第14話 査問会

 目が覚めたとき、僕はベッドの脇で見守ってくれていた竜川琴音中尉の存在にすぐ気づいた。

「竜川中尉……」


 中尉はまず笑顔になり、すぐに泣き出した。眼鏡の向こうで、たくさんの涙が溢れ出してくるのがわかった。


「ヒロ、良かった。ヒロ……」

「僕は、一体……」

「もう、五日も眠ってたんだよ」

「そんなに!?」


 何度か世話になったことのある潜空艦「エンドレス」の医務室とは違う設備に戸惑っていると、竜川中尉がここは潜空母艦の病室だと教えてくれた。


「ヒロは、簡単に言えばフルグルの暴走の影響で、脳細胞に大きな負荷がかかってしまったの。気絶したときはかなりの感覚障害があったみたいだけど……とにかく、ドクターを呼ぶね」


 竜川中尉がコールボタンを押すと、ドクターより先に陽菜がやってくる。


「ヒロ! 大丈夫?」

「ああ。なんとか……」

 陽菜は僕に覆い被さり、抱きしめてくる。


「ヒロ、ヒロだよね? 良かった……、良かった……」

「陽菜。大丈夫だって」

「手足はちゃんと動く?」


「え? ああ、んーと」

僕は寝たまま、身体中を少しずつ動かしてみる。


「ちょっとよくわからないや」

 BSLB暴走時の症状については、座学で勉強したことがある。感覚障害が残ると、手足や首の運動に影響が出るらしい。


「ヒロに何かあったら、私……」

「大丈夫、大丈夫だって」


 BSLBは人間の随意ずいい運動……人間が自分から身体を動かす意思に反応して動く。その反応の速さや精度が高いと同期率が高いという。


 しかし、行き過ぎると過剰同期となり、BSLBの意思が人間の脳に流れ込んできて、人間はその意思に応じて随意運動をするようになってしまう。


 その結果として、BSLBの意思が人間を介してBSLB自身を動かすようになり、これがいわゆる暴走という状態だ。


 ドクターが来て、検査項目をこなしていくうち、僕の両足に感覚誤差が認められた。実際、まっすぐ歩くことができないのだ。


「この程度なら、しっかりリハビリすれば問題ないだろう。パイロット復帰まで、二カ月程度かな」

 ドクターはなんでもなさそうに言う。僕にとっては、せっかく様になってきたフルグルの操縦から二カ月も離れることは、不安しか残さない。


「あの、シミュレータもダメなんですか?」

「ダメだ」

「じゃあ、白兵戦の訓練は?」


「足がまともに動かせないのに、そんなに走りたいのか」

「あの、せっかく今まで積み重ねた訓練が無駄になる気がして」

「焦る気持ちはわからなくもないが、順を追ってリハビリしないと、歩き方や走り方に変な癖がつくぞ」


「そうなんですか……」

「ヒロ、ごめんなさい。私のせいで……」

突然、竜川中尉が泣き出す。


「え? どうして、竜川中尉が?」

「私が不甲斐なかったせいで、ヒロの努力を無駄にさせちゃったね」


「そんなこと、ないですって。僕が自分でドジ踏んだだけですから」

「私がヒロの足になるね」

竜川中尉は僕の肘を掴んでそう言う。


「永遠に歩けなくなった訳じゃないですから!」

「私もヒロの足になる」

今度は陽菜がそんなことを言い出し、竜川中尉とは反対の肘を掴む。


「だから、リハビリすればいいだけだから」

「あら、ヒロ君、お目覚めね。ほほお、両手に華なんてやるわね」

 病室に入ってきた河邉少佐がこちらを見て笑う。


「あら、ずいぶん無茶したから心配してたけど、二カ月で復帰できるの? じゃあ、不足していた座学の勉強のチャンスね」

「え? 座学、ですか」


 僕はずっと未来までの歴史や、現代のより内容倍盛りくらいの理科系科目を学ばないといけないのだろうか。

「うわ、嫌です。だいぶ嫌です」


「でも、それを済ませて部内試験に合格すれば、正式にクストスの少尉として採用される。待遇良くなるよ」


「僕は、正式採用して貰わなくても……」

「なに言ってるの。とりあえず正社員になって損することなんてないよ。急に所帯持ちになるときだって、安心でしょ」


「なんで僕が急に結婚するんですか」

「世の中、なにがあるかわからないよ」

河邉少佐は楽しそうにそう言うと、早速願書を用意しなくちゃ、などと呟きつつ病室を出た。



 矢ヶ崎は佐原邸攻防戦大敗北についての査問会で、自らの作戦立案や指揮について、その手続きの正当性や意図などについて説明していた。


 BSLB三十四機のロスト、六十五機の中破に加え、対空ロケット車や検問の人員、輸送車などにも甚大な被害を出している。


「つまり君は、敵のライトニング型が想定以上の成長をしたことだけが今回の大敗北の原因だと言いたいのか」


「いえ、私の予測失敗が敗因です。准将は私の予測に基づいた充分な戦力を確保するようご指示されたのですが、そもそも私の想定が間違っていたのです」


「君と四ツ谷准将の関係は誰もが知っている。それだけに、変にかばいだてをすると君だけでなく、准将への心証も悪くなるよ。だいたい、部下の予測が正しいかどうかも、作戦責任者として検討すべき事柄だろう」


 もし自分が査問されれば、絶対に部下に責任を押し付けようとするだろう人物の発言に、矢ヶ崎は苛立つ。


「それでは、敵潜空艦一斉浮上同時一斉射の被害について、これも君の予測が外れたのが原因だと言いたいか」


「はい。五隻もの潜空艦が一糸乱れぬ統制の元、ミサイルの雨を降らせたのです。あそこまでの完成度でやってくるなど、私は想定していませんでした。それも私のミスです」


「その被害が起きたとき、准将は君を最前線に向かわせたそうだな。一度ウィンド型を中破されて手負いの君を、再び前線に追いやったと」


「私が希望したことを、承認してくださっただけです」

「そんなことは資料を見ればわかる。許可すべき状況だったかどうかを知るために確認しているのだ」


 この査問会は、おそらく四ツ谷准将を引きずり下ろすことを目的にしている。過去日本占領政策で穏健派と見られている四ツ谷准将は、未来人からの支持率を欲しい政府にとって邪魔な存在なのだ。


 多くの未来人は過去人を恨み、憎むように教育されている。過去日本に対して苛烈な政策を導入すればするほど、内閣支持率が上がる仕組みなのだ。


 そのような政治家達の機嫌取りのため、未来軍は四ツ谷准将ほどの人物を陥れようとしている。


 その後も、矢ヶ崎の意思に関わらず、全ての責任が指揮官であった四ツ谷准将に帰せられていく。審判を待つまでもなく、四ツ谷准将の占領政策本部参謀長職の罷免ひめんと、大佐への降格は既定路線になっていった。



 まだ夏が続く未来日本で、矢ヶ崎は真っ黒に日焼けした少年少女達と向かい合っていた。

 陸軍少年士官学校、主にBSLB搭乗者や技術士官を養成するための軍施設だ。


 BSLB搭乗者のうち、実戦や訓練の成績が良い者は、搭乗限界ギリギリの二十四、五歳になるとここで搭乗教官職に就くのが既定路線となっている。


 二十三歳の矢ヶ崎にとって、一年早く回されたのが、あえていえば左遷の要素なのかもしれない。しかし、一年早くなっただけで、きっと回されるだろうと予想していた役職になったに過ぎない。階級も少佐のままだ。


 一方で、四ツ谷元准将は降格され、予備役大佐として東京の自宅で待機を命じられている。こちらは明確な左遷人事だ。


 これが政治だ。


 政治は軍のあり方を左右し、ときに歪ませる。その歪みは、軍内部にいると繊細にまで感じられる。

 しかし、政治の側から見れば、シビリアンコントロール文民統制 の名の下に、自分達の都合で歪ませたものこそが真のあり方なのだと錯覚する。その行き着く先の恐ろしいリスクに気づきもしないで。


 矢ヶ崎は目を輝かせる若いパイロット候補生達に、通常型BSLBに搭乗するための手順を教えることになっている。


 足を置く場所、手を触れる場所、ひとつひとつ、安全と効率が両立する方法を教えていく。

 実際にやらせてみる段になると、生徒達はいよいよ好奇心の塊となり、歓声を上げ始める。


「はしゃぐな。平常心でないと怪我をするぞ。最初だから、早さは二の次だ。正確に、安全第一でやるんだ」

「はい!」


 この授業を受けているのは、十四歳から十八歳までの子供達だ。少年士官学校は、十二歳の四月から入学ができ、十九歳までに搭乗者適性試験を合格できないと強制的に技術士官コースに転向となる。


 とはいえ、BSLBパイロットというのは残酷なまでに生まれつきの適性がものをいう職業であり、また、開始年齢が低ければ低いほど高い同期率がでる。何年も訓練して努力でなんとかなるものではないとよく知られているため、大半の学生は二年ほどやって芽が出なければ、自ら技術士官コースを選ぶ。


 そのため、ようやくBSLBに触れたばかりのこの子供達は、皆が優秀なパイロットになりたいと夢見ているのだ。

「矢ヶ崎教官、どうすれば矢ヶ崎教官のような英雄になれるのでしょうか」

 明るい笑顔と共に、女子のパイロット候補生が質問をしてくる。


「私が英雄? ただただいい上官の下で命令を遂行してきただけさ。真の英雄は上官だ」

 女子の候補生達はそれを聞いてキャアキャア喜んでいる。


 ――無邪気なものだな。

 矢ヶ崎は、教官職というのも悪くないと思うのだった。



 九月に入り夏休みが終わると、佐原と僕は潜空艦から高校に直接通うことになった。

 佐原の家族は攻防戦のとき、地方の親戚の家に避難していたため、そのまま身を寄せているそうだ。


 僕のリハビリは順調で、すでに松葉杖があれば自力で移動ができる。場所によっては佐原が手伝ってくれたりもするが、基本的には自分一人で動くことがリハビリになると考えているため、それを実行している。


 僕の足になると言っていたふたりは、実際によく、僕のリハビリを手伝ってくれたり、身の回りの世話をしてくれたりした。少し過保護なくらいだ。



 竜川中尉のために、ネブラ型が一機補給され、僕のフルグルは安全性チェックを終えていつでも動ける。


 潜望鏡深度で深傷ふかでを負った潜空艦は、未来のドックまで返されたという。しばらく、クストスの過去日本周辺での活動は四隻体制となり、安全マージンを見込んで、具体的な活動はメディアに情報を流す程度になるようだった。

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