第13話 イニシアティブ

「あと少しか。敵の増援は?」

 前線から戻った矢ヶ崎は、本隊で電測員でんそくいんに様子を聞く。電測員がレーダーを解析しながら答える。


「今はまだ潜空艦の増援らしき反応はありません」

「そうか。想定より被害が大きいが、なんとかなるかもしれんな」


「君らしくもない」

 矢ヶ崎は、今作戦の最高責任者である四ツ谷准将に向き直る。


「ウィンドがあれほどやられるのも、味方の被害がここまで広がるのも、君の立案した作戦では考えられないような被害じゃないか」

 矢ヶ崎は、占領政策本部参謀である恩人の言葉に頭を下げる。


「申し訳ありません。罠を仕掛けて潜空艦を攻撃するつもりが、敵のライトニング型の成長曲線を読み誤りました。私のミスです」


「ライトニング……敵の言うフルグル型が潜在能力の高い機体なのは聞いたことがあるが、実戦で充分な戦果を得た例はないのだろう?」


「はい。しかしそれは、運用例が少ないせいなのかもしれません。相性の良いパイロットだと、反応も行動もかなりの速度を発揮しています」

「過去人の少年が、フルグル型の真価を引き出しつつあるとでも?」


「その可能性はあるかと。いずれにせよ、そのフルグルとの会戦が最も多い私の予測が外れたのです。本当に、申し訳ありません。しかし、この作戦の最大の目的は敵潜空艦を墜とすことです。そこは、なんとか成功させます」


 そこに、電測員の声が響く。

「潜空艦反応多数。潜望鏡深度に五隻近い反応です」

「よし、対空部隊に攻撃命……」


「熱源多数! ミサイル……」

 轟音ごうおんがなり、火柱が上がる。矢ヶ崎の右手にある装甲車と、左後方にある対空ロケット車が爆発する。モニターに映し出された友軍の全てが、灼熱しゃくねつの炎に包まれている。


「浮上一斉射で、ここまでの精度だと!?」

 クストスが潜空艦の訓練を重ね、運用実績も多く持つことは知っていた。しかし、ここまでの早さと精度で一斉射をしてくるとは、矢ヶ崎は想定していなかった。


「准将、申し訳ありません。BSLBで出ます」

「頼む、君の力で混乱を収拾してくれ」

「はっ」

 矢ヶ崎の敬礼に、四ツ谷准将が素早く答礼する。


 矢ヶ崎はBSLB輸送車に飛び乗り、近くにあった機体に乗り込む。

「済まない、借りるぞ」

 近くにいた整備員にひと声だけかけて、肋骨を閉じる。システムが起動するなり、四足走行を始める。



 フルグルの12.7㎜ライフルの一部が破損した音に、僕は急ぎライフル固定具を自ら壊す。バックパックに固定してある予備のアサルトライフルに換装する間、少しずつ移動して敵の銃撃をかわす。


 5.56㎜アサルトライフルは基本的に対人装備だが、連射すればBSLB戦に使えなくもない。


 もやの中への狙い澄ました銃撃を考えると、また矢ヶ崎が出撃したと予想される。BSLBの自動修復速度を考慮すれば、ウィンドではなく違う機体に乗っていると考えるべきか。


「くそっ、始めに銃をやられるなんて」


 ウィンド以外の機体に乗っているなら、反応速度がものをいう接近戦ではなく、銃撃戦を選ぶだろう。何発かごく近い位置に当たらないとダメージを与えられないアサルトライフルでの戦闘は不利だ。


 靄の中でも、外から狙い澄ました銃弾がフルグルのごく近くで火花をあげている。

「威嚇でいい、威嚇で充分だ」

僕は自分でそう納得しながら、アサルトライフルをフルオートで連射する。


 しかし、矢ヶ崎と見られるBSLB付近の敵の混乱はすでに収まりつつあり、遮蔽物しゃへいぶつを利用して組織的な銃撃をしてくる。


 手強くなったと考えていると、僕はネブラの靄が少しずつ薄くなっていくのに気づく。僕は少し移動して、竜川中尉との接触回線を開く。


「竜川中尉、大丈夫ですか?」

 ボロボロのネブラからは、新しい靄が供給されていないように見える。

「もう靄を出すことができなくなってきた。限界かな。ヒロだけでもなんとか逃げて」


「なに言ってるんですか。弱音なんてらしくもない」

「一度崩れた包囲網が、もう形になって迫ってきてるんだよ。ヒロだけでもあれを突破して、潜空艦が浮上しやすいポイントまで逃げて」


「潜空艦からの第二射も、僕達のための浮上も、きっともうすぐです」

「そんな保証ないよ。もし潜空艦がやられたら、大変なことになるんだよ」

「でも、河邉少佐は僕たちを見殺しになんてしません」


 僕はそれだけ言うと、佐原邸の塀にそって銃撃しやすい場所まで移動する。

 包囲網はさらに狭まり、銃撃は激しさを増す。僕が身を隠すのに使おうとした佐原邸の塀はあっという間に崩れ落ち、僕は位置をずらす。


 ネブラの靄がどんどん薄くなっていくのに合わせて、敵の銃撃が至近に当たる確率が上昇している。

 僕は急いでネブラの位置まで戻り、ネブラの腕を取って佐原邸の壁の内側まで移動させる。


「ちょ、ヒロ、何を?」

「ネブラはもう移動できないんですよね」

「……」

「ここに隠れていてください。ちゃんと盾も構えて」


「何をするつもりなの?」

「近接戦闘に持ち込みます」

「そんなの、危ない」


「靄もない、弾薬に限りもある。遮蔽物はどんどん壊れていく。僕に至っては標準ライフルを破壊されました。銃撃戦はジリ貧です。フルグルが一番得意とする近接戦闘で耐え凌ぎます」


「ダメ、ヒロだけ逃げて」

「絶対嫌です」

僕はフルグルを立ち上がらせる。身体中の傷が痛む。両手にナイフを用意して、四足走行で飛び出す。



 矢ヶ崎は前線に着くなり、地上にいる敵BSLB以外を発砲しないように命令し、違反するBSLBの頭を撃ち抜いた。それによって混乱状態だった包囲網は立て直し、いよいよ敵BSLBを追い詰めようとしていた。


「前に出過ぎるな。焦らず少しずつ包囲網を狭めていけば、必ず勝てる。敵の靄も薄くなってきてるぞ」


 矢ヶ崎の声に、BSLB部隊は勇気づけられる。落ち着いて放つ銃弾は少しずつ敵の身体を、遮蔽物を削り取っていく。


 しかし、突如の雷光に、矢ヶ崎は目を奪われる。味方の悲鳴があちこちから同時に聞こえ、矢ヶ崎の目の前で数機のBSLBが同時に血を噴き出して倒れた。


 その惨劇の中心には、無数の小さな雷をまとったフルグルの姿があった。

 再び雷光が走ると、瞬く間に数機の味方BSLBが血を噴き出している。

「敵から距離をとれ。近づくとやられるぞ」


 矢ヶ崎が指示を出す間にも、次々に味方がやられていく。なんとか敵を止めようと足元を狙って銃弾を撃ち込むが、弾が着くときにはすでに相手の姿がなくなっている。


「フルグルはラテン語で稲光を意味する。とはいえ、まさか、ここまでとは」

 一度は立て直した包囲網が、敵の斬撃とそれが巻き起こす恐怖によって、ずたぼろに切り裂かれていく。


 返り血を浴びて立ち上がったフルグルは、荒い呼吸と共にうなり声をあげる。両手に持ったナイフにべったりついた血糊を長い舌で舐め取っている。

「あれは、過剰同期ではないか」


 矢ヶ崎は静岡の海で出会った少年を思い出す。まっすぐな瞳の少年は、今や月の悪魔の下僕となってしまったのだろうか。


 矢ヶ崎がライフルを構えると、フルグルの瞳がすぐにそれを捉え、縦長に細くなっていた瞳孔が一気に大きくなる。


 直線的ではない動きをする相手に対して、考えなしに射撃をしても当たらない。矢ヶ崎は自身が早い機体を使っていた経験から、フルグルの動きを予測する。


 重要なのはステップ、視線、殺気。

 狙い澄ました一撃を放つと、弾丸はフルグルの右肩をかすめていく。僅かに血が噴き出す。


 とっさに盾を構え、フルグルの右手のナイフを跳ね上げる。

 盾の下を狙ってくる左のナイフは、ライフルを撃つことで牽制して、相手に隙を与えずに避ける。


 フルグルはサイドステップで少し距離をとると、今度は後ろに回り込もうという動きを見せる。


 素早く繰り出された左のナイフを、矢ヶ崎はライフルを盾代わりに使って弾くが、フルグルはナイフの角度を変えてライフルに絡ませる。そうすることで出来たガードの狭間を、右手のナイフがまっすぐ突いてくる。


 こちらの左腕でのガードが成功し、かろうじて切っ先を逸らすが、左股に切り傷をつけられる。


 ライフルに絡んだナイフを外し、バックステップで距離をとろうにも、下がるそばから寄せられ、まったく距離をとれず、防戦一方となる。

「通常型では、対戦にすらならないか」


 ウィンドで靄の中に挑んで中破させたことを後悔しつつ、必死にフルグルの連続攻撃をそらしていく。


 なんとか見つけた一瞬の隙を利用して、敵の腕をとり体術で後ろへ投げ飛ばす。素早く立ち上がり、バックステップで距離をとる。

 持ちなおせるかと考えかけたとき、空に無数の光が現れる。


「総員対空警戒、ミサイル来るぞ」

 矢ヶ崎が叫ぶと、仲間達は盾を上空に向け、空からの攻撃に備える。フルグルは投げ飛ばされたことに驚いたのか、ようやく立ち上がって様子をうかがっている。


 また無数の流星が現れ、味方の包囲網や前線指揮所に降り注ぐ。あちこちに火の手があがる。

 ミサイルは矢ヶ崎の至近にも落ち、友軍を燃やしている。


 警戒していても、これか。


 矢ヶ崎は視界の隅で、いかなる通信にも繋がっていないことを確認する。

「正気に戻してやらんとな」


 フルグルのパイロットは、おそらく過剰同期で意識を失っている。潜空艦が迎えに来たとき、このままでは撤退できまい。撤退できずに、未来軍を道連れに破滅まで突き進まれるのは、矢ヶ崎にとって一番まずい。


 そして、顔見知りの少年が廃人になるのも、決して気分が良いことではない。

 矢ヶ崎はBSLBを駆って前進する。フルグルの攻撃をさえぎって、肋骨に打撃を与える。フルグルは反撃するが、何度ナイフを突き立て、振るっても矢ヶ崎は肋骨への打撃をやめない。


 凄まじい痛みに耐えながら、ひたすら打つ。その間に、BSLB通常型の左腕が落ち、首の切り傷から致命的な出血をする。胴体にはナイフで無数の穴が開けられる。通常型の稼働限界に達したとき、ようやくフルグルの動きが変わる。


 フルグルは我に返ったように矢ヶ崎の通常型を押しのけると、佐原邸のある方向へ四足走行を始める。

「終わった……」


 矢ヶ崎はかろうじて生きている通常型の無線機能をオンにすると、退却の指示を出す。そのとき、空に大きな爆煙が上がる。


 敵の潜空艦の一つに、僅かに残っていた対空兵器のロケットが命中したのだろう。沈没できなくても、中破すれば未来で修理せざるをえないだろう。クストスが展開可能な数が減るのは、非常に大きな戦果だ。


「助かった。それだけでも充分だ」

巨大な炎と煙に包まれて空に消えていく潜空艦を見て、矢ヶ崎は微笑む。



 僕は敵の中に飛び出してからの記憶がない。とにかく、気づいたときには目の前に戦闘不能な敵BSLBがいて、周囲の状況から味方の潜空艦からの第二射があったのだろうと推測できるだけであった。


 とにかく竜川中尉を助けなければと思い、佐原邸に向かう。

 そのとき、空で大きな爆発音が聞こえる。見ると、味方の潜空艦が撃たれたようだった。

「くそっ」


 どうやら沈没まではしないようだが、潜望鏡深度で攻撃され、潜行して応急処置をするのだろう。反撃で敵の防空ロケット車が爆発したのも見えた。


 佐原邸に近くなると、竜川中尉のネブラが肋骨を開けたところだった。

「竜川中尉、捕まってください」


 竜川中尉がフルグルに掴まったのを見て、僕は空を見上げる。おそらく、ほんの一瞬だけ、艦尾を浮上させてくれるだろう。


 焦燥に駆られつつ、レーダーで敵性反応が離れていくのを確認する。

艦尾が浮き上がってきた瞬間、思い切りジャンプする。しかし、もう少しでガレージというところで、あと少し高さが足りないとわかる。

「落ちる!」


 フルグルの中にいる僕には問題なくても、生身の竜川中尉にとっては致命傷になる。重心をコントロールしてなんとか届かないかと工夫しているところで、ネブラが自爆する。


 その爆風に重心を乗せ、ガレージにしがみつく。

 なんとかよじ登り、竜川中尉を下ろす。


 フルグルも完全にガレージに上がったところで、ハッチが閉まり、潜行が始まる。

「ヒロ!」


 竜川中尉と、待ってくれていたのだろう陽菜が駆け寄ってくる。フルグルの肋骨を開けた僕は飛び降りようとして、身体が全く思うように動かせず倒れ込む。


「ヒロ、大丈夫!?」

 僕は竜川中尉と陽菜が心配してくれる声を聞きながら、それがどんどん遠くなっていくのを感じた。

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