第15話 リハビリ三角

 未来軍の検閲を通した新聞やテレビ番組は、クストスを野蛮なテロリストとして描いている。


 未来軍の統治下、恣意しい的な資源配分や、消費を抑制する経済政策によって、過去日本はかつてない大不況に陥っている。

 その一方で、未来の有力者の先祖は、何かと理由を探しては優先的に減税をされたり、事業経営を支援されたりなどしており、そのダブルスタンダードによる市民の不満は暴発寸前まで高まっている。


 そのような状況だけに、テロリスト・クストスの存在は、過去人の目をそらすのに利用しやすい対象なのだった。


 しかし、個人発信型のインターネットメディアなどでは、ドームにおける残虐行為や未来人有力者の先祖を支援する政策などを批判する内容が、消しても消しても湧いてくる状況だ。その主な情報源はクストスなど未来の人権派勢力によるものである。


「未来日本は、私達が過去に展開している潜空艦が減っているうちに、何か仕掛けてくると思うの」

 河邉少佐はそういうと、未来日本軍所属の潜空艦について、簡単な説明を始める。


「未来日本が保有している潜空艦は二十隻。未来のクストスと戦うために国連軍に派遣しているのが五隻、自国防衛に絶対的必要な数が八隻。残りの七隻がこちらに回されてくる可能性がある数です。そして、それらは私達の潜空艦とは運用方針が異なり、大量輸送が可能な大型潜空艦です」

「潜空艦輸送降下作戦には、向かないんですね」

僕が質問をすると、河邉少佐が笑顔で頷く。


「そう。現代の自衛隊との戦闘では降下作戦をやったらしいけど、本来はそういう機動性重視の作戦には向かない。その代わり、もし潜空艦同士の戦いになったときは、火力が大幅に違います。また、空港などを使って浮上すれば、一度に大量の戦力を降ろすことができます」

「そうなると、作戦としては……」

「撹乱して連携を断ち、潜空艦を一隻ずつ各個撃破する。その作戦しかないと思うよ」


「連携を絶つ、か。ところで、BSLBは異次元空間では運用出来ないんですか」

「過去の実験で潜空艦に帰還できない例が非常に多くて、どの国も組織も実施していない」

「それは、どうして?」


「BSLBは感覚的に異次元空間を移動できるけど、潜空艦のように自身の正確な座標を確認しながら移動する訳じゃないの。そうなると、一度潜空艦から離れた時点で、姿は見えても時空の迷子になってしまう。潜空艦と全く同じ時空間に戻って帰還することができないの。更に言えば、異次元空間でのBSLB運用を考えてないから、異空間用のパイロットスーツの酸素はそれほどもたないし、移動手段もない」

「なるほど、わかりました」


 潜空艦が四隻対七隻。しかも、一隻あたりの火力も負けており、搭載BSLBの数でも負けている。かなり勝算の低い戦いになる。

 そんな戦いで消耗するよりは、戦いを避けてしまう方がいいのではないか。


 僕がそのようなことを言うと、河邉少佐は頷きながらも、諭すようにいう。

「戦う姿勢が重要なの。なぜなら、私達の役目の一部は、過去政府にもう一度戦う勇気を持って貰うことだから。私達と共闘すれば、未来日本軍にも勝つことが出来そうだと思って貰うこと。それこそ、悲劇をなくすために何より必要なことだから」


 過去政府にもう一度戦う勇気を持たせる。確かに、言っていることはわかる。しかし、過去人の多くにとってクストスはテロリストでしかない。実際のあり方を探すほど興味があるわけではなく、ニュースを賑わす悪役程度の関心しかない。


「過去日本の人達に、クストスが味方だと理解できるでしょうか」

「そうね、そうだよね。だけど、ドームでは今日も何十人、何百人という人が死んでいるんだよ。私達には、何もしないで逃げるという選択肢はないの。どんなときも必死で戦って、勇気を見せて、始めて過去人達に認められると思うんだ」

「わかりました。僕も出来ることをします」

「ありがとう」


 僕は自分のリハビリの進捗しんちょくを考える。未来日本軍の実際の行動がいつになるか、はっきりとはわからないが、おそらく、フルグルに乗って戦うことは間に合わないだろう。

 自分に出来ること、それを見つけておかなくてはならない。



 僕がリハビリの毎日を送っているうち、九月も半ばに差し掛かろうとしている。警戒している未来日本軍による攻撃は、まだ実行に移されていない。諜報員からの報告を受けながら、準備だけして待っている状況だ。


 僕が松葉杖なしで歩く訓練をしていると、そばで見守ってくれている竜川中尉が励ましの言葉をかけてくれる。

 僕の脳にしつこく残っている、フルグルの脚を使うときの動きが混ざってしまうため、足の筋肉の使い方がよくわからなくなっている。


「ヒロ、ゆっくりでいいからね。私が支えてあげるから、怖がらなくていいからね」

竜川中尉が、眼鏡越しの瞳を潤ませながら付き添ってくれている。

 佐原邸攻防戦で自分が力不足だったせいでこうなったと、思い続けているのだ。僕は、それは違うと思っているのだが、何度それを言っても責任を感じてしまうようだった。


 こうなると、一日でも早く復帰して、心配をかけないようにしたい。

 一歩一歩、筋肉の使い方を思い出して歩くうち、つい着地に失敗してしまう。倒れそうになった僕を、竜川中尉が支えてくれる。

「ヒロ、大丈夫? 無理はしないでね」

「はい。足がまっすぐになってないので、少し肩を貸して下さい」


 僕が竜川中尉に寄りかかって足の位置を整えていると、半開きのドアの外にいる陽菜と目が合う。

「やあ、陽菜。どうした」

「え、手伝おうかと思ってたんだけど、お邪魔かな」


「そ、そんなことないよ」

竜川中尉が少し慌てたように言った。

「本当に? 間に合ってそうにみえたけど」

陽菜が少し不機嫌そうに言う。

「今、ヒロが転びそうになっただけだから」

なぜかはわからないが、竜川中尉が言い訳のようなことを口に出す。


 僕がリハビリの続きを始めると、その両側に竜川中尉と陽菜が付き添ってくれる。ありがたいが、二人はいらないように思える。

「陽菜が来てくれたので、竜川中尉はご自身の用事を済ませたらいいかと」

「えっ。そ、そうだよね。次はヒロに迷惑かけないように訓練をするね」

少し元気がなくなった竜川中尉は、そう言って病室を出て行く。


「ヒロ、あんな言い方していいの」

陽菜が怒ったように言う。

「琴音ちゃん、いつもヒロのために一生懸命なのに」

「ああ、本当に責任感の強い人だよな。同じ年齢なのに、すごく大人な感じがする」

「そういうんじゃなくて……」


「じゃあ、どういうんだよ」

「うーん。……ヒロは、私のこと、好きなの?」

「な、なんだよ、突然に……」

「真剣に聞いてるの」

「あー、その、大切に思うというか、頑張って守りたいというか、その……、す……す、好きだよ」

「ありがとう。私もヒロのこと好きだよ。じゃあ、琴音ちゃんのことはどう思ってるの」

「それは、尊敬する先輩だよ」


「なら、ならさ。ヒロは琴音ちゃんが期待するような態度はとっちゃだめだよ」

「期待? 陽菜のいうことがよくわからない」

「だろうね。もういい」

 僕は、陽菜がとても不機嫌になった理由がよくわからない。とにかく不機嫌な陽菜のサポートを受けつつ、黙ってリハビリに集中することにした。

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