしてお邪魔だった?」

「なんで?」

「なんでじゃ、ないよ……」

 陽菜が小さなため息をついて、部屋に入ってくる。


「ヒロ、あんたって人はもう……、女の敵に思えてくるよ」

「なんでさ!?」

 陽菜は僕の疑問を無視して、竜川中尉に体温計を渡す。

「ホント、ヒロなんて女の敵だよ」

「竜川中尉まで!?」

 僕は納得がいかず、どうして敵にされてしまうのか考えながらも、あとを陽菜に託して医務室を出る。


 衝撃のニュースが届いたのは、エンドレスの食堂で夕食をとっているときだった。

 河邉少佐が食堂に飛び込んできて、そこにいた僕と田中艦長、陽菜に事の顛末てんまつを話し始めたのだ。


 内容は、未来日本でクーデターがおき、対過去穏健派おんけんはが政権を握ったとのことだった。若手政治家と、英雄と名高い四ツ谷准将、その懐刀ふところがたなの矢ヶ崎少佐らが結託して、若手将校・兵士等を率いて国会・官庁街を占拠し、衆議院の解散と汚職参議院議員の弾劾だんがいを始めているという。


 四ツ谷准将らは自らが集めたドームの処分者リストを精査し、その不平等性の証拠を得たという。政府は自分や経団連など利益団体の先祖達は絶対に処分されないよう配慮しているのに対し、それ以外の人間についてはろくに影響も考えずに処分していたらしい。


 先祖を殺された人々は、初めからいなかったことになるため、関わっていた人々に違和感こそあれ、誰かが消されたという決定的な証拠が残らない。それをいいことに、政敵や都合の悪い政治団体の先祖を狙って殺すなどの非人道的行為が日常的に行われていたことが証明されたそうだ。


 それは、クストスが未来日本政府と戦争を始めた理由でもあるため、クーデターで成立した新政府はクストスとの一時休戦を決定。過去日本に逃亡した軍の強硬派きょうこうはを共闘して倒さないかという提案がなされているという。


 それを受諾すれば、未来で行われている国連軍とクストスとの戦争も休戦できるよう協力してくれるらしい。

「じゃあ、今回の潜空艦隊やBSLBの大幅増員は、対過去強硬派が避難してきたということなんですか」

「そうみたい。やけに規模が大きかったのは、そういう裏があったってことね」


「それじゃあ、クーデター派と共同作戦をするんですか」

「まだわからない。本部の決定次第になるけど……、現在の過去日本周辺のパワーバランスを考えると、受諾するのかなぁって思うな」

 確かに原状の戦力では、クストス側四隻の小型潜空艦は逃げ回る以外にやれることがない。


 国連軍との戦争が休戦になれば、そちらからも戦力を回せるほか、未来日本クーデター派の戦力もあてにできる。

「いずれにせよ、本部の決定次第ね」

 河邉少佐はそう言うと、大きなため息をついて食堂を出て行った。

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