第16話 潜々戦

 矢ヶ崎は、少年士官学校の教官として、充実した毎日を送っていた。子供達は皆素直すなおで、英雄であり先輩でもある矢ヶ崎を心から尊敬してくれているようだった。


 また、週に一回だけ出張する陸軍高等士官学校では、年代の近い若者達と交流を深めることもできた。

 高等士官学校に行ってみて意外だったのは、未来日本政府の行う過去人計画殺害に関して反対する意見の多さだった。幼少から過去人を敵視する教育を受けてきたのだろうに、若者達はその教育に踊らされず、しっかり自分の頭で考えていたのだ。


「やはり、若さというものは正しさを希求する存在なのか」

 そう考えていた矢ヶ崎の元に、あるとき若手将校達が十人以上訪ねて来たこともある。彼らもやはり、過去の修正をよしとしない考えを持っていた。


 そもそも、なぜ2022年の日本を攻撃したのか、そこに本音が見えていると彼らの代表は言った。

 本来であれば、より古い時代を標的にした方が地球資源を確保するには都合が良いはずなのだ。少子化問題も高齢化問題も、修正しやすい。

 しかし、2022年より遡ると、先祖殺しに対するイレギュラーが大きくなる可能性があり、万が一にも、政治家や高級官僚の先祖を殺してしまうことのないように、との意思が垣間見える。


 戸籍の電子化、未来人から過去人に移すリスクのある伝染病の問題、カオス理論に基づくイレギュラー。

 それらを極端に気にするからこその、2022年という標的なのだ。


「いざとなれば、己の命に代えて。その覚悟もなく、無辜むこの民だけを選んで犠牲にするなど、許しがたいのです」

「君達は、よく考えているな」

「ありがとうございます」


 矢ヶ崎は、感心しながらも苦い思いに顔をしかめる。軍人は、文民統制の下にあって始めて、その暴力の行き先を正しく定めることができる。いや、正しいかどうかは二の次として、軍というものは文民統制シビリアンコントロールの下にいなければ、最も暴発しやすい権力なのだ。


 矢ヶ崎は、それならば暴発させてしまった文民・政治家が悪いのだと、冷めた目で見られる性格ではない。

 軍人が自ら考えなければ正義が達成されないと感じてしまうような政治は、早々に正常化されなければいけない。しかし、それは軍のやることではなく、選挙権を持つ市民によってなされなければならない。


 矢ヶ崎は、自分と同年代の士官達の正義感を恐れる。君達は考える役ではないと、正面をきって言うこともできない。それだけ、彼等は熱くなっており、行われない正義を欲しているのだ。


 矢ヶ崎は、少年士官学校の子供達に諭すように伝える。

「文民統制とは、過去に何度も軍の暴発によって悲劇が起こされてきたからできたシステムだ。軍人は政治を考えない。正義も考えない。文民統制の下、粛々と与えられた任務をこなす存在なんだ」


 矢ヶ崎の真剣な言葉を、子供達は皆まっすぐな瞳で受け入れてくれる。

しかし、すでに自ら考え始めた若手将校達は、こうはいかないだろう。

 矢ヶ崎はやりがいのある任務をこなしつつも、青年将校達の熱心な活動ぶりに頭を悩ませるのだった。



 未来日本軍の潜空艦が多数出航したという連絡が届いた。早ければ、一週間も経たないうちに過去に到着するだろうとみられている。

 過去日本付近に展開していた四隻の潜空艦は、共同して敵の探知に努めている。

 僕達の潜空艦「エンドレス」は、2023年の日本付近に潜伏し、敵を待つことにしている。敵潜空艦を探知したら、即先制攻撃をし、その後は囮となって敵潜空艦を撹乱するのが役割となる。


 正面からぶつかれば火力負けするだろうが、潜空艦同士の戦闘はかくれんぼに近い。敵の探知の目をかいくぐり、有利な態勢で攻撃できれば、火力の差は充分に埋められる。


 探知強化から五日目、とうとうエンドレスのELソナーが敵の姿を探知する。ELソナーとは、異空間内で敵を探知する仕組みのことで、潜水艦になぞらえてソナーと呼ばれている。

 サイドパイプの後の指示で、僕は戦闘指揮所に呼び出されている。


 河邉少佐が、田中艦長とソナー画面をのぞく。

「後続艦は?」

「今のところないな」

エンドレス艦長がソナーを聞きながら答える。ソナーの検出反応は音として出力され、それを元に自動でレーダーマップにも記される。


「まずは引き付けてから一斉射、ヒットアンドアウェーって感じでいいか」

「はい。それで大丈夫です」

 戦闘指揮所の緊張感に、僕は背筋が伸びる。


「ヒロ君、適当なところに掴まっててね。いい経験になるから、潜々戦がどういうものか、みていて。今は、敵の予想進路近くで待ち伏せする格好になっているの」

 僕は遠巻きにELソナーの画面を見る。そこには、少しずつ近づいてくる楕円状の赤い光が映っている。


「もう少し近づいたところで、ミサイルを十六セル分、全部ぶっ放すから」

「セル?」

「ミサイルがセットしてある装置のことだよ。エンドレスの場合、垂直発射型で十六セルあるから、連続で放てる最大が十六なの。それを撃ちきったら、ミサイル自動補充に十分ほど時間が空いてしまうの」


「一度に全部撃ち込むのはなぜなんですか。一度撃ったら十分空いてしまうのって、リスクが高いですよね」

「いい質問! ミサイルを撃つことで、相手に居場所が知られてしまうの。だから、撃ったらすぐに移動。隠れるのに成功してから、また攻撃という流れになる。けれど、一度のチャンスで出来るだけ仕留めたいから、一度に十六セル分を一気に撃つの」


「なるほど。文字通りのヒットアンドアウェーなんですね」

「その通り! さすが、ヒロ君は飲み込みが早いね」

「そろそろだな……。いくぞ。撃ちーかたはじめぇ」

 艦内に大きな音が響き、ミサイルが発射されたのがわかる。


 四発連続で音がなり、少しだけ開けてまた四発。合わせて十六発放ったところで、舵をきって移動を始める。

「後続艦、来たぞ!」

「まずいね。一対二になっちゃった」

 後続艦がいるなら、そちらにもミサイルを飛ばさないと、その艦からは一方的に攻撃されることになる。


「せめて、先頭の艦を撃滅できれば」

「そろそろ着弾だ……きた……先頭艦は……ロスト! 多分、やったな。二番艦から熱源多数。ダミー展開、チャフ放出」

 ダミーは身代わりの風船で、チャフは銀色の紙片のようなものだと聞いたことがある。いずれも、ミサイルの追跡システムを乱して誤爆させるための装備だろう。


 機関砲の音が聞こえてくる。おそらく、CIWSシーウスという防空機関砲の音だ。ダミーやチャフで誤魔化せなかったミサイルを撃ち落とすための自動化された機関砲だ。


「逃げ切った!?」

 河邉少佐が叫ぶ。

「まだ、油断は……」

 突然響く爆発音。田中艦長がサイドパイプを鳴らす。

「左舷後方よりに被弾、被害状況確認し報告せよ」


「僕が行きます!」

「ダメ、ヒロ君はここにいて。持ち場的に琴音が行くから、彼女に任せて」

「は、はい」

しばらくすると、竜川中尉からの連絡が届く。

「第17ブロックで、表面隔壁破損。気密性確保問題なし」

「よし、酸素漏れは防げている」

河邉少佐が拳を握り締めて喜ぶ。


「VLSにミサイル再充填が終わるまで、逃げて逃げて逃げまくるよ!」

 田中艦長が舵を自在に動かして、エンドレスが逃げ回る。艦内にGが発生して、身体が揺さぶられる。

「敵には再充填の時間はないんですか」

「大型艦なら、ミサイルをセットする要員がいるから、全自動よりも早いのよ」


「熱源多数、来るぞ。ダミー展開、チャフ放出、おもーかじいっぱぁい」

身体が左方向に引っ張られる。しばらくすると、遠い爆音が響く。ダミーやチャフに反応したミサイルが爆発しているのだろう。

全部やり過ごしたと思った頃に、後方から爆発音が響く。

「これは、ガレージの爆発だ。琴音ちゃんは平気か?」


 河邉少佐が伝声管越しにガレージに話しかける。

「琴音! 琴音。無事なら答えて! 琴音?」

「僕が見てきます」

「そうして貰いたいけど……」

「行きます!」

 現場に急いで行こうとする僕を、河邉少佐が引き止める。


「宇宙服が、あるの。救命ランチの中に、宇宙服が。途中そこによって、宇宙服を着てから行って。わかりやすいマニュアルがついてるから、ちゃんと手順を追って着てね」

「わかりました」



 僕は救命ランチの中に折りたたまれていた宇宙服を、マニュアルを見ながらしっかりと着込む。

 不安が薄れた僕は、宇宙服を着込んだあとに急ぎ足でガレージに向かう。途中、気密扉を開け閉めする手間があったが、それでも数分も立たずにガレージの扉を開く。

 強い風が発生して、僕の背中を押す。ガレージの扉が破損し、中が真空状態であることがすぐにわかる。竜川中尉の姿は見えない。僕は命綱を手すりに繋ぎ、破損部から慎重に顔を出す。

 かなり遠くなっているが、異空間用パイロットスーツを着た誰かが宙を漂っていることがわかる。

 僕はすぐに伝声管から状況を報告する。


「ヒロ君、姿は見えても、実際には全く違う次元にいるの。少なくとも、戦闘中に救助は難しいわ」

「なら、僕がフルグルで出ます」

「ダメ。まだリハビリ中だし、一度艦と離れたら、二度と接触できない可能性があるの」


「それは竜川中尉も同じですよね。そんな状態で放置されるよりは、フルグルで助けた方が戻れる可能性が出てきますよね」

 僕はそこまで言うと、河邉少佐の制止を無視してフルグルに乗り込む。宇宙服越しでも問題なく起動する。


 扉の破損部から身体を乗り出し、竜川中尉の居場所を確認する。思い切って飛び出すと、なんとなくイメージするだけで、竜川中尉のいる方向へ飛んでいける。

「竜川中尉! 竜川中尉! 聞こえたら返事をしてください」

 返事はない。急ぎ竜川中尉の元へ駆けつけようと必死に移動していると、僕のすぐ数メートル先に、敵の潜空艦が現れる。


「邪魔だ!」

 僕が大型潜空艦への敵意を示すと、フルグルの左手が大型潜空艦に触れる。そのまま右手を構え、12.7㎜ライフルを何発も撃ち込む。表面の隔壁が壊れ、穴が開く。

 僕は空気を吐き出すその穴にフルグルの左手を突っ込み、隔壁の破損部を思い切り引っ張る。左手越しにバリバリと音が響き、広がった穴に右手を入れ、さらに穴を広げる。


 その穴に左肩装備のミサイルポッドを向けて、全弾を叩き込む。

 敵潜空艦の中でミサイルが次々に爆発し、火災が発生する。さらに何かが誘爆したようで、大きな火柱が見える。


 僕は敵潜空艦から離れ、次々に爆発が発生するのを確認する。艦は真ん中で二つに折れ、燃えながら別々の方向へ離れていく。

 すぐに気を取り直して、竜川中尉の元へ向かう。近づくと、竜川中尉は気を失っているように見えるが、かすかに呼吸をしている様子はわかる。


 抱き寄せようとするが、竜川中尉の身体は幻のように、手を伸ばしても触れることができない。

「これが、次元が違うということなのか」

 僕はそれでも諦めず、竜川中尉に触れようとする。何度も何度も試すうち、フルグルからフィードバックされる周囲の圧力のようなものが少しずつ変わっていくのがわかる。そうしているうち、竜川中尉に触れることができた。


 僕はすぐに竜川中尉を抱き寄せ、エンドレスが向かっていた方向に向き直る。かなり距離はあったが、そこに行くという意思がフルグルに伝わっているのか、かなりの速度で移動することができる。


 ようやく潜空艦に辿り着くも、竜川中尉のときと同じで、フルグルの手が潜空艦に触れることができない。

「ヒロ君、ヒロ君なの? 琴音も一緒?」

「はい。竜川中尉を連れてきました。意識がありません」

「すごい……。今、次元が同じになるよう操艦してもらうからね」

「了解」


 僕はフルグルでエンドレスの表面を触る。互いに少しずつ存在感を増していくような感覚があり、やがて、触れる。

「エンドレスに触れられました。竜川中尉と中に入ります」

「私もそっちへ向かうわ。取り急ぎ、医務室へ」


 僕はガレージの扉の穴から中に入り、艦に備え付けの応急処置用ガムを使って穴を塞ぐ。そこでボンベを開けることで、ガレージに空気を満たしていく。これらの処置は、竜川中尉に教わったものだ。


「ヒロ君、よく戻ったね。すごいね」

「竜川中尉を!」

 僕は竜川中尉を医務室のベッドまで運び、河邉少佐と、移動してきた陽菜に任せる。

「じゃあ、琴音のことは任せて、ガレージに待機してくれる?」

「了解」

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